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11. ギルドに行ってみる

 いよいよギルドに行くことにした。

 エリゼーラの顔にも期待が宿る。


〈さて、我が契約者の門出。ここからぬしの栄光の階段が始まるのだ。存分にその力を振るう時が来たな〉

「ふふ。気が早いですね。まずはギルドへの登録と、依頼受注でしょう。そこからです」


 ここまで長かった。冤罪をかけられ、投獄させられ、裏切りに遭い、悪霊王と出会って、脱獄した。

 波乱万丈だったが、ここからやっと探索者としての歩みが再び始まるのだ。

 深き迷宮に潜り、金銀財宝を集め、まだ見ぬ景色を目にし、伝説の武具を手に入れる。


 否が応でも気迫がこもるというもの。フォードは船の商人から得たレザーアーマーとレザーブーツ、腰には冥王臓剣を下げたまま、さらに『緋影の篭手』を振り上げた。


 緋影の篭手。

 賭博場で得た『耐火性能』を持つ篭手である。

 緋色の金属には火炎を減じる効果があり、あらゆる熱・炎の威力を三割減少させる。

 さらには火炎をまとい、拳を叩きつけることも可能で、攻防一体型の武具と言える。

 

 フォードは輝く緋色の篭手を頼もしそうに掲げた後、街外れの小さな建物に入った。

 ギルドの建物である。


「ようこそいらっしゃいました、オルダス・ギルド出張所へようこそ。探索の希望でしょうか?」


 簡素な調度品が置かれた、小綺麗な受付だった。

 カウンターには緑髪の綺麗な女性がおり、手元にはいくつもの書類を抱えている。部屋の一角には掲示板、数束の情報紙。数名の探索者らしき人が片隅で談義を交わしていた。


 小さい建物だが、これは出張所という場所のためだ。

 ギルドの建物は大別して三種類あり、本部、支部、出張所の順に小さくなる。

 出張所とは街の外苑部に設置される簡易所だ。依頼から戻ってきた探索者へいち早く対応したり、急病や重症の探索者へ、初期処置を施すために存在している。大きな依頼は受けられないなど、いくつか制約があるが、中堅以下の探索者の拠点と言える。


「初めての依頼です。ギルドカードの作成をお願い致します」


 フォードは受付の女性にそう告げた。


「かしこまりました。新探索者のご登録ですね。少々お待ち下さいませ」


 手元の羽ペンを取り、確認の書類などを用意し始めた。間もなく準備が完了する。


「おまたせ致しました。まず新規約により、新探索者様のお荷物を一部預からせて頂きます。カードの複数所持を防ぐための処置です。お持ちの所持品の中で、預けても支障のない物はありますでしょうか?」

「新規約、ですか?」

「はい。最近、ギルドカードを複数作成して依頼を行う方が急増しています。対策の一環として、新登録の際には担保として、一部荷物を預からせて頂く事となっています」


 ギルドの出す依頼クエストには、複数人が受けられるものが存在する。

 しかしギルドカードを複数所持――つまり一人で複数人を装うことにより、その依頼を独占してしまう探索者がいる。それを防ぐためだろう。所持品を予め預かる事で、万一新規登録者が複数カード所持者だったとしても、預かり品を没収することで、複数カード所持者へ負担をかけるという制度である。


「なるほど、色々な犯罪があるのですね」


 メリルと二人で探索した時から二年以上。それだけ探索者界隈も変わったのだろう。


「はい。イタチごっこのようなものですが、我々ギルドとしては看過できない犯罪です。探索者の方々には負担となってしまい、申し訳ありませんが……」

「いえ。では僕の場合、何を担保として渡せば良いでしょうか」


 受付の女性はフォードの装備を眺めた。

 その眼差しが、腰の『冥王臓剣』に行ったところで止まる。


「そちらの黒い剣なら、申し分ないと思われますが、いかが致しましょう?」

〈なんと〉


 エリゼーラが急に声を出した。しかし受付の女性には聴こえていない。

 彼女の声は、契約者であるフォードにしか届かないのだ。


〈我が契約者よ。それは遠慮するが良い。我の魔剣は価値としては最上だがぬしの迷宮探索の要でもある。一時とはいえ、渡すことは好まぬ〉

「(まあ、そうですよね)」


 承知しているフォードは、困り顔で応じた。


「これですか……他で代用はできませんかね。僕の主力装備なのです」

「了解致しました。しかし担保品がBランク以上ですとギルド内で様々な恩恵が受けられます。指定宿場の割引、特別鍛冶屋の斡旋、魔導書の優先貸与。他にも、有力な探索者パーティへの紹介など。もちろん、登録者様が複数カード所持者でないと認定された後になりますが。――その黒い剣ですと、Bランク以上は確実。Sランクかそれ以上に相当かと思われます」

〈人間ごときが等級を計るか。我の魔剣に〉


 エリゼーラが口をはさむが、フォードは少し考えた。


〈む。待て、我が契約者よ。その沈黙は何だ〉

「――この剣を預けた場合、先ほどの優遇を全て受けられるのですね?」

〈待て。待つのだ、我が契約者よ!〉


 折り目正しく受付の女性は礼をした。


「それは確実に。最上級の待遇が受けられることは間違いと思われます。複数カード所持者ではないと認定されるまでの三十日間、登録者様にはご不便をおかけしますが、その後の優遇は責任持って取らせて頂きます」

「では、この剣でお願いします」

〈我が契約者――っ〉


 フォードは視線だけでエリゼーラに謝った。


 《憑依》があれば一ヶ月は冥王臓剣がなくとも迷宮の探索は可能だろう。

 すでに緋影の篭手など、上質な装備や所持品もいくつもある。

 それらを使い、初級者向けの迷宮を探索すれば、一ヶ月はすぐに終わる。

 どの道、冥王臓剣は強すぎて過剰攻撃になるのだ。ガルグイユ監獄の宝物、オルダスの賭博場の景品、それらがあればしばらくは問題ない。


「承りました。それでは、こちらに黒い剣を収めください」

〈ぬう。我が剣が、人間の手で、人間の箱に〉


 エリゼーラが、鈍色の金属の長箱に入れられた魔剣を見て、不満そうに唸る。

 後で彼女には謝るべきだろう。ともかく、遅れた分を取り返すため、ギルドの優遇を受けられるならそうしよう――フォードはそのように思っていた。



†   †



〈ぬしはわれが嫌いなのか〉

「いやいやいや、エリゼーラ、そんなに拗ねないでください」


 魔剣をギルド出張所に預けて十数分後。森の中で、フォードはエリゼーラをなだめていた。


〈おのれ。我が魔剣を人間などに渡し、あまつさえ封じたなど。これがぬしでなければ八つ裂きにしているところだ〉

「それは勘弁を。……すみません。予め担保の事は知っておくべきでしたね。後で埋め合わせはしますから」


 そう言うとエリゼーラはわずかに表情をほころばせた。


まことの話だな? 反故にすればぬしを裸に剥いて放置するぞ〉

「それも勘弁願いたいので絶対に埋め合わせはしますよ。歓楽街で一日中遊びましょう」

〈おおっ! 信じるぞ? 良いのだな? ぬしよ、我が満足するまで眠らせぬぞ!〉

「判っていますよ。僕の責任ですからね」

〈くふ。流石は我が契約者よ。判っておるではないか〉


 そう言って、納得してもらい、フォードは森の中を散策する。


 ギルド出張所に紹介された《迷宮》への入り口は、この木々の奥にあると言われた。

 初級者も比較的安全な、低級な魔物しか出ない場所だ。

 ゴブリン、ハーフオーク、リトルウルフ。一度に複数相手にしなければ十分対処できる魔物たちだった。


 しかし、フォードはおかしいと内心思い始めていた。

 森に入ってから早一時間、一向に迷宮への入り口が視えないのだ。

 ギルド出張所から渡された地図の位置は調べた。しかし探せど探せどもまるで見つからない。

 地図の不備だろうか? それとも道を間違えた? 疑問が湧くが、答えは出てこない。


〈我が契約者よ。一度戻ってみるのはどうだ?〉

「ですが、地図の間違いという可能性も、」

〈地図が違うならばなおのこと正しきものを貰わねばならぬだろう。このままいたずらに体力を消耗し、迷宮に挑んで万全に戦えるとも思えぬ。ここは一度帰還し、ギルドに事情の説明を受けるべきだろう〉

「……そうですね、判りました。一度戻りましょう」


 確かにここで闇雲に入り口を探しても、危険度が増すだけだろう。

 半減している体力で迷宮に入っても、思わぬ一撃で窮地に陥るかもしれない。

 ここは一度引き、後日改めて挑むのが無難だろう。


〈まあ気落ちするな、我が契約者よ〉


 空返事をするフォード。しかし気持ちは明らかに沈んでいた。

 せっかく準備を整え「さあ探索へ」と意気込んだ。その矢先のこと仕打ち。探索にトラブルは付きものだろうが、初回からこれではこの先が思いやられる。

 悪い星に生まれたなどとじゃ思いたくはない。けれど冤罪の時といい、レミリアの時といい、つくづく自分は幸運の女神から見放されているだなと思ってしまう。


 願わくば、これで最後にしてほしいものだ。不運の日は。

 ――そう思い、落ち込む心に無理やり喝を入れて街に戻ったのだが、フォードの願いは見事に裏切られる。


「いやいや、嘘でしょう……?」


 フォードは、唖然と、呟いた。


「そんな馬鹿なこと、あるわけが」


 自分の視界に映ったものが信じられず、唸る。

 眼前の光景が偽りだと思い、何度も確認し、幾度も呻く。


 ギルド出張所として存在したはずの、その一角。

 街の外れの片隅。緑の屋根が特徴的な建物。


 受付があったその場所が――もぬけの殻となっていた。


「……夢なら覚めてほしいですね」


 小奇麗だった空間には何もない。調度品として置かれた小獣の置物や、装飾剣、儀礼槍といった見栄えの品々、受付の女性の影も形もない。


 依頼張られた掲示板には何もなく、談義する探索者、依頼を受ける探索者もいない。


 受付をしていた女性の他、職員も全て消えている。


 寒々しく空虚な建物は、元から何もなかったかのようだった。唯一、多数の靴跡が残されており、それだけが人の出入りがあったことの証明だった。


 ギルドの受付はどこへ行ったのだ? 探索者たちは? 疑問は消えず、フォードの脳裏に、絶え間ない渦を巻いていった。


〈――我が契約者よ〉

「なんですか」

〈視線を横に向けよ〉


 茫然自失だったフォードは、悪霊王に言われて首を巡らせる。

 そこには、物々しく甲冑を着込んだ騎士がいた。

 いずれも剣や長槍を備え、精悍な顔つきをし、勇ましく通りを歩いてくる。


「そこの者」


 騎士が近づく。フォードはこわばった顔つきで振り返るとリーダーらしい騎士が言う。


「新しい探索者か?」


 フォードは曖昧な表情で頷いただけだった。


「どうやら、引っかかった一人に違いないな。おい、説明しろ」


 騎士の中で、一番若い女性が前に出た。フォードの前に立ち、説明する。


「探索者さんですね? 我々はギルド直轄騎士団『蒼の団』。先刻、偽ギルド出張所の発見の報を受け、駆け参じた次第です」

「……なんですって?」


 その言葉がとっさに信じられなかった。

 自分の耳が、おかしくなったのだと一瞬思ってしまう。

 愕然とするフォードに対して、騎士は物静かな口調で語っていく。


「傷心のところ、申し訳ありません。あなたはギルド出張所を称する詐欺集団に遭われたのだと思われます。最近、街を暗躍する詐称集団です。その者たちは新探索者を標的に、様々な詐称を巡らせ、金品、希少な武具等を窃盗し、逃走を図るのです」


 言われた言葉の意味が、徐々に頭に染み渡る。フォードの足元から、言いようのない絶望感が這い上がってくる。


「まさか……」

「もし希少品や金品を、窃盗されたのでしたら、どうか気を落とさずに。我々に報告をお願い致します。我々はかの詐称集団の情報を集めています。我がギルド・オルダス支部への、あなたの証言一つ一つが、かの集団撲滅への鍵となり糧となるでしょう」


 騎士が次々と言ってくるが、頭に入ってこない。

 つまりは、騙されたのだ。

 ギルドを称する詐称集団に。

 そしてそれは、悪霊王から授かった、魔剣を盗まれたことを意味していた。


「なんてことでしょう……」


 フォードは悔しげに唇を噛んだ。

 まただ。また自分は失ってしまった。雷紋剣の次は、冥王臓剣を奪われた。

 なんて不甲斐ないことだろう。あれほどレミリアにひどく騙されて、また引っかかるなんて。あまりの馬鹿さ加減に、笑いすらこみ上げてしまう。


〈くふ。我が契約者よ。まあそう落ち込むな〉

「……なんですって?」


 思わず口に出た。自分の魔剣が奪われたというのに、ずいぶんと余裕のある悪霊王だ。なにか考えがあるのだろうか?


〈忘れておるようだな、我が契約者よ。ぬしには何の力が宿っておる? くだらぬ神の加護か? 否! ぬしの体には至上の力が宿っておる。我が加護たる異能を用いれば、たとえ英雄も、賢者も、聖者だろうと傀儡に等しいと、教えたはずだが?〉

「傀儡……僕に宿る力……」


 言われ、己の境遇を思い出す。

 そうだ。

 自分はもはや、力なき人間ではない。

 理不尽に泣き、不条理に侵される弱者ではない。


 レミリアの時とは違う。この身には旧世界を支配した、悪霊王の加護が宿っているのだ。


〈くふ。覇気が戻ったようだな。では復讐してやろう。愚かな盗人どもにな。誰が真なる強者なのか、《憑依》能力を用い、たっぷりと思い知らせてやろうではないか〉


 エリゼーラは、そう言って笑った。

 それは妖しくも艶やかで、人間には真似できぬ、美しい笑みだった。

 

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