外伝1
部誌に載せたものを加筆修正したものになります。
なかなか切れ目がなかったので長くなってしまいました。
すいません。
しばらくは外伝が続くと思います。
ご容赦ください。
「死なない人間がいる」
今にしてみれば信じがたいような都市伝説が、昔はまことしやかに囁かれていたらしい。
二十八世紀末現在、死なない人間なんてのは珍しくもなんともない。
すべての生物に適応できる『万能細胞』の開発により、地球に存在する人間のすべてがそうであるのだから『そんなことが都市伝説たりえていた訳がない』という説が正しいのだろう。
しかし、その時代から生きていた俺からしてみれば、確かにそういう類の都市伝説は存在していた。
そして誰もが憧れていた。
所詮は叶わぬ夢と知っているからこその憧れが、本当にそういう人間がいたらいいのにというある種の希望が、遥か昔からこの世界には満ち溢れていた。
どのくらい満ち溢れていたかというと、具体的にはこのくらい満ち溢れていた。
このくらいと言っても分からない人には分からないだろうから、もう少し分かりやすく表現しよう。
まるで超大型のスピーカーが耳元で爆音を垂れ流している時の振動の数ぐらい満ち溢れていたのである。
まぁ、爆音でも小音でも振動数は変わらないんだろうけど。
それでも大事なのは、俺がこのくらい、と言った後で読者諸君にとってはいきなりで意味の分からない具体例を挙げた、という事実だ。
つまるところ、何が言いたいのかというと……。
「うるさくて二度寝が出来ないじゃねぇか、ポンコツロボット‼」
けたたましいアラーム音を響かせる旧型の人型ロボット(正式名称はHIT-R)がうるさくて満足に二度寝も出来ない俺を助けて欲しい。
『ピピピピピピピ!ピピピピピピピ‼起きなさい‼』
今朝もいつもと変わらず大音量で流れるアラーム音に思わず怒鳴りつけてしまったが、コイツ相手に怒鳴ったところでどうしようもないのは俺が一番よく知っている。
「ユミ」という名前が設定された旧型の人型ロボットHIT-Rは本来であればこんな目覚まし時計みたいな機能を搭載してはいないし、搭載していたとしても、特定の人間の声による指令を認識すれば、その指令には従うはずなのだが……。
『目を覚ましているからといって全然布団の中から出てくる気配のないアキラは起きているとは言えないんじゃない?』
”狂科学者”たる父が開発した特殊なAIが搭載されているこの「ユミ」には主人であるはずの俺の命令を尊重しようとする気配がない。
それどころか……。
『すぐに起きないのならこのアラーム音をあんな音やこんな音に変えてご近所で噂に……』
「起きます‼」
ロボットの命令に従う人間という世にも奇妙な図が、我が家に完成してしまった。
まぁ、珍しい光景じゃないんだけど……。
それどころか、こんなことが日常茶飯事だ。
それでも、二度寝がしたいので、毎日自分の意見を主張しようとずっと寝たふりをしたりしているのだが、なかなか理解してくれない。
少しずつでもAIを俺の思考に誘導しようと頑張っているのだが、四世紀ほどかかって「ユミ」が身につけたのは’効率よく俺を操る’能力ぐらいだった。
もともと高機能なAIだから「ユミ」はデータを供給すればするほど本物の人間に近づいていく。
完全に尻に敷かれている気がするけど、そんな「ユミ」との生活はなんだかんだ言っても楽しいし、このまま世界が終わる時までずっと一緒に暮らすのも悪くないと思う。
だけど……。
『ご飯の準備できてるから、冷めないうちに食べちゃってね』
朝からカップ麺は流石に……ちょっとキツくないですか?
無駄に高機能なはずのAIは楽をすることを覚えるのも人並みに早い。
あらかじめ大量のカップ麺を生産しておき、面倒な時はそれにお湯を注ぐだけで済ませる。
人間すらかつ手間を惜しむ、況やロボットにおいてをや。
効率的ですばらしいね!
「……いただきます」
文句ばかり言っていても仕方ないので、今日のスケジュールを立てながら、カップ麺を食べることにする。
麺をすすり、思考を始めようとする。が、俺が思考することを許さない謎の刺激が口の中に訪れる。
なんだか変な感覚が口の中から身体の奥にまで広がる。
例えて言うなら、そうだな……。
「スパイスの効いたナメクジ?」
そんなものは一度として口にしたことはないが、俺の感覚エンジンが、このギトギトとした口当たりと、ヌラヌラとした見た目でそう判断する。
何コレ?ともかくこれ以上は食べられない。
「アキラ?早く食べないと冷めるよ?」
そもそも何故こんなショッキングな食べ物?が出来たのかが謎である。
お湯を注ぐという作業で起こりうる問題なんて皆無なはずだが、「ユミ」が管理している限りカップ麺が腐るということも考えられない。だとするとこの味は一体なんだというのか。
「一服盛ったのか?」
「ユミ」に確認してみるほかないだろうという決断を行動にうつすことにした。
少しの間の後に答えが返ってくる。
「愛情たっぷりカップ麺よ?隠し味は私のオ・イ・ル♡」
衝撃の事実に呆然とした俺。瞬時、目の前に現れた選択肢は二つ。
『産業廃棄物と化したカップ麺を 捨てる or HIT-Rの顔面に叩きつける』
というわけで、選択肢の後者を実行……しようとしたところでやめた。
現在地球上に存在している唯一の生きている人間である俺が、唯一動いているロボットである「ユミ」を故障させても何の得にもなりはしない。
それに、こんなことで喧嘩をしていたのでは、絶滅してしまった人類に申し訳ない。
いや、別にそんなに申し訳なくないけど。
ただ、「ユミ」を故障させるリスクは避けたかった。