死遊戯殺人 イー2
二話目です。
ちゃんとミステリーになっているでしょうか?
朝、目を覚ました直哉は、黒革の手帳を鞄の中に入れる。
切り取られたページだけを引き出しに残して、放課後にでも正人の父親に渡しに行こうと決めたのだ。
「おはよう。先に行くぞ」
リビングで母と菜月が朝食を取っていたので、挨拶だけ済ませる。
「お兄ちゃん早いね」
「ああ、今日は京と一緒に行く約束をしているからな。それより父さんはまた泊まり?」
「ええ、仕事が忙しいのでしょ。仕方ないわね」
父の外泊は多々あることだ。家族は慣れたものである。
一度中学のときに浮気しているのではないかと疑ったことがあった。
しかし、父は真面目な人間だった。
父が外泊すると告げた日に尾行してみたのだ。学校をサボり、父の会社に張り込んだ。
夜遅くまで真面目に働いている父に女性の影はなく。
つまらない結果になったが、尾行をする楽しさを知ることができた。
「そうだね。じゃそろそろ学校行ってくるよ」
「「いってらっしゃい」」
菜月と母に見送られて部屋を出る。京と待ち合わせをしているというのは嘘だ。
正人が殺された現場に他に手掛かりがないか、朝に見に行きたくなったのだ。
正人が殺された廃ビルは現在警察監視下になっている。
こんな早朝でもない限り、入ることはできない。
直哉は正面ではなく。裏道を使って廃ビルの中に入って行く。
昨日の夕方には警察の見張りはいなかった。
しかし、正面から入るのは何かと面倒だと思ったのだ。
殺人現場近くになると警察が検視していった後なのだろう。白い粉やテープの跡が残っている。
白い粉は、テレビで見るような指紋でも取っていたのだろう。テープは囲いを作った物だ。
「そこに誰かいるのか」
直哉がぼんやりと歩いていると、低い声が廃ビルに響き渡る。
早朝で誰もいないと油断していた。直哉は身を縮めた。
だがこんなところで、隠れる場所など限られている。
隠れていても仕方ないと、直哉は意を決して姿を見せることを決めた。
「すみません」
この場にいる人は警察の関係者だろうと思って、謝ることを決めて先に頭を下げた。
「ああ、君か……」
謝った直哉に対して、かけられた声はどこか疲れたようすだった。
そして聞き覚えのある声だと直哉は思って、恐る恐る顔を上げた。
視線の先にいたのは、正人の父親だった。
「正人のお父さん」
「君は正人の友人の直哉君だったね」
「はい。藤井 直哉です」
「そうか、私は正人の父親で、悠木 秀という」
「この度はご愁傷様でした」
「君も大変な思いをさせてしまったね」
正人の父。悠木 秀は、第一発見者になった直哉の立場を考えて、発言してくれたのだろ。
第一発見者は疑われるというのは本当らしい。事情聴取を受けた際、そのようなニュアンスの質問を投げかけられた。
その時に正人の父とも顔を合わせているのだ。
「いえ、僕は大丈夫ですよ。正人君は本当に大変でした」
直哉の容疑は意外にあっさりと晴れることになった。
正人の解剖結果によって、死亡推定時刻の間、直哉はバイトに行っていたのだ。
何人にも目撃されているので、完璧なアリバイとなった。
「ありがとう。でもどうして君がここにいるかね。外は見張りがいたはずだが」
心配してくれていた父親の顔から、悠木の顔が刑事の顔へと変わる。
「すみません。このビルは僕と正人の遊び場だったんです。だから裏道を使って入ってきてしまいました」
「そうか、そんな場所があるのか。それでどうしてここに来たのかな?君にとっても気持ちのいい場所ではないはずだが」
悠木の顔が段々と険しいものになっていく。
質問を重ねている内に、不可解な点を整理しているのだろう。
「はい。でも気になってしまって……正人が本当にここいたのか」
不審に思われていると自覚して直哉は正直に答えた。
悠木は、直哉が嘘をついていないか、じっくりと観察した後、嘘がないと判断したのか息を吐く。
悠木が息を吐くと、切迫した雰囲気が霧散していった。
「そうか、君にとって私の息子はどんな奴だった」
「正義感が強くて、真っ直ぐな性格をした奴でした」
「そうか……」
直哉の言葉に悠木は、目を閉じる。
父親として息子を褒められる嬉しさと、亡くした事実が悠木の心に悲しみを与えているのだろう。
「悠木さん、ここに来るまでにこんなものを拾いました」
直哉は話題を変えるため、今拾ったかのように、黒革の手帳を鞄から取り出して悠木に手渡した。
「これは!正人の手帳じゃないか、どこで拾ったんだい」
今迄の冷静な会話が嘘のように悠木は取り乱した。悠木は問い詰めるように直哉の肩をつかんだ。
「イタッ!」「すまない」直哉の声に悠木は落ち着き、肩から手を放して後ろに下がる。
「いえ、僕達が通り道にしている裏道のところに落ちていたんです」
「そうか、そんなところに……」
「探していたんですか?」
「ああ、正人はこの手帳に色々なことを書いていたからね。今回の事も、もしかしたら何かしら手掛かりを書いているかもしれないと探していたのだ。本当にありがとう」
悠木に感謝の言葉を言われ、直哉はここでは何もできないと判断した。
「では、僕はもう学校に行きます」
「そうか、藤井君。約束してほしいことがある。事件が解決するまではもうここには来ないと誓ってくれ。君が正人と友人だというのならば約束してくれないか」
刑事の顔ではなく。一人の父親として直哉を心配しての言葉だと表情を見て理解した。
「わかりました。約束します」
「ありがとう。私もなるべく早く犯人を捕まえられるように頑張るよ」
「はい。正人のためにも頑張ってください」
直哉は一礼して、その場を後にする。
学校についた直哉が席に着くなり京が近寄ってきた。
「今日は、来るのが遅かったじゃねぇかよ。何してたんだよ」
「ちょっとな」
「なんだ、なんだ。意味深だな」
京は、お調子者な上に悪乗りするタイプなので、しつこいときがある。
しかし、悲しみに暮れる悠木に会ったことで、京の明るさが今日は心地よく感じた。
「別に大した意味はないよ。ちょっと妹と喧嘩しただけだ」
「菜月ちゃんと?じゃあお前が悪いな。すぐに謝れ」
京は菜月のことを気にかけている。菜月の話になると、他の話は逸らすことができる。
「はいはい。もう解決したから大丈夫だよ」
「それならいいけどな。菜月ちゃんは天使だからな。どうして俺のところに妹として生まれて来なかったんだろな」
「知るか」
バカなやり取りをしている内にチャイムが鳴った。担任の飯田 直子が入ってくる。
飯田 直子は今年初めて担任を持つことになった新米教師だ。
歳は二十五歳で、生徒のことをよく見ている良い担任だと直哉は思っている。
古典を担当していて、どのクラスでも評判がいい。飯田が出席を取り終えて、授業が開始される。
直哉は授業が始まると、今朝のことを思い出した。
悠木 秀。正人の親父さんは、どうしてあんな朝早くからあの場所にいたのだろう。
見張りの刑事がいると言っていたが、そんな人はいなかった。
「おい、直哉。そろそろ食堂行かないとヤバいって」
京の言葉に我に帰って辺りを見れば、すでに授業は終了していた。
いつの間にか昼休みになっていたのだろう。
直哉には集中すると周りが見えないところがあった。
「あの~藤井 直哉君はいますか」
教室の外で、女子生徒が直哉の名前を呼んでいる。
直哉は入口の方に視線を向けると、奥村 雪が立っていた。
奥村 雪は正人の幼馴染で、直哉とも中学の頃から面識がある。
「奥村、どうした?」
直哉は他の生徒に呼ばれる前に入口に向かって声をかけた。
「ちょっと話したいことがあるの、いいかな?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
昼はいつも京と食べているので、京に視線を送る。
京は、『行ってやれ』と視線を送ってくる。
直哉はすまないと手を合わせ、購買でパンを買っておいてくれるように京に頼んだ。
「ああ、大丈夫だ」
直哉と奥村が連れだって歩いていく姿に教室では騒ぎになっていた。
京だけはいつもと違い、静かに二人を見送った。
二人は話ができる場所を求めて、屋上にきていた。屋上は本来解放されていない。
奥村が天文部という部活に入っているので、屋上の鍵を借りてきたらしい。
「それで話って何だ?」
「うん。マサ君のことなの。直哉君はマサ君が死んだことは知っているよね」
「ああ、ニュースになっていたからな」
「そう。昨日のニュースになっていたよね。それでなんだけど。実は……」
奥村は言葉を詰まらせながら何かを直哉に告げようとしている。
奥村が大事なことを話そうとしているのは直哉にも伝わった。
だからこそ、奥村が話し出すのを待つことにした。
「実は……私マサ君の彼女なの」
奥村の言葉に直哉は正人が言っていた彼女が奥村だったのかと納得する。
それと同時に疑問が湧いてきた。二人は幼馴染なのだ。
今更、宣言することなのだろうか。
「それでね。この間、マサ君と一緒にあるものを見たの」
「あるもの?」
「うん。マサ君は誰にも言うなって言っていたけど。マサ君が死んで怖くて、友達の絵美ちゃんに話したの」
奥村がいう絵美とは、高校で奥村と友達になった女子で、鈴村 絵美のことだ。
眼鏡をかけた地味な女子で、奥村とは話が合ったらしく、親友と言っていいほど仲が良かったはずだ。
「それで……」
直哉が話の続きを促すと、奥村はゆっくりと話し出した。
「うん。私が内容を話したのが昨日なんだけど。話を聞いた絵美ちゃんが、今日は学校を休んでいて。なんだか不安になってきたの」
「心配し過ぎじゃないのか?」
「そんなことないよ。だって昨日の絵美ちゃんなんかおかしかったもん」
「どういうことだ?」
直哉の質問に対して奥村はそれまでの勢いが嘘のように大人しくなる。
「えっと、昨日絵美ちゃんに正人君と見たことを話したの。そしたら絵美ちゃんの顔が青ざめていって、大丈夫って聞いたら絵美ちゃんは大丈夫だよって……そのまま帰っちゃたの」
直哉は奥村の話を聞いて、絵美の行動について考えてみるが、奥村達が見たモノが何かわからないため推測もできなかった。
直哉は何故青ざめたのか、絵美がした行動について理解できなかった。
「なぁ、奥村。いったいお前達は何を見たんだ?」
直哉は正人が真っ黒に塗りつぶしたページを思い出す。
あの内容を奥村は知っているのかもしれない。
絵美に聞いてもいいが、彼女が学校を休んでいるのならば、奥村に聞くほうが早いだろう。
「ごめん。直哉君には話せない」
「どうしてだよ。ここまで話しておいて」
「だって絵美は話してからおかしくなったんだもの。だから直哉君がおかしくなったら嫌だから話せないよ」
奥村の言葉に直哉は舌打ちしたくなる。
詰め寄って聞こうと思ったが、直哉が気持ちを整理しているうちに、奥村は直哉から逃げるように出口の方へと去って行った。
「こんな話、直哉君にしかできなくて……もうチャイムが鳴ったから行くね。聞いてくれてありがとう。鍵は部活のときにかけるから気にしないで」
奥村の姿が見えなくなり、直哉は舌打ちする。
奥村の思わせぶりな行動に苛立ちを感じたが、奥村に聞けないのあれば、もう一人の真実を知る者に聞く必要がある。
彼女はどうして青ざめたのか、どうして学校を休むほどの衝撃を受けたのだろうか。
「とにかく会いに行ってみるか」
直哉は鈴村に会うことを決めて、教室へと戻って行った。
教室に帰ると先生がすでに来ていた。遅れたことを告げると、席に着きなさいと言われるだけで、叱られることはなかった。
席に着くと京が目配せをしてきたので、机の中に手を入れる。
机の中にはうぐいすパンと白あんが入っていた。
悪意を感じるが。京に頼んだ自分が悪いと判断して、どんなものであろうと文句を言う資格はないので黙っておくことにした。
京は可笑しそうに笑っていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。