外伝8
外伝の続きです。
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「七夕前日」
なんか気づいたら七夕前日になってたよ。
前日ってことは「ユミ」とリハーサルだよ。
顔合わせなきゃだよ。やべぇよ。
俺はどんな顔で接すればいいんだよ……。
待ち合わせ場所の小さな丘の上で一人悶絶する俺。
多分、きっと、とてもシュールだ。
リハーサルといっても、実は歌を一緒に歌うだけで、他にやらなきゃいけないこともない。
結構楽なスケジュールだ。
今朝は起こされる前に起きたし、二度寝もしなかった。
後は「ユミ」が来るのを待って、歌うだけ。
歌う曲は毎年同じもので、まだ優海が生きていた頃に、曲名が無いままネットに投稿され、わずか一日で投稿者自らが削除してしまった曲で、優海と俺は『幻の歌』扱いしている。
男女のパートに分かれているので、当時は優海と二人でよく歌っていた。
まさか、何百年も歌い続けることになるとは思いもしなかったが……。
それにしても……。
「「ユミ」のやつ、まだ来ないのか?」
流石に遅すぎる。やれやれ困ったやつだな。
人を呼び出しといて遅刻なんて。そんな風に愚痴を漏らしそうになるが、俺が言える義理でもないので、我慢する。
きっと、もうすぐ来るだろう。
「別れ」
いつまで待っても待ち合わせ場所に現れない「ユミ」にお灸をすえてやるつもりで迎えに行った。
もう辺りもすっかり暗くなってしまっている。
昨日からずっと空は曇り模様で、月明かりも、普段はまぶしいくらいの星の光も、厚い雲に覆われていて、今は何も見えない。
視界が悪い中、丘を下り、我が家を目指す。
電気は、ついていない。
いつもなら「ユミ」が電気をつくっているので、スイッチを押せば電気はつく。
スイッチを押す。
電気は、つかない。
嫌な予感がする。
暗い廊下を進み、「ユミ」が普段寝ている部屋の前にたどり着いた。
このドアを開ければ「ユミ」がいる。
深呼吸をして、ドアをノックする。
返事は、無い。
ドアノブに手をかけ、慎重に回す。
鍵は、かかっていない。
ドアを、ゆっくり引く。
そこに、「ユミ」は、いた。
眠っているの、だろうか?
ベッドに近寄り、呼吸を確認する。
息は、していない。
当然だ。
機械なんだから。
ゆっくりと、「ユミ」の身体を揺する。
反応は、ある。か細い声で、何かを口にしている。
聞き取れない。
顔を近づける。
『ゴメン…ネ……ちょっと……だけ…体調………悪い……か…ら……リハ……サル…中止…』
顔と顔をくっつけるくらいに近づけて、「ユミ」の目から溢れ出す液体に気づき、ようやく聞き取れた、声。
聞こえてきたのは、謝罪の言葉。
なおも紡がれる、切実な想いのこもった謝罪。
『……ゴ…メン…アタ…シ……ゴメ……ネ……?
お別れ……でも……ま……だ……言いたい……こと…………ある……のに……ゴ……メン』
違う。
そんなことを言われるために、ここに来たわけじゃない。
ただ、待ち合わせに遅れた女の子を迎えに来ただけ。
別れの言葉も、謝罪の言葉も、暗闇でよく見えない顔に光る何かも、俺の望んでいたものじゃない。
『………ここ……に…そ…ばに…い…』
〈 燃料が尽きました。 しばらくの間、緊急用バッテリーで、稼働しますが すぐに給油を、行ってください。 〉
「ユミ」の声がさらに無機質で機械的な音声に切り替わった。
部屋に備え付けてあった燃料は、全部、無くなっていた。
家中を探し回ったがどこにもそれらしきものは、無かった。
〈 給油が確認できないため、本製品は、弊社が定める手順に沿って、シャットダウン、されます 〉
〈 本製品を、長らくご使用いただき、ありがとうございました 〉
〈 起動直後に、埋め込まれたメモリーに、保存された音声メッセージを、再生します。一度しか再生されませんので、ご注意ください 〉
《 アキラ…………h…… 》
〈 音声データ再生に、必要な部品の不備、及び、音声データへ、の深刻なダメージを確認。誠に申し訳ありませんが、次の手順に移行して、データバックアップの……〉
もう、何も耳に入ってこなかった。
一瞬だけ聞こえた機械的でない声。
ひどく懐かしく。
優しい響きで聞こえた……俺の名を呼ぶ……。
あの声は……。
その後しばらくして、「ユミ」からは無機質な音声さえも出てこなくなったことに気づいた。
夜が、深くなっていく。
いっそ消えてしまえたら、どれだけ楽だろう。
「ユミ」が停止してから数時間。
そんなことばかり考えている。
死ねない。
俺の唯一といっていいほどのアイデンティティ。
その原因となっている『万能細胞』。
すべての『生物』に適応できる夢の細胞。
『機械』には、適応しない……。




