死遊戯殺人 イー5
直哉が玄関を出ると、鈴村家の前に一人の女性が立っていた。
「時音さん」
時音は何かを探すようにキョロキョロと辺りに視線を走らせていた。
扉を開けて、直哉は窓から確認していた人物に今に気付いたかのように声をかけた。
「藤井さん。こんなところでどうしたのですか?」
直哉は時音の質問にどう答えようか、事前に考えていた。
時音は自分を尾行してきたのだろう。先程会った影村という男は、調子の良さそうなことを言いながら目だけ鋭く。話の間も直哉のことを観察していた。
きっと影村は直哉を疑っているのだと判断できた。
「時音さん、大変です」
直哉の中で浮かんだ想像を踏まえて、考えはまとまっていた。
「えっ!どういうことです?」
直哉は慌てている姿を装うことにした。
「人が、人が、死んでいます!」
「えっ!どいうことですか」
死んでいるという言葉に時音の目が鋭くなる。時音も刑事なのだ。気持ちを切り替えるのが早い。
「こっちです。着いてきてください」
直哉は家の中に時音を連れて戻り、二階へと駆け上がる。
二人分の足音が響く家の中、一つの影が家から遠ざかって行った。
「ここです」
直哉が絵美の部屋の前に辿り着き、時音に扉を開けるように促す。時音は恐る恐る扉を開けた。
「なっ!」
先程直哉が見た光景を時音も目の当たりする。時音もまた直哉と同じように一瞬言葉を失った。
「これは……とにかく本部に連絡します。すぐに警察が来ますので、それまで藤井さんは私といてもらえますか」
「わかりました」
直哉は第一発見者となることを選んだ。
二つ目の事件の第一発見者となるということは、直哉への疑いが強まるということを意味する。
それでも直哉は出した結論に対して、間違っていないと思った。
時音は直哉をリビングへと移動させ、警察が来るまでリビングで座って待つことにした。
現場を確認したい気持ちもあるが、死体を見てしまった直哉のことを考えての配慮だった。
警察がやってきて、現場検証を始めた。
「お待たせしましたね。では話を聞かせてもらえますか」
リビングに置かれているソファーに座り、向かい合うように座った影村が質問を始める。
「はい。僕でお答えできることであれば」
直哉も真剣な表情で、何度も両手を握り、口の前に持っていく。
直哉にこんな癖はない。自分は犯人ではない。第一発見者として戸惑い、恐怖している姿を演出するためにやっているのだ。
「大丈夫かい。話は後日でも大丈夫だよ」
直哉の様子に影村の方から後日でもいいと話を振ってくる。
しかし、直哉は敢えて行っている行動なので、影村の言葉に首を横に振る。
「大丈夫です……少し動揺してしまって……」
「心中お察しします」
直哉の言葉に、直哉の様子を見ていた時音が言葉をかける。
時音自身も、あれを見せられたときは恐怖したのだ。一般の高校生では仕方ないだろうと時音は思っていた。
「いえ、ありがとうございます。すみません。なんでも聞いてください」
直哉の顔は青ざめ、普通の状態には見えない。
それでも答えようと直哉に影村も息を吐いた。質問をするための覚悟を決めたのだ。
「では、どうしてここにいらしたのですか?」
「ファーストフード店で話したことと重複しますが、奥村に気になることを言われたので、鈴村の様子を見にきたんです」
「気になること?」
「はい。奥村に鈴村の様子がおかしかったと聞いたんです」
「様子がおかしい?」
影村は直哉の疑問点だけを質問してくる。
「はい。奥村と鈴村が話をしたときに、鈴村の様子がおかしくなったと言っていました。詳しい内容はわかりません。奥村か話の内容までは話してくれませんでしたので。ここにきたのは部活がある奥村に代わって鈴村の様子を見に来ました」
「それで不法侵入をしたと?」
「すみません。二階のカーテンが揺れていて気になり、開いていた窓があったので入ってしまいました」
開いていた窓があったことを、時音がメモし、影村も犯人はそこから逃げた可能性を考えた。
「なるほど。ちなみに鈴村 絵美さんとはどういう関係ですか?」
「鈴村は親友の友達で、よく四人で下校を一緒にしていました」
「友達ですか。それで、四人というのは?」
「この間殺された、悠木 正人と、その友達の奥村 雪です」
時音が直哉の言葉をメモしていく。影村も鋭い視線になり、直哉の言葉に嘘がないかを判断しているようだ。咄嗟に少し嘘を交えた。
真実が含まれているので、嘘だと思われるほどの嘘はついていない。
「なるほど、だからこの写真があるのですね」
影村は三枚の写真を取り出した。そこには正人と奥村、そして殺された鈴村の三人が写っていた。
一枚目には三人が並んで写っており、奥村と正人は腕を組み、鈴村だけが少し距離を開けている。
二枚目は奥村と鈴村の女子二人で、多分正人が撮ったものなのだろう。
背景が同じ場所だった。三枚目は正人と鈴村の二人が写っていた。
正人はピースをして笑顔であり、鈴村は恥かしそうに俯いていた。
三人で撮ったときよりも二人の距離が近いのは撮るために奥村の指示だろうか。
二人は肩が当たりそうなほど近くにした。
「こんな写真は初めて見ました」
「そうですか、あなたは知りませんか」
影村の意味深な言葉に直哉は怪訝な顔をして影村を見た。
「……今日は一先ずこれでいいですよ。また詳しいことは後日ということで」
影村も顔が青ざめている直哉を引き留めておくのは申し訳ないと思ったのか問い詰める気はないらしい。
簡単に聞いておかなければならないことだけを聞いて、すぐに解放してくれた。
逆に直哉の方が、影村に対して質問したい衝動に駆られたが、気分の悪い自分がそんなことをするのはおかしいだろうと何も言わなかった。
「今日は時音さんに送らせますので。できれば外出をしないようにお願いします」
最後に影村に外出を制限され、影村と別れて時音に家まで送ってもらうことになった。
直哉は時音に送ってもらう途中、写真について考えていた。
あの写真が意味するものとはなんなのだろうか。家に辿りつき、時音から母親に説明が行われた。
母は顔を青ざめて直哉の体を触って怪我がないか確認していた。
「母さん大丈夫だから」
「本当に?どこもなんともないのね?」
最近のニュースと第一発見者になるのが二度目ということもあり、母は過剰に反応してしまっていた。
穏やかな母がここまで取り乱すのは珍しいことだ。
「大丈夫だって。俺も驚いたけど、俺自身には何もないから」
時音は母と同じように心配そうな顔をしていた。
クールビューティーな外見とは違い。中身は優しい人なのだろう。
直哉は、何度も大丈夫だと伝えて、二人に何とか納得しもらうことができた。
解放された直哉は風呂に入って、サッパリしてから部屋に戻った。部屋に入り腰を下ろそうとしたとき、扉が叩かれる。
「お兄ちゃんちょっといい?」
菜月が夜に直哉の部屋を訪ねてくるのは珍しい。
仲が悪いわけではないが、シスコンと言われるほど仲が良いわけでもない。
「ああ、どうした?珍しいな、こんな時間に菜月が部屋にくるなんて」
直哉は扉を開けて、菜月を部屋の中に入れてやる。
菜月はホットパンツにいつものタンクトップ姿のパジャマで立っていた。
「うん。ちょっと……」
部屋に入ってきた菜月に椅子を差し出して直哉はベッドに腰掛ける。
「どうした?何かあったのか?」
「うん。お兄ちゃん。今日ね。絵美さんとこ行ったって聞いたから」
「絵美?ああ、行ってきたよ」
どうして菜月が鈴村のことを知っているのか疑問に思った。
「どうして鈴村のことを菜月が知っているんだ?」
「絵美さんが正人さんと二人で歩いているのを見たことがあるの。そのときに声をかけたら、二人にお茶をごちそうしてもらって」
菜月と鈴村の意外な接点に直哉は驚いた。そういえば写真の鈴村は正人と取られている写真は恥かしそうに俯いていた。
「そうか、そんなことがあったのか」
「うん。そのときから絵美さんには優しくしてもらっているよ。家に遊びに行ったこともあるし」
「そうなのか?」
「うん」
そこまで仲が良いとは思っていなかった。
「そうか、それで話があるんだろ?」
菜月の話を聞いてやるため質問を投げかけた。
「ねぇ、お兄ちゃん。私ね……見ちゃったの……」
「見た?何を?」
「雪さんが……絵美さんの家から出て来るのを」
「うん?どういうことだ。奥村は鈴村の友達だから家から出て来てもおかしくはないだろう?」
直哉は菜月が言いたいことが分からなかった。
「今日ね。友達とクレープを食べに行ってきたの。その帰り道で雪さんが絵美さんの家から出てくるのを見たの」
今日?どういうことだ?もしかして奥村も鈴村の家に行ったのか。
「奥村が鈴村の家から出てきた……何時ぐらいの話だ。奥村はどんな様子だった」
「えっ?えっと……時間は多分17時半ぐらいかな?出てきてすぐに男の人と話していたよ」
17時半、直哉が到着したのが18時丁度ぐらいだった。
奥村と入れ違いで直哉が鈴村の家に入ったことになる。
奥村への疑問が直哉の中で浮かんできた。
それと同時に、奥村と並んで歩く人物を思い浮かべた。
直哉には奥村の親しい交友関係はわからない。しかし、今日の放課後見た岬という人物がどうしても浮かんでくる。
「男の人の顔は見えなかったけど。雪さんの顔を見ていたら深刻そうな顔をしていたの」
「どんな奴かわからないか?」
「ごめん。後ろ姿だけだから。髪はお兄ちゃんと同じぐらいで身長は雪さんより頭一つ分高かったわ。お兄ちゃんと同じ制服を着ていたから、お兄ちゃんと同じ高校だと思うけど」
菜月の言葉を聞いて、直哉には疑問が浮かんできた。
奥村の行動が理解できない。どうして鈴村の家にいたのか。そして同じ高校の男子とは誰だ。
どうして奥村と一緒に鈴村の家の近くにいるのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
黙り込んだ直哉を、菜月が不安そうな顔で見つめていた。
「ああ、大丈夫だよ」
「そう、絵美さん……亡くなったのよね?」
「聞いていたいのか?」
「うん。兄ちゃんが帰ってきたから、ご飯の手伝いをしようと思って階段にいたの」
菜月は目に涙を溜めていた。
気付いていなかったが、先ほどまでも泣いていたのだろう。目が赤く腫れていた。
「そうか、心配かけたな。本当に大丈夫だよ」
菜月の頭を撫でてやり、菜月が落ち着くまで他愛ない話をして部屋に帰した。
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