死遊戯殺人 イー9
すみません。遅くになりました。
ノスタルジックから急いでやってきた直哉は、目当ての人物をみつけて声をかけた。
「お待たせしてすみません」
「いえ、私も今来たところなので」
そう言って挨拶を返した時音に直哉は笑いかける。時音はスーツではなく、私服だった。
私服と言っても目立たない色合いの紺色のブラウスに黒いパンツと地味な格好だが、印象的にはクールビューティーから、できるお姉さんへとイメージが変わった感じがする。
「態々お呼び立てして申し訳ありません」
「大丈夫です。仕事の一環と考えていますので」
態度は相変わらずのクールビューティーである。電話で話した通り、時音は一人で来てくれた。
もしかしたらどこかで影村が見ているかもしれない。それでもいいと直哉は思っていた。
「では早速ですが、話ができるところにいきましょうか」
「そうですね」
直哉は時音を連れて、近くのファミレスを訪れた。
「アイスコーヒーを二つお願いします」
「かしこまりました」
店員にコーヒーを頼んで、席に着く。
「遅くなってしまっていますが、親御さんは大丈夫ですか?」
「はい。先にバイトに行くことを伝えています。それに刑事さんに会うことも話していますので」
「そうですか」
時音は直哉を心配してくれている。クールな見た目とのギャップから意外な感じを受ける。
普段は真面目な顔をしていて分かり辛いが、優しい人なのだろう。
「早速なんですが、本題に入りましょうか」
直哉は時音の意外な一面を理解することで、ある考えが浮かんできた。
「すみません。その前に聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?」
時音は直哉の質問に対して、間髪入れず応えてくれる。
「いいんですか?」
「何ですか?」
「いえ、貴重な時間を浪費してしまうので」
「そんなことは考えなくても大丈夫です。私は藤井さんのお話を聞くのが大切だと判断しましので」
「そうですか。じゃあ遠慮なく。今日は、影村さんはどうされているのですか?」
「影村ですか?」
時音は直哉の意外な質問に怪訝な顔になる。
しばし考える素振りをして、直哉の意図を探るように表情を変える。
「いえ、素朴な疑問です。警察の人って二人一組で行動するって聞いたので、一人できてほしいと言うのは無理なお願いをしたかと思いまして」
「そういうことですか、影村は署で捜査の続きをしています」
「そうなんですか。てっきりどこかで見ているのかと思いました」
直哉の発言に時音の目元がピクリと動いた。
やはり優しい性格の時音はポーカーフェイスが維持できない。
「話が逸れてしまいすみません。では本題に入りましょうか」
直哉が話題を変えたことで、時音の唇が硬く結ばれる。
一つ一つの表情の変化を直哉が読み取っているとは考えていないのだろう。
「事件の話が聞きたいと言うことでしたね」
「そうです。僕も警察の人に容疑者にされているかも知れませんが、自分が関わってしまったことに興味がありまして」
「そうですか……ですが、ハッキリ申し上げてお教えすることはできません」
拒否されることなど想定内だと、直哉は話を続ける。
直哉は一言、一言、時音の反応を見ながら話し始める。
「僕は今回の事件の犯人がわかったかもしれません」
「なんですって!」
時音は今までで一番の反応を見せる。
「もちろん。確証までは至っていません。あくまで推理の段階であると伝えておきます」
「推理ですか、それならば……」
「だから、僕の推理を聞いて頂いて……教えてほしいのです。事件について」
直哉は時音の反応を見るように、しばし間を置いた。
「まずは話を聞かせてくれませんか。そうでなければ話をしてもいいか判断できません」
時音の答えに直哉は内心笑ってしまう。
言えないと切り捨てるのではなく。話してもいいか判断できないと言い換えた。
「わかりました。その前に言っておきますが、僕が知り得た情報は全て『殺人サイト』というインターネットサイトに書かれています」
時音が頷いたのを確認して話を再開する。
「まず犯人を特定する前に第一、第二の殺人の違いについて指摘していきたいと思います。第一の殺人では確かに『死遊戯殺人』の一番目と言われていますが、殺し方が異常でした。被害者を樽に閉じ込め、剣で突き刺して少しずつ少しずつ血液を奪うことで出血多量に追い込み、ジワジワと殺していきました。まるでその犯人が被害者のことが憎くて、憎くて、仕方ないような殺し方でした」
直哉が説明すると時音は大きく頷いた。
「しかし、二人目の犯人は簡単に撲殺されている。確かに『死遊戯殺人』になぞられてオモチャのような殺されかたで発見されました。しかし、一人目と殺され方法が違いすぎる。相手が憎いと言うよりは咄嗟に殺してしまったかのようだ。一番目のときにあれ程用意周到に惨たらしい殺しを行なった犯人が、二番目を苦しめずに殺したことが腑に落ちませんでした。ここまでが第一と第二の違いです」
直哉はそこで一旦言葉を切ってコーヒーを飲む。
時音は手帳を取り出し、何か整理するように呟いている。
「話を続けます。三番目に殺された正人の死因によって二つの疑問を生まれました。正人の死因は毒殺でした。毒は確かに苦しんで死にますが、二番目と同じで長くは苦しまないのです。そんな方法を一人目の犯人がするだろうかという疑問です。さらにもう一つは、毒は誰が仕込んだのか、毒は口から含むか注射や傷口から体内に取り入れるしかありません。どちらも体に後が残ります。しかし正人にそんな痕跡はなかった。では口から入れたというふうに、考えるのが自然です。それができるのは親しい人間。親しい人間ならば正人に毒を盛ることも簡単なのではないかということです。よって僕の推理から犯人は複数いる上に、正人の近しい人物ではないかと考えに至りました。複数いる犯人同士は互いのことを知らなかったが、何かの切掛けで手を組み、四件目の殺人を行ったと考えられます」
直哉は推理を話し終えて、コーヒーに手を伸ばす。
直哉の顔をジッと見ながら話を聞いていた時音は、いつしか口を空けていた。
「空いていますよ。口」
直哉に指摘されて時音が急いで口を閉じる。
「すみません。少し考えが付いて行っていなかったので」
「そうですか、それで改めてどう思いますか?」
「正直まだ追いついていません。少し考える時間をください」
時音はそういうとコーヒーを一気に飲みほして、手帳に何かを書き出した。
影村と事情聴取をしに来たときも取り出していた手帳だ。
警察手帳とは違う。白い手帳を彼女は使っている。
「待たせてすみません」
手帳に何かを書きこんでいた時音が顔を上げる。
「いえ。むしろ大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です」
時音は挙動不審な態度で返答をする。
「どうでしょうか?」
「正直驚いています。私が驚いた理由として、藤井さんが推理なされたことは、うちの影村が推理したことに近かったからです。いくつか違う点もありますが、概ね近いものです」
影村と呼ばれた刑事の顔を思い出す。
「それは僕には知り得ない情報があるからではないでしょうか?」
「そうかもしれません。ですが少ない情報でそこまでの推理を成されたのは正直凄いと思います」
時音は本当に感心しているように直哉のことを褒める。
顔は無表情に近いが、頬が赤くなっていることから、彼女が高揚しているのが手にとるように分かる。
「ありがとうございます。そこでわからないところがいくつかあるので教えてはもらえないでしょうか?」
直哉は時音の反応を伺うように話を振り出しに戻した。
「正直、警察の人間としては話せません。ですが犯人がわかっているという藤井さんの話には興味があります。私が話せることでよければお答えしましょう」
時音の中で直哉を賢い人間だと思わせることに成功した。
直哉はテーブルの下でガッツポーズをする。
直哉は時音の反応に手応えを感じつつ、早速知りたいことを聞いていくことにした。
「それではなんですが、警察では容疑者はどれくらいいるのでしょうか?僕の考えでは五人ぐらいまでに絞られているのではないだろうかと考えています」
直哉の言葉に時音はまたも驚くことになる。
実際、四件目の殺しが起きたことで、犯人の特定は絞られてきている。
その上で名前が挙がっている人物は五人いるのだ。
「もちろん。五人の中に僕も入れて、ですが」
これもまた当たりだ。
影村がどうしても直哉を外したくないと言って、容疑者に入れたままになっている。
直哉は完璧なアリバイがあるので、殺人は無理だと判断されている。
それでも疑いをかけているのが影村なのだ。だが直哉自身が推理した内容でも直哉は容疑者に成りえる。
「よく分かりましたね」
「正直、五人と言うのは当てずっぽうです。でも容疑がかけられそうな人を特定すると、どうしてもその数ぐらいになるのではないだろうかと思いまして」
「聞いてもいいですか?君の考えている容疑者を……」
時音は今にも身を乗り出しそうな雰囲気で質問を重ねてくる。
「時音さん。すみませんが僕の質問に先に答えていただいてもいいですか」
「もちろんです。何でも聞いてください」
直哉は顔には出さないが、内心で笑っていた。時音と言う人物は素直なのだ。
「ありがとうございます。では容疑者なのですが、全員高校生ですか?もしくは一人だけ大人が居ますか?」
直哉の質問に時音は更なる驚きを覚えた。
一人だけ大人だと言うことももちろん正解している。
しかし、時音が驚いたのは、容疑者が高校生であることに彼が気付いていることだ。
猟奇的な事件の場合、性格異常者が多く。
性格異常者はある程度の性格形成がなされた大人が多いと判断される。
犯罪心理学でも、真面目で優秀かつ人格者だと言われる人物が猟奇的な殺人を犯しやすい。それはある程度の年齢に達しており、地位や名誉がある者が生活からの逸脱を図り自身の欲求を求めるのだ。
えてして人格者ほどストレスに侵されやすい。そのため今回の容疑者の中に高校教師がいる。
彼女は地位も名誉もあり、性格も真面目で人当たりもよく。
生徒の人気も高いと聞く。殺された者たちとも接点があり、猟奇的な犯罪へ走る可能性を示したのだ。
しかし、今回の殺人に至っては確かに猟奇的な発見をされているが。
殺され方はそれほど猟奇的とは言えないのだ。
そのため学生でもできると判断され、高校生を主軸とした容疑者が考えられている。
「君はいったいどこかまで分かっているの?」
時音の反応に直哉は自身の仮説が間違いではないと確信が持てつつあった。
「では、最後の質問です。何か証拠を掴んでいますか?」
これにも直哉なりに当たりを付けている。
もちろん警察が証拠を掴んでいないと思って聞いたのだ。
ただし、証拠になりえそうなものは掴んでいるとは思っている。
「証拠は……上がっていないわ。だけど状況証拠と、アリバイのない者から犯人の特定はある程度成されているけど逮捕に至っていない」
「そうですか、ではお話を聞けてよかったです」
直哉は伝表を持って立ち上がる。
「お話を聞いて頂きありがとうございます」
直哉が急に立ち上がったことで、時音は慌てて直哉の腕を掴む。
「ちょっと待って。犯人は誰なの?こちらも情報を提供したのだから。犯人を教えて」
「おかしなことを言いますね。犯人はすでに伝えています。ここから調べるのは警察の仕事ですよ」
直哉の言葉を聞いて、時音は怪訝な顔をする。
犯人について伝えた?容疑者は直哉を省いたとしても4人いる。
そこから犯人が二人いたとしても、それが誰かまでは聞いていない。
「まだ聞いていないじゃない」
最初のクールさなど微塵も感じられない態度で、時音が立ち上がり大きな声を張り上げる。
自身の行った行動がいかに非常識で恥ずかしい事か理解するうちに時音の顔が赤くなる。
「意外に可愛い人ですね。時音さん。そんな時音さんに少しだけヒントをと言っても信じるか信じないかはわかりませんが」
年下の男の子にからかわれたと怒りが湧いてくる。
「世の中には不思議な力があるのを知っていますか?」
直哉の問に顔を赤くした時音は、何を言われているのかわからなかった。
「何を言っているの?今更オカルト話?」
自分は直哉にバカにされていると判断した時音が、怒鳴り声をあげる。
直哉は肩を竦めて、店から出ていった。
怒鳴り声をあげたことで恥の上塗りをしてしまった。
もし、ここで直哉を追いかけてしまえば、痴話喧嘩の末に捨てられた女のように映ってしまう。
更なる恥の上塗りをするようで、時音にはどうしても直哉を追いかけることができなかった。
「いやぁ~まんまとやられましたね。あなたの負けですね。時音君」
直哉がファミレスを出て行った後、心を落ち着けるためにコーヒーを飲んでいると影村がやってきた。影村は直哉が座っていた席に腰かける。
「私は負けていません」
「君がどう言おうと勝手ですが、彼の中で答えが出たようですね。ですが、私も彼のお蔭で答えに辿り着くことができそうです」
「えっ?」
「君も刑事ならもう少し頭を使いなさい。そうですね。容疑者の情報をもう一度整理すると良いのではないでしょうか」
影村はそれだけ告げると、ファミレスを出て行ってしまった。
一人残された時音は、二人の男の態度にイラつきながらコーヒーを飲み干した。
直哉の言葉と容疑者の情報を照らし合わせるため、手帳を取り出し整理していく。
ここまで読んで頂きありがとうございます。