仮装祭
描き始めのキャンバスのように真っ白な御年は
凍てつき透き通る氷に始まり
その全てが和らいで大地が新緑に染まることで春が訪れる…
「にーちゃん、なんだ?その歌。」
街中が冬に向けて冷え始めた頃、僕とお兄さんは、お弁当屋さんのお店でお手伝いをしながらたむろしていた。
僕が初めてこの辺りに来てから半年は経ったと思う。
「ん?ああ、この前助っ人に来てくれた人居ただろ?あの人と娘さんの星…いや、出身地で歌われてる詩なんだと。」
「へー。なんの歌なんだ?」
「四季歌って言ってたな。」
「シキカ?なんだそれ。」
「向こうでは1年を16の月に分けてて、その季節の移り変わりを歌ってるんだとさ。冬の真ん中から始まって春、夏、秋、んで冬が始まって1年の終わり。」
「ふーん。なんか意味あんのか?」
「毎月どっかで祭りをやってる。」
「祭り!?どんなの?」
途中から興味なさそうに適当に相槌を打っていたお兄さんが、「祭り」という単語を聞いて尻尾と耳をピンと立てた。
「そこまでは知らねぇよ…そういや別の場所でこの時期ハロウィンって祭りがあるって聞いたな。」
「ハロウィン?楽しいのか?」
「仮装して秋の収穫を祝いながら悪霊を追い出すんだと。場所によっちゃ仮装して、お菓子配って騒ぐだけって所もあるみたいだが。」
「仮装ってのは、なんの仮装なんだ?」
そもそも仮装ってなんだろうって思ったけど、2人の会話に口を挟む隙が無かったので黙っていた。
「向こうのオバケの格好。つっても聞いた話だと、いつものお前さん達みたいな感じっぽいけど。」
「なっ、俺っちオバケ扱いなのか!?」
見た目が本物の狼に変わるお兄さんは、少なくとも少し骨が剥き出しってだけの僕よりはオバケっぽいんじゃないかな…
「まー元々人間しかいない場所みたいだしな。そういう奴らから見たらオバケなんじゃねぇの?」
「そっかー…んでも、その祭り楽しそうだな!この街でもやりたいなー。」
「お役所に言ってみたらいいんじゃないかな?」
「お、坊主いいこと言うな。ここの奴らはお祭騒ぎ大好きだから、3日かそこらで準備出来るんじゃねぇか?」
「よーし、ちょっと行ってくる!」
お兄さんはそう言うと、僕の首根っこを引っ掴んでお店を出た。
「なんで僕もなのー!?」
お弁当屋さんが手を振りながら笑っているのが窓越しに見えた。
次の日、3日後に控えるハロウィンを成功させようと、街のいたるところにポスターが貼られたり、村に伝令の人が、お祭りの開催を知らせに来てくれた。
街で1番大きなビルに取り付けられたテレビでは、当日開催予定のライブの演目と、当日はいつもとは違う派手な格好をするように、と呼びかけていた。
洋服屋さんではハロウィンに備えた仮装…色んな種族の格好や着ぐるみが売り出され、街のみんなはどんな格好をするかで盛り上がっていた。
ちなみに、お弁当屋さんはハロウィン限定かぼちゃ弁当の試作をしていて、僕とお兄さんは、しばらくかぼちゃはいいやって思うくらいかぼちゃ料理を食べさせられた。
各集落には特産品を使ったお菓子を作るように、とのお達しが来て、僕の村ではミルクキャンディを作ることになった。僕もオバケカボチャや幽霊の形の棒付きキャンディを透明なフィルムで包んで、リボンを結ぶお手伝いをした。全部白いと面白くないからと、怪しい物を売ってることで有名な魔女の店で着色料を買ったり、お弁当屋さんから聞いたハロウィンでよく使うモチーフの型を作ったりと、僕を含めた村のみんなは楽しそうに準備をしていた。
そして当日、キャンディ売り場の準備をするために先に街に向かったお母さん達を見送った後、僕は用意していた衣装を着て、お兄さんと待ち合わせしている場所に向かった。
いつも通り10分くらい遅れてやって来たお兄さんの第一声は、
「お腹の骨が剥き出しの狼男って、誰かに喰われたみたいだな!」
だった。だから僕も、
「僕もそんなに毛深いガイコツは初めて見たよ。」
って返してあげた。
「うるせえっ!今日が満月なのが悪いんだっ!ほれ、行くぞ!」
お兄さんは黒地にあばら骨のイラストがプリントされたパーカーの、僕のおじいちゃんみたいな顔をしたドクロのフードを深めに被ってズカズカと先へ行ってしまった。
「ごめんってば、待ってよー!」
どうにかお兄さんに追いついた頃には街に着いた。
先に着いていたお兄さんは、ぽかんと口を開けていて、お兄さんの横に立って前を見た僕も同じ顔をしてしまった。
「すっげー…なんだこれ…」
街の中は異世界みたいだった。ごちゃごちゃしてる感じはいつも通りだけど、そのごちゃごちゃしてるの種類が違うというか。
街のあっちこっちにかぼちゃをくりぬいて作ったランタンが置いてあったり、ボロ布が吊り下げられていた。建物の壁には獣の爪痕…これは多分ペイントだと思う。
街路樹は残っていた葉っぱを落として暗い茶色に塗ったのか、枯れ木にしか見えない。
街行く人はみんな、僕達と同じか、それ以上に派手な衣装に身を包んでいて、街をいっそう華やかに見せていた。
「ナッツ入りクッキーはいかがですかー!美味しいですよー!」
「カラフルなバターケーキはどうだい!見た目の割には食べられるよ!」
集落ごとの出店も色とりどりの布の端切れを繋ぎ合わせた物を使っていて、ベニヤ板はペンキで雑に色が塗られていた。
その上にはクッキーとかカップケーキみたいな軽いお菓子がたくさん並んでいた。
「甘いもんに飽きたらかぼちゃ弁当ー美味いぞー。」
お兄さんと辺りを見回しながら歩いてるとお弁当屋さんを見つけた。
「にーちゃん…売る気あんのか?」
「客でもねぇ奴の助言なんて誰が聞くか。弁当買うなら別だけどな。」
「「…」」
僕達は目を逸らした。
「そうだ、坊主の母ちゃんから小遣い預かってたんだ。これで腹満せってさ。」
そう言ってお弁当屋さんはお母さんがいつも持ってる小銭入れを渡してくれた。持った感じからして、結構入ってると思う。
「それにしても、まさかここまでやるとはな…」
「俺っちもびっくりだよ。楽しいからいいけどさ!」
「メインイベントのライブまで結構時間あるから出店でも見て回ったらどうだ?」
「うん、そうする。ついでになんか食おうぜー、昼からなんも食ってねーんだ。」
「弁当あるぞ?」
「いらないよ!ウマイけど!」
お兄さんはそう言ってお弁当屋さんの屋台を離れた。
僕はお弁当屋さんにお小遣いを渡してくれたお礼をして、お兄さんを追いかけた。
「なに食う?俺っちはなー…」
「お肉でしょ?」
「よくわかってんじゃん!骨つき肉ねーかなー…」
「なんで僕を見るのさ!」
「…なんとなく?」
夕日で不気味に照らされていた街は、気付けば街灯が唯一の光源になっていて、いつも以上の賑やかさは、夜が更けることすら忘れているように感じた。
明日はみんな揃って寝坊しそうだなって思った。