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14. 初心者用の武器を名剣に

「ギルドカードの作成を完了致しました。どうぞ、お受け取りください」


 翌日。本物のギルド支部。フォードは職員から、カードを受け取った。

 銅色に輝く金属のプレートだ。薄く軽い金属板であり、表面には傾き加減によって輝きを変える塗装が施されている。磨かれた鏡のように美しい。

 これが、探索者が《迷宮》に行く際必要なカード。自分の分身といえるもの。


 念願のカードの取得に、自然とフォードの顔がほころぶ。

 これで、ようやく探索者再開の一歩を踏み込めるのだ。子供の頃から探索者になるため修行し、研磨し、磨いた実力。血と汗と涙の結晶の力。

 メリルを失い、冤罪やレミリアの事があったが、ようやくここまで戻って来られた。

 思わず、目尻に涙が溜まる。

 これほど嬉しい事はない。


〈我が契約者が歓喜にふるえているのを初めてみたぞ〉


 エリゼーラがめざとく話しかけてくる。その表情は、優しい。

 慈しみの瞳を向ける彼女へ、フォードは小声で答える。


「それはそうですよ。僕はこのために大陸を渡ってきたのですから」


 もうメリルと別れてから、一年以上が経つ。ずいぶんと回り道したが、これでやっと再スタート位置に立てた。感慨もひとしおだ。


 ――メリル。見ていますか?

 ――僕はようやく、ここに来ましたよ。

 ――見ていてください。きっと僕は、一流の探索者になってみせますから。


 万感の思いで、そう亡き妹に語りかける。


 やがて、ギルド職員が、受付の奥からいくつかの書類や荷物を持ってくる。


「フォード様、探索者の登録、おめでとうございます。ギルドカードはこちらでの位置把握も兼ねております。もし《迷宮》にて、規定日数以上に戻らない場合は、救助隊を派遣致します。その際、ギルドカードの位置によって救出を行いますので、紛失、破損はご注意ください」

「はい。判っています。鍛錬時によく聞かされました」


 ギルドカードには魔術が掛けられている。探索者の位置が把握できるというものだ。

 ただしこれはカードが正常な状態が前提なので、破壊等されれば当然、ギルドも位置把握ができない。

 何らかの形でカードが使用できなくなる時は、覚悟をする必要があるだろう。


「またギルドカードはフォード様の身分証ともなります。紛失、破損の際には直ちに支部へ直ちにお越しください」


 それもすでに知っていた。

 ギルドカードは魔術で作られており、登録した人間の名が刻まれている。これは偽装などがほぼ不可能で、世界どの大陸に言っても身分証としても使用可能。

 その恩恵は複数あり、ギルド指定の宿屋での割引、危険地域への立ち入り許可、一部歓楽街でのサービスなど様々である。


 色は銅、青銅、銀、黒銀、黄金と五種類が存在し、登録直後は銅、経験や実績を重ねていけば青銅、銀と上位に上がっていく。カードのランクがあ上がるにつれ、恩恵や社会的な信用も向上していく。

 以前フォードはランク銀まで行った。当然、そこまでは早々と到達したいものである。

 一連の説明を終えた職員が、警告を発する。


「ギルドカードを所持しているということは栄えある探索者の証、世界の命運を担う一員となったということです。街での窃盗、殺傷、その他犯罪に関わった際にはギルド直轄騎士団の制裁の対象になり、監獄行きの場合もございます。その点もご留意ください」

「よく心得ています」


 さすがにまた監獄行きはもう御免だ。この大陸にはガルグイユ監獄は存在しないが、異なる厳しい監獄が待っているだろう。


「ギルド登録の恩恵についてご説明させて頂きます。当ギルド・オルダス支部でご登録頂きましたので、オルダスの街では各種割引が適応されます。二割の宿場、三割の武具店、五割の公衆浴場など――様々な施設が対象です」

「判りました、さっそく後で使わせてもらいます」


 宿屋などが割引になるのは便利だ。冥王臓剣を担保に入れた相乗効果で、私設次第では半額以下で利用できる場所もある。

 フォードは泊まっている宿場で利用しようと思った。


「また、初登録の際には祝いとしていくつかの贈呈をさせて頂きますね。初期資金として、銅貨二十枚、銀貨五枚の贈呈。及び、最も近い《迷宮》の地図――この支部の場合は第五迷宮、《岩窟》の第一層の地図を贈呈致します」

「ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」

〈ほう、資金や地図までも貰えるとはな。太っ腹だな〉

「それだけ探索者には危険もあるということです。丸腰ではすぐに死にますからね」


 迷宮では多数の魔物を相手に戦う事になる。

 倒しても再湧出リポップと呼ばれる現象で魔物が絶えることはない。

 しかし地図があればそれだけ有利に探索を進めるのは真実であった。

 ギルド職員がさらに奥から物品を持って来る。贈呈品の説明を続ける。


「最後に、装備について。当ギルドでは初期装備として、五種類の武具から一つをお選びいただくことができます。リバースソード、烈詠の弓、封毒の杖、ビーストアックス、風華の槍の中からお好きなものをお選びください」


 ギルド職員は、受付のカウンターに、鈍色の長剣、橙色の弓、黒色の戦斧などを並べていった。

 初心者用の武具だ。ルザと共に学んだ養成所でも説明された、初心者用の武具。どれを選ぶかで探索の難易度が変わってくる。


 リバースソードは再生可能な剣。

 烈詠の弓は下位魔術の祝詞を短縮。

 封毒の杖は毒に対する常時耐性。

 ビーストアックスは獣系の魔物へ威力一・二倍。

 風華の槍は風の魔術の使用可能と、いずれも探索初心者を助ける魔術具となっている。


 養成所で人気だったのは『風華の槍』だ。先端から風を出すことのできるそれはどんな探索者にも使いやすく、選ぶなら風華の槍だと養成生たちの間で評価されていた。

 逆に、不人気なのは『リバースソード』だった。破壊されても再生が可能なのは便利なのだが、刃の切れ味が悪く、下級のオークすら満足に倒せない。ゆえに剣としてではなく、『壊されても良い盾』や『牽制用』の道具として評価されていた。

 

 だが、フォードはあえてリバースソードへ手を伸ばした。

 ギルド職人も意外そうな顔を見せる。やはり、実際にこの剣が選ばれる事は稀らしい。


「……選択の武具は、リバースソードでよろしいでしょうか?」

「はい」


 力強く断言すると、わずかに怪訝な顔をされた。フォードは続けて言う。


「それと、確かギルドでは武具のレンタルも行っているらしいですね。それも今すぐ用意して貰いたいのですが」

「あ、はい。一日銅貨十枚での貸し出しですね。少々お待ち下さい」


 ギルド職員が武具の収納箱を運ぶため、一度奥に引っ込む。

 これも初心者救済の措置である。ギルドは先の五種類の武器の他、いくつか武具も貸し出しているのだ。

 リバースダガー、烈詠のワンド、ビーストクロー、風華の篭手など。


 ここでも、当然選ばれるのは利便性に優れた風華の篭手である。リバースシリーズは人気がない。ともすれば他の引き立て役とも取れる装備だが――

 フォードは、運ばれたレンタル用の武具類を眺めて言った。


「リバースソードを二本、リバースダガーを四本、それとリバースシールド二つのレンタルをお願いします」

「え」


 ギルド職員が驚いた。これは当然だろう。不人気なリバースシリーズを選択、しかも複数ときている。いったいこれはどういうことだろう? この人は何を考えているのか? そう職員が疑問に思うのも無理はない。

 だが、フォードとしてはれっきとした理由があるのだ。真顔で職員を見つめると、職員は咳をし、了承を表明した。


「……失礼。承りました。レンタルは総額一日で銅貨八十枚となります」


 フォードは財布の中から指定の枚数を取り出し、職員に渡した。

 怪訝な眼をした職員に笑いながらも、フォードは礼を言って受け取ったのだった。



†   †



〈――我が契約者よ。あれはどういう事だ? ぬしには冥王臓剣がある。わざわざなまくらを使わずとも、十分に探索は可能だと思うが?〉


 リバースソードなどを受け取った後。

 受付を宿場に帰った直後に、エリゼーラが疑問を投げかける。


「もっともな疑問ですね。確かに冥王臓剣は素晴らしい武器です。しかしあればかりに頼るのも考えものです。《迷宮》は人智の及ばぬ魔窟です。何が起こるかわかりません。なら当然の備えとして、予備の武器は必要でしょう?」

〈それにしても貧相過ぎると思うが〉

「いえ。じつはガルグイユ監獄から盗った宝に、面白いものを手に入れたのです。『斬剣竜の血液』と言いますが、これ、凄く使えますよ」


 フォードが荷物袋から取り出したのは、かの監獄から盗った、薄闇色の液体だ。

 『斬剣竜』と呼ばれる全身刃の竜の血液である。

 粘性の特性を持っており、小さなガラス管の中で傾けると、とろりと流れた。フォードがゆっくりと、エリゼーラに見せるように掲げる。


「この『斬剣竜の血液』は、物質の特性を変化させる力を持ちます。特定の金属と合わせると、素晴らしい切れ味を発揮させるのです」

〈特定の金属だと? まさか――〉


 魔剣を持つ悪霊王にはすぐに理解が及んだらしい。


「そう。まさにリバースソードの原材料、ニッベス鋼です。ニッベス鋼は再生能力を持つ優秀な金属ですが、刃物としては弱い。ですが『斬剣竜の血液』をよく塗り込む事で……」


 フォードはリバースソードの一本を取り出すと、刀身へ『斬剣竜の血液』を塗り込ませた。すると刀身自体が一瞬光り輝き――。


〈性質が――変わったな〉

「そう。見た目には同じですが、あなたなら判るでしょう? エリゼーラ。この剣が、根底から生まれ変わり、名剣となった事を」


 剣事態に特別な変化はない。鈍色に光る刀身、やや厚みのある金属剣、それだけだ。

 しかし悪霊たるエリゼーラには感じる。刃に宿る力、染み渡った斬剣竜の血液。それがリバースソードに変質を促せ、まったく別の武具へと進化させている。

 高々と頭上に掲げたリバースソードを見つめながら、フォードが言った。


「試しに冥王臓剣に向かって、叩き下ろしてみましょうか」

〈それは無謀というものだ。冥王臓剣は無敵の魔剣。たかが人間の生み出した剣とトカゲごときの血液を組み合わせた所で、刃こぼれどころか刃が砕けるだろう〉

「では試してみましょうか? この剣が、どれほどの威力を持つか――」


 フォードはエリゼーラに不敵な顔を見せると、冥王臓剣を卓上へと置いてみせた。

 そして軽く息を吐き、リバースソード改を振りかぶる。

 思いっきり、全力を込め、冥王臓剣へと叩き降ろした。

 ガキィィィィンという、甲高い金属音が宿屋の室内に響く。


〈フフ、見よ我が契約者よ。冥王臓剣はびくともせぬ。やはり我が剣は最強よ!〉


 確かに、叩き下ろされた冥王臓剣は何の異常もなかった。

 卓上の上で、変わらぬ暗色の燐光を放っている。

 しかし数秒が経ち十秒が経ち二十秒もすると――。


 ベキキッ、ゴギンッという音を立て、冥王臓剣が折れた。


〈――――――っ!?〉


 エリゼーラが声無き悲鳴を上げた。冥王臓剣はまさに真っ二つ、刀身の中間で断ち割られて、見るも無残な有様だ。よく見ると折れたというより斬れている。最強というべき悪霊の魔剣は、ガラクタ同然となってしまった。


〈わ、わ、わ、我が最高の魔剣が……っ〉

「……あー、困りました。思ったより斬れ味が良すぎました」

〈良すぎましたではないわ愚か者! 貴様我の魔剣に何をしてくれるぞ愚鈍者め! 貴様簀巻にして岩盤に埋め込んでやろうか馬鹿者めが――っ!〉


 もの凄い剣幕でエリゼーラが怒ってくる。

 さすがにこの結果は予想できなかったので、フォードは弁舌でなだめるしかない。


「落ち着いてくださいエリゼーラ。これ、斬竜剣の血液は、刀剣に塗り込むと武具を再生させる効果もあるのです。これであなたの冥王臓剣も修復、」

〈我が魔剣をその辺のなまくらと一緒にするではないわ! たとえ刃傷つき折れようとも、自ら復元する能力を有しておる! それより気に入らないのは貴様の態度よ。まったく我が契約者ながら不遜よな。本気で殺して獣に食わせようかと思ったぞ!〉

「それは勘弁してください。あなたに嫌われたら僕に為す術はありません」


 仕方がないので今度は逆にしてみる。

 リバースソード改を今度は打ち下ろされる側にして、フォードは冥王臓剣を思いっきり叩きつけてみた。

 するとさすがに魔剣である。冥王臓剣は、容易くリバースソードを砕いてみせた。


〈ふはははっ! やはり、やはりなっ! 我が魔剣に勝るもの無し! 愉快爽快よ!〉


 ご満悦のエリゼーラである。黒髪とドレスが揺れていかにも嬉しそう。

 とはいえ両方で壊し合ったので、少なくとも威力や耐久性に優劣は付けがたい。


 これを人類の叡智が成した名剣の誕生と取るべきか、悪霊の魔剣が並ばれたと思うべきか、判断は難しいだろう。粉々になったリバースソード改が、時間を巻き戻すかのように元の形状に戻った。

 どうやら、この再生剣は魔剣に打ち砕かれても、完全復元が可能らしい。


〈くふ。面妖な剣よ。まあ人間の編み出した剣にしてはなかなかの物だな〉


 エリゼーラは素直に褒める。


「お褒めに預かり光栄です。エリゼーラの機嫌が直って何よりです」

〈そもそも、よくそのような強化を思いついたな。斬剣竜の血液だったか? かの竜は我の時代でも希少だった。知識を得るなど、普通叶わないはずだが?〉

「僕の実家は探索者の名門でしてね。前に言いましたよね? 実家の書物庫に、武具の鍛錬法の本もあったのです。それを読んで、斬剣竜やニッベス鋼の事を知ったのですよ」

〈ふむ……なるほどな。人間の叡智もあながち馬鹿には出来ぬな〉


 感嘆が半分、呆れが半分といったエリゼーラ。

 ともあれ武器の強化には成功した。あとは本来の自分の戦術を復活させるだけだろう。

 フォードは荷物袋から『マダラオオグモの霊糸』を取り出す。


 ガルグイユ監獄から盗んだ一品だ。

 これは耐久性と柔軟性に優れ、しかも持ち主の意思により伸び縮みする優れ物である。

 このマダラオオグモの霊糸で、二つの強大な剣の柄を結ぶ。

 魔剣と名剣。見事に柄で結ばれ、これで投擲しても戻ってこれるようになった。


〈ほう。それはガルグイユ監獄で見せた武装だな〉

「はい。やはりこちらの方がしっくりきますね」


 剣の柄と柄を糸で結び、投擲可能とした装備。

 かつてレミリアとの脱獄の際に使った戦術。

 あれから色々あって、冥王臓剣だけを主武装としてきたが、やはり本来の形に戻すと、感慨深いものがある。

 フォードは右手に冥王臓剣、左手にリバースソード改を手に取った。


「これで僕は本来の力を、いやそれ以上の力を得られました。感謝します、エリゼーラ」

〈くふ。ぬしの覇道はこれより始まる。我と歩む栄光の道のりよ! 征服せよ、我が契約者! 我と、ぬしの力を合わせ、広大なる迷宮を屈服させるのだ!〉


 エリゼーラが意気揚々と叫ぶ。

 冥王臓剣と、リバースソード改。

 悪霊王の力と人類の生み出した知恵の名剣。

 それらを携え、フォードはいよいよ《迷宮》探索に挑むのだった。



【フォード 十七歳  探索者 ランク銅 レベル39】

 クラス:双剣使い

 称号:『最愛の人を亡くした者』 『克己者』 『悪霊王の契約者』

 体力:384  魔力:369  頑強:375

 腕力:381  俊敏:397  知性:415

 特技:双剣技Lv12 短剣術Lv9 投擲術Lv12 

 固有特技:『悪霊王の憑依術』Lv2

 装備:冥王臓剣+リバースソード改(マダラオオグモの霊糸・結合版)

 リバースダガー改×四本 リバースソード改×二本

 リバースアーマー(白)、リバースシールド(白) 緋影の篭手他


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