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13. 詐欺集団を倒してみる

(詐欺集団の視点)


「あっはっはー。うまくいったね」


 オルダスの街・東地区。廃倉庫の地下――八人の詐欺集団が大笑いをしていた。


 いずれも偽ギルド出張所にいた人間たちだ。

 受付の女、職員の男、探索者のフリをしていた人間の姿までもある。

 偽ギルド出張所を本物に見せかけるための悪党ども、彼らはフォードから冥王臓剣を預かると称して雲隠れした後、拠点で酒盛りをする真っ最中だった。


「見ろよこの剣! この輝き! そんじょそこらの得物とはわけが違う!」


 一人が高々と冥王臓剣めいおうぞうけんを持ち上げると、やんやと喝采が飛ぶ。


「間抜けな坊主を騙して手に入れたにしちゃー、上出来だな!」「完全な美とはこういうものを言う!」「あんなガキには勿体ないぜ!」

「ねえ、あたいにも見せておくれよ。んー、いい煌めきだねぇ!」


 詐欺集団の中でも頭領である緑髪の女が、冥王臓剣を受け取る。

 偽ギルド出張所で受付をしていた女だった。受付時の柔らかさなど微塵も感じさせない歪んだ笑みで、魔剣の刀身を撫でる。


「ああ……綺麗! この刃の禍々しさ、たまらない! 上質の黒曜石を超える輝きよねぇ! ウフフフ、これこそ至高の魔剣よ!」

「まったくです姉さん!」「俺らが盗ったモノん中でも、最上位ですぜ!」

「宝石なんぞよりも美しく、名剣よりも名剣たる魔剣!」「ボンクラから名具を巻き上げる、これを超える快感はないね!」


 げらげらと、下卑た笑いを詐欺集団どものは上げていく。

 酒の肴にしても上質な魔剣の輝きがたまらない。至高とはまさにこのこと。自分たちの悪行の最高の成果、それがここにある。


 彼らは勝利の美酒と共に惚れ惚れと魔剣を鑑賞する。時に触り、時に撫で、時に振り回す。時折廃倉庫の器材を斬ったり叩いたり、思う獲物で楽しんでいく。良心の呵責など微塵もなかった。彼らの中には醜い詐欺集団の心理のみがある。


「ん? 酒が切れちまったねぇ。誰か、持ってきな」


 頭領の女がうっとりと魔剣を見つめながら命じる。

 卓上に数十本あった瓶が、残らず空になっていた。部下の一人が急いで腰を上げる。


「へい、すぐに!」


 野生のハイエナさながらの身のこなしで、すぐ上の物置場へと駆け上げる部下。

 しかし、五分が経ち、十分が経ち、十五分が過ぎても、地下室へ戻る気配がない。


「何してるんだい! さっさと持ってきな!」


 大声で頭領の女が階上に叫ぶが反応がない。

 部下の一人が気を利かせた。


「俺が行ってきましょう。姐さん、少々お待ちを」


 だが、二人目の部下が向かっても、戻ることはなかった。詐欺衆残る六人は訝しむ。

 なんだ? あいつら何やってる? 廃倉庫は広いとはいえ探せば貯蔵の酒の一つや二つすぐ見つかるだろう。酔って頭が回らないにしても遅い。遅すぎる。


 よもや酒の魔力に惹かれ、勝手に自分たちで飲んでるのではあるまいな。そう思考が傾きかけたときだ――階上から、「ぎゃああああああ!」という悲鳴が聴こえたのだ。


「――っ! 武装! 散開! 誰かいるよ!」


 女頭領が叫ぶや部下五人は、一斉に武器を構える。

 短剣、短槍、鉈、棍棒……機敏に散開し出入り口を睨みつける。


 酒を楽しむ顔から、警戒心溢れる形相へ変貌した。研がれた刃が薄暗闇の中で映える。

 一秒、二秒、三秒……じりじり進む時の焦れったさに苛ついた時。

 紫の甲冑を着た『騎士』が――地下室に踊りこんで来る。


「くそっ! ギルドかっ! 仕留めな!」


 厄介なことに相手は、ギルドの人間である。

 しかし問題ない。相手は一人。こちらは六人。相手が格上の強さだったとしても、数の利が優勢を運び込むはずだ。


 たかが一人、囮を使って撹乱するか、死角を狙って奇襲すれば倒れるだろう。

 ギルドの騎士は、地竜の鱗を加工した戦斧が厄介だった。だが数の暴力に身を任せ、詐欺集団たちは優勢に事を運び、騎士を壁際へ追いつめる。


「あははははっ! ほらほらどうしたっ!」


 短剣使いが切り込み、鉈使いが騎士の側面から飛び掛かる。


「ひひひっ、大したことねえなぁ!」「死ね、死ねい! 泣いて詫びろ!」


 部下と頭領合わせての連携により、騎士がよろめく。戦意が薄れた。ミスリル製の鎧は砕けもせずへこむこともないが、衝撃は伝わっている。

 詐欺集団たちの短剣が、短槍が、鉈が、棍棒が、鎧を叩くごとに騎士へ確実に衝撃を与え、体力を摩耗させていく。


 十分ほど経ったろうか。ついに騎士がガクリ、と膝をついた。

 頭領の女が鋼の鞭をしたたけに叩きつける。棍棒使いが兜をこれでもかと強打する。乱打に次ぐ乱打。騎士はたまらず、重々しい音と共に床へ倒れ伏した。


「やりましたぜ、姐さん!」

「ざまーみろやギルドの犬が! ひゃははっ」

「待ちな、鎧と戦斧は壊すんじゃないよ。いい品だ。売って資金に回そう」


 女頭領の声に、部下が騎士の鎧を砕くのを止めた。


「了解しやした!」「中身の犬は? どうします?」

「殺しちまっていいよ。まっ、いい男だったらあたいが可愛がってやろうかねぇ」


 げらげらと醜い笑みを浮かべる詐欺集団六人。

 しかし次の瞬間――異変が彼らを覆う。


 騎士の体から、視えない『煙』が湧き上がり、鉈使いの構成員に吸い込まれると、いきなり仲間に襲い掛かったのだ。


「ん? なん――ぐえっ」


 鉈使いの男に襲われた構成員が頭から血を流して倒れる。瞠目する構成員たちに、なおも鉈使いは暴力的なまでの斬撃を振るった。


「なっ!? お、おいやめろ! 何を――ぐああっ」

「馬鹿が! てめえいきなりどうし――うぐっ」


 一瞬で二人の詐欺構成員が倒された。残る三人は瞠目する。何だ? 一体どうなってる? 疑念が渦を巻く間にも、仲間殺しの鉈使いは得物である鉈を振り回し、また一人構成員を仕留める。


「退け! 一度退きな! ええい、どうなってんだい!?」


 女頭領と棍棒使いがたまらず後退する。

 彼らには『煙』の姿が視えていなかった。気配すら感じられていなかった。ギルドの騎士を倒したら、いきなり裏切られ、襲われたように見えたのだ。


 それはまさしく恐怖と言うべきだろう。

 何しろ前触れなく、唐突に、血みどろの殺戮現場が作られたのだ。

 幾多の修羅場を潜った詐欺集団だったが、冷静を取り繕えるはずもない。


「ええい、くそ! ガルズっ! ガルズっ! 来な! こいつを殺すんだ!」


 女頭領が窮地に叫ぶ。すると、地下室の奥からぬっと巨大な男が現れる。

 鼻にピアスをし、筋骨隆々、色黒の大男である。

 女頭領が用心棒として雇っていた巨漢。雄々しく、肉厚の体を熊のように進ませた彼は、裏切りの鉈使いを見て、


「……喧嘩、ですかい? こいつ殺しちまって、いいんですかい?」

「構わない! 手加減するな! イカれてる阿呆だ!」


 女頭領の命令に、ニタぁと笑って、得物を構える。

 長い鎖に刃を付けた、『鎖鎌』と呼ばれる武器。それをピアスの大男はぶんぶん風車のごとく振り回すと、大上段から鉈使いの裏切り者へ叩きつけた。


 一撃は鉈使いが横にかわすも、返す力でピアスの大男は鎖を真横に薙ぎ払う。

 鉈使いがしたたかに打ち付けられ、壁に激突する。

 間隙を与えず、ピアスの大男は鎖鎌を振り何度も斬りつけた。


 頭、胸、両腕、腹、前進二十三箇所の切り傷が出来上がる。これで生きていられる者はいないだろう。赤い血をたっぷりと滴らせ、鉈使いはそのまま血の海の中に沈んだ。


「片付けました。いや、災難でしたな」

「こ、こんなことは初めだ。いったい何だったと言うんだい……?」


 惨状を目の当たりにしながら、女頭領は訝しんだ。

 いきなり仲間に襲われる理由が判らない。

 しかしまあいい。これで裏切り者は始末したのだ。死体を片付けるのは骨だが、命あるだけ物種。この廃倉庫は引き払い、新たなアジトに行き体勢を立て直すとしよう――。


 ――そう思っていた矢先だったから、ピアスの大男が鎖鎌で襲い掛かる姿に瞠目した。


「うあっ!? な、なんだ!?」


 ピアスの大男が鬼の形相で鎖鎌を振りかぶってくる。女頭領はとっさに横に飛ぶしかない。脚に鎌の刃が走り、焼け付く痛みが彼女を襲う。


「ぐああっ!」


 それを隙と見るやピアスの巨漢は猛獣のように踊りかかってくる。

 巨大な体だ。太く力もある。あんな体で鎖鎌を叩きつけられたら、女頭領の頭など真っ二つに裂けるだろう。


 最後に残った、棍棒の部下が、果敢に殴りかかった。

 見事、ピアス大男の左腕に当たる打撃。

 だがピアス大男はぎょろりと目を向けると、獣のように雄叫びを放った。


「おおおおおおおらぁぁあああああああっっ!」


 巨腕の一閃。太く鋭い裏拳をもろに顔面に受けた棍棒使いは、壁に激突し、武器を取り落として昏倒する。

 これで部下はいない。女頭領は悲鳴を上げて裏口から逃げようとした。

 これは無理だ、勝てる訳がない。そもそも何が何だか判らない。

 同士討ちに同士討ちの連続。事態は女頭領の理解を超えていて、どんな対策も不可能だ。

 だから、逃げて落ち延びるしか方法はない。一度体勢を立て直して傭兵を雇い、時期を見計らって詐欺行為の再開を――


「逃がすと、思うのですか?」


 ピアスの巨漢が、『別人のように』、流暢な敬語で襲いかかる。

 鎖鎌の刃が女頭領の太ももを、足首を、ふくらはぎを、徹底的に斬りつける。

 女が周りの廃材を巻き込んで転倒する。これではもう走れなくなった。疾走が叶わなくなった女頭領は振り返り、ピアスの大男の獰猛な目と合うと、意識を失った。



 †   †



〈ふふははははは! 我が契約者よ、見事であったぞ!〉


 女頭領が気絶するなり、エリゼーラは高らかに笑いを放った。


〈さすがは我が力を宿し者。痛快愉快、我の心は高らかに躍ったぞ〉

「お褒めに預かり光栄です。楽しんで頂けて何より」


 フォードがピアスの大男を乗っ取ったまま薄く笑みを浮かべる。

 もちろん、中身はフォードである。彼はギルドの騎士を操って、奇襲したのだ。

 不意をついた突入は、思いのほか上手くいった。途中、形成が危うかったので倒れたフリをしたのだが、それも妙手だった。

 詐欺集団どもが油断したところで彼らの一人を乗っ取り、後はそのまま一方的な蹂躙。

 敵は慌てふためき総崩れ。まさか同士討ちなど想定していなかった悪党どもは狼狽し、ろくな抵抗もできず刃の錆となった。完全無欠な勝利とはこのことだろう。


〈さて我が契約者よ。盗られた物を取り返すが良い。さあ我が暗黒の刃を、その手に〉

「ええ、そうですね」


 ピアス大男(フォード)は床に投げ捨てられていた冥王臓剣を拾い上げる。

 闇よりも深き黒の美しき刀身。魔剣はしばしの主の不在を嘆くように、淡く妖しく輝いていた。


〈そうだ、ついでと言っては何だが、そやつらの装備も頂いていったらどうだ? 業物ばかりだ。ぬしの戦力となるに違いない〉

「……いえ。見たところ盗品ばかりらしいですし、ギルドに任せ、持ち主に返却させるのが筋でしょう」

〈くふ。真面目なことよな。……だがまあ、その気概は嫌いではない〉

 

 己の提案を断られたというのに、エリゼーラは上機嫌だった。

 彼女としても、《憑依》を存分に活用してくれたフォードに好感を持っているのだろう。

 くすくすと空中で笑う彼女の表情は、かつてないほどあでやかだった。


 その後フォードがアジトを探すと、偽ギルド出張所として得たらしい宝がいくつもあった。

 廃倉庫の片隅にあったそれらの宝箱はそのままにし、ギルドが来た時のため放っておく。


 この廃倉庫に来る途中、適当な町娘に言伝を頼んでいた。

 ――夕方になったら東地区の廃倉庫へ行くようギルド騎士団へ伝えろ。

 そう命じてきたので、もう間もなく、ギルド直轄騎士団が悪党どもの検挙に来るだろう。


 災難だったのは突入するのに利用したギルド騎士、ボークスだろう。

 しかし詐欺集団と戦い鎧内部に打撲の痕があったが、どうやら装備品のミスリルアーマーには『自動治癒』の効果があるらしく、その効力で大事には至らないようだ。

 さすがに善良なギルドの騎士が死んだら後味が悪い。ともあれ結果として、フォードとしてはこれ以上ないくらいの結果である。


〈さて我が契約者よ。いつまでもここにいては面倒が起こる。そのピアスの大男を捨て、早々と撤収するのが良かろう〉

「判っています。この男のピアスを取ったらずらかりましょう」


 ギルドの検挙の際、姿を見られたら面倒である。フォードはピアスの大男から脱出すると、冥王臓剣を携え、廃倉庫の外に待機させていた自分の体に戻り、撤収したのだった。


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