悪魔謹製神様
手の中のゲーム機を24時間毎日一睡もせずに操作している女が居た。
ある時は神殿の様な造りの建物内で、またある時は風そよぐ木陰で。
勿論、普通の人間が一睡もせずにそんな事をしていたらいずれ死ぬ。
しかし、彼女は数年前から、人ではなくなっていた。
「よし。お前にしよう」
自室でゲームをしていた女は、突然目の前に逆さに現れた男に驚き、とっさにゲーム機で殴った。
「よくとっさに殴れたな」
男はダメージが無い様子で呆れたように呟いた。
「何?」
男が天井に立っている事を確認した女は、椅子で殴りかかる。
「正体不明・強さ不明の相手に、よく殴りかかれるな」
男が椅子を片手で止めると、女は椅子から手を離して消臭スプレーを掴んだ。
「ちょっと、落ち着こうか?」
男は女の手首を掴むと、移動した。
後には、プレイ途中で放置されたゲーム機と倒れた椅子・転がった消臭スプレーが散らばる部屋が残された。
「此処何処?!」
男が女を連れて移動した場所は、生きとし生けるもの全て死滅したかのような大地だった。
「お前の世界から見れば、異世界だな」
「異世界? 何、その笑えない冗談!」
「冗談じゃないんだよな」
男は、軽い笑みを浮かべた。
「で、俺は悪魔だ」
「ふーん」
女は淡泊な反応を見せた。
「驚けよ」
「人間にしか見えないのに驚けと言われても」
「人間が、異世界から人を連れて来れると思うのか?」
「異世界になら、そんな人間が居ても驚かない」
悪魔は、そういう世界もあるかもなと納得してしまった。
「で、悪魔が何の用? 私を生贄にでもするの?」
「実はな、この国の人間に」
「この国?」
360°地平線しか見えない為、女は首を傾げた。
「ああ、間違えた。此処に『在った』国の人間に召喚されて願いを聞いたんだが」
女は、悪魔を怒らせて滅ぼされたのかと思った。
「【神を造ってくれ】と言われたんだ。だから、お前を神に造り変える」
「は? 神?」
女は耳を疑った。
「そう。神」
「え? おかしくない? 何で悪魔に神を造ってなんて頼むの? 何で私なの?」
「悪魔に頼んだ理由は単純だ。この世界の人間は、願いを叶えてくれない神を信仰していない。だから、悪魔を信仰しているのさ」
「世界中の人が悪魔崇拝者……。じゃあ、普通に神様崇拝している人は、カルト?」
「そうなるな。で、俺を召喚した奴等は、悪魔に願うと代償が必要なのが嫌になったらしく、代償を要求せずに必ず願いを叶えてくれる神を造るよう俺に言ったんだ」
「その代償が、これ?」
見渡す限り生き物の気配が無い大地を見渡す。
「その通り。たったこれだけで願いを叶えてやる俺、何てお人好し!」
自分で言うなと女は思った。
「あ、お前を選んだのは、最初に目に入った条件に合致する者だからだ」
「条件?」
「そうだ。『世間に何の貢献もしていない』・『居なくなっても誰も悲しまない』・『淡々とクエストをこなす箱庭ゲームが好き』な人間」
女はニートで、家族はそろそろ彼女を捨てようと思っていた。
「ふーん。確かにそうかもね。でも、ゲームが何の関係があるの?」
「ああ。ゲームを媒介に力を使えるようにするから」
「へー。でも、それ、やってもやっても終わらないよね?」
「そうだろうな。一応、叶えられない願いは表示しないし、緊急度が高い願いを優先して表示するようにするから」
こうして、造り変えられて神になった女は、毎日ゲームを通じて人々の願いを叶えている。
「次は回復薬か」
重傷を負った人間を助けて欲しいと言う願いを、ゲーム内で回復薬を作る事で叶える。
「これで願った人の所に届くんだから、凄いよねー」
女は作製ボタンを押してそう呟いた。
「でも、これって、医学が衰退したりしないよね?」
それは考え過ぎかと頭を振る。全ての病気や怪我を治せる訳ではないのだから。
『有効期限まで、残り30日です』
「有効期限? ちょっと、悪魔! 有効期限って何の?」
女はゲーム画面に表示された文字に首を傾げ、悪魔を呼んだ。
「そりゃ、俺が叶えた願いの有効期限だよ。もうそんな時期か。じゃあ、行って来る」
「行って来るって、何をしに?」
「勿論、延長分の魂を頂きにだよ」
転移する悪魔を見送って、女は呟いた。
「結局、代償が必要なんじゃない」