死遊戯殺人 イー1
初投稿作品です。
ミステリーが好きで書いていますが、文章・内容がもの足りないと思いますが、どうか生暖かい目で見てください。
夏が始まり、喉が渇く。目の前の光景を見つめて、口の中はカラカラだ。
人は何かをきっかけにして、突然世界が変化することがある。
あいつは黒革の手帳を大事そうに持っていた。
あいつ……悠木 正人は、名前の通り真っ直ぐで、正しい人間だった。
親父さんからプレゼントされた黒革の手帳は、大紋の印がついた親父さんの手帳とよく似ていた。正人の誇りだったのだろう。
最後に話した内容も鮮明に覚えている。
「最近彼女ができたんだ。今度紹介するな」
「誰だよ。俺の知っている奴か?」
「まぁな。でも意外な奴だと思うぞ」
そう言って、正人は笑っていた。変わり果てた親友を見上げる。生気を失い。口から血が流れ落ちたのだろう。口の端に血の跡が残っている。
死体とはどうしてこんなにも色々な情報を他者に残していくのだろう。
正人の死体はまるでけん玉のようだった。両手は広げられ。両足は揃えて縛られ。まるで十字架のように壁に磔にされていた。右の掌の上に乗せられた頭は、ロープで体と繋がれていた。
正人の死体を見て、僕は興奮していた。僕の世界が変化したのだ。
「直哉、そこで何をしているんだ」
藤井 直哉は名前を呼ばれて振り返る。
直哉の手には黒革の手帳が握られており、友達である金井 京は不思議そうな顔をして直哉を見つめていた。
二人は双葉市にある、双葉高校の二年生だ。都市開発が途中までしか進んでいない双葉市は廃ビルがいくつも残されている。
学校からの帰り道。直哉は京と供に下校している最中だった。
正人が殺された廃ビルに差し掛かり、直哉の脳裏に、その時の光景がフラッシュバックされる。
京はしばし直哉の行動を見つめていた。
しかし、直哉の行動が何を意味しているのか理解できなかった。
待っているのにも飽きて、声をかけた。
「別に何もしてないよ」
廃ビルを見つめて立ち止まった直哉は正人のことを思い出していた。
京にそれを教えるつもりはない。
正人のことを思い出そうと、直哉は目を瞑り考え事を始める。
「ここってあれだろ。悠木が殺された場所だろ」
「そうらしいね」
「お前って仲良かったよな?なんで死んだか知らないのかよ」
「さぁね」
京の言葉を上の空で聞きながら、直哉は死んだ正人の顔を思い出して祖父の言葉を思い出す。町の風景は昔に比べて随分と都会になったと祖父が言っていた。そんな田舎の都心化計画が着工してから数年が経っている。
直哉の父親も建築業をしており、ビルを建てていたが、市の資金繰りが上手くいっておらず、廃棄されたビルの一つで親友が死体となって発見された。
そのとき、直哉は死体の第一発見者となったのだ。
手を付けられなくなった廃ビルの中で、いつも通り親友と待ち合わせをしていた。しかし、直哉が見たモノは変わり果てた親友の姿だった。
「それよりさ、最近変な噂を聞いたんだけど。お前知っているか?」
「噂の内容もわからないのにわかるかよ」
「そりゃそうだ。あれだよ、あれ。『死遊戯殺人』ってやつだよ」
「シユウギサツジン?」
「おう。なんでもこの辺で変わった死体が連続で発見されているらしくてさ。それが昔のオモチャを模った殺され方だったらしい」
「なんだよ、それ。どこからそんな情報仕入れたんだ?」
「おいおい。今の世は、インターネットを見れば何でもわかるってもんだろ?その『死遊戯殺人』の第一発見者だった人が、インターネットに投稿したらしいんだけどな。そこから色々な人が食いついて、かなり話題になっているらしいぞ」
興奮する京を直哉が冷静な目で見つめていた。
京は何にでも興味を持つタイプなので、危ない事件にも首を突っ込んでいく癖がある。
そのせいか、傍にいる直哉は一歩引いた目線で京の話を客観視するところがあった。
「本当の話か、眉唾もんだろ」
「そんなことねぇよ。だって事件は俺達の近くで起きているんだぜ」
「ふ~ん」
「ふ~ん、って、お前興味ねぇのかよ。いいか聞いて驚くなよ。隣町の港市で事件が起きたんだ」
「ふ~ん」
「なんだよ。気のない返事ばっかりしてよ。もういいよ。お前には新しい情報が入っても教えてやらないからな」
「はいはい。そろそろ帰ろうぜ」
廃ビルをもう一度見てから直哉は京に声をかける。
「お前は本当にマイペースな奴だよな」
京は誰のために待っていたのかと溜息を吐く。
そんな京の態度を、直哉は気にせず歩き出した。
京と別れて、家に辿りついた直哉は、玄関の扉を開けて中に入ろうとして、玄関にいた妹とぶつかりそうになった。
「ウワッ、あぶない。お兄ちゃん帰ってきたの?おかえり」
「ただいま。菜月はどこか行くのか?」
「うん。ちょっとコンビニまでね。アイスが切れちゃって。今日はチョコミントの気分なのにお母さん買い忘れたっていうから」
「そうか、気を付けて行けよ」
「は~い」
ホットパンツにへそ出し姿の妹に苦笑いしながら、妹を見送って直哉は自室へと足を向けた。
自室にはベッドと勉強机、あとはゲームをするためのテレビとパソコンが置かれている。鞄を机の上に置いて、制服をハンガーにかける。
几帳面というわけではないが、決められたところに決められた物がないと気になってしまう。直哉は昔から間違い探しが得意だった。
物事を覚えており、前回との違いを考えるのが好きだった。
パソコンが起動する少しの間に、黒革の手帳を取り出して読み始める。
「6月25日。僕はとんでもない現場を見てしまった。父さんに報告しなければならない。だけどこのことを父さんに伝えても大丈夫だろうか?こんなものを見て、果たして僕は無事でいられるのだろうか?父さんは優秀な刑事だけどこの犯人を捕まえられるのか?とにかく僕にもしものことがあったときのことを考えて、この手帳を残しておく。どうか善意ある誰かの手に渡ることを願う。そして善意ある人よ。この手帳を父の元に届けてください。悠木 正人」
正人が書いた手帳を手に入れてから、一週間が経とうとしている。
未だに正人の父に手帳を渡していないのは、ある興味が直哉に目覚めたからだ。正人は正しい人間だった。何より警察官である父親の事を誇りに思っていた。その正人が父親に何故手帳を渡さなかったのか。手記に書くだけに止めて、どうして直接父親に真実を告げなかったのか。
そして、自身の身を案じているのならば余計に誰かに助けを求めなかったのはなぜなんだ。
正人の行動の不可解さが直哉の興味を刺激した。
「お兄ちゃんいる?そろそろご飯できたらしいから降りてきて」
部屋の扉がノックされて菜月の声がする。
いつの間に帰ってきたのか、驚いて時計に目をやると、二時間の時が経っていた。パソコンの起動音が部屋中に響いているパソコンをシャットダウンして、時計の針を確認する。
時計は19時半を指していた。
「わかったよ」
部屋着に着替えて扉を開ける。
菜月は先に下に行ったのか、扉の前にはいなかった。
階段を降りる間も、正人ことを考える。
どうして正人は父親に相談しなかったのだろうか。
「お兄ちゃん遅いよ。コロッケ冷めちゃう」
階段で考えていると菜月に頭を叩かれる。
痛くはないが、兄の頭を叩くとはなんて妹だ。
「兄を叩くとは悪い奴だな」
直哉が手を伸ばすと、菜月が逃げようとする。
しかし、直哉はすぐに菜月を捕まえて思い切りくすぐりの刑を実行する。
「あれ?なんで?どうして?いつもお兄ちゃんに捕まっちゃう?」
菜月は昔からくすぐりに弱く、直哉の攻撃にあっさり陥落する。
「やめて、やめてよ。もう、お兄ちゃんが遅いから悪いんじゃない」
来年高校生になる菜月の体は少し女性らしい柔らかさと甘い香りがした。
所詮は妹だと思うとドキドキすることはないが、成長したものだと感心する。
リビングに入ると、直哉の行動を菜月は母親に訴えているが、母親もいつもの見慣れた光景に微笑んでいた。
「あなた達は本当に仲がいいわね」
母はこうして微笑ましいものを見るようにいつも笑うだけだ。
菜月は頬を膨らませていたが、アツアツのコロッケを母が持って来るころには機嫌も直っていた。
「そういえば最近、物騒らしいからあなた達も気を付けなさいよ」
食事を始めて、しばらく経つと母がそんな話を始めた。
物騒というのは、京が言っていた『死遊戯殺人』のことだろう。
夕方のニュースで放送されていたらしい。
「私は大丈夫だよ。だって殺されているのは全員男の子でしょう。しかも男子高校生でしょう。お兄ちゃんの方が危ないんじゃない」
菜月の言葉に母が心配そうに、こちらに視線を送ってくる。
そう『死遊戯殺人』の被害者はいずれも16歳から18歳の男子高校生三人なのだ。
夕方のニュースで、連続殺人事件として報道されていた。
男子高校生にむかって警戒するように呼びかけがなされたのだ。
「ある訳ないだろ。あんな目に合うやつは一握りの人間だけだよ」
直哉の言葉に母は心配そうな顔を崩すことなく。
菜月もふざけていたのが嘘のように心配そうな顔になった。
「お兄ちゃん。ごめんなさい」
二人の顔が変わったのは正人のせいだろう。
二人も正人のことを知っている。今日報道があったということは正人の死が公表されたのだ。知人が殺された上に、第一発見者ということで、警察での事情聴取を受けた。
母には話をしていたが、ここまで大きな事件だとは思っていなかったらしい。正人が『死遊戯殺人』の被害者であることが報道されて、不安にさせてしまったのだろう。
「大丈夫だよ」
直哉は、菜月の頭を撫でてやり、母親に笑いかける。
二人を心配させないように直哉は笑顔を作り、話題を変えることにした。
なんとか二人の気分を変えることができ、その場の話を切り上げた。
食事を終えて部屋に戻るなり、黒革の手帳に手を伸ばす。
正人が見たとんでもない現場について書かれているページをまだ読んでいない。
何故かそこだけページ同士が糊付けされて、読んではいけないような気がしたのだ。
「家族を安心させるためだ。正人が何を見たのか、それが分かればこの手帳を正人の親父さんに渡して、もう僕は無関係だ」
直哉は自身の興味を満足させて、正人の手帳を父親に渡そうと決めた。
糊付けされた手帳のページを綺麗にカッターで切り開いていく。
切り開かれたページは真っ黒に塗りつぶされていた。
何を書いていたのか、読もうとして色々試してみたが、結局何が書かれていたのかわからないままだった。
ページをノートに戻すのが躊躇われて、切り取ることにした。
真っ黒に塗りつぶされたページを、机の引き出しに仕舞って息を吐く。
「フゥー」
「お兄ちゃん、お風呂開いたよ」
菜月の声で驚き、声を上げそうになるが、何とか堪えて返事をする。
「ああ、わかったよ」
菜月の声で現実に戻される。
下着を出して、部屋の扉を開けると妹が立っていた。
「なんだ?何か用か?」
「ううん。さっきの話。お兄ちゃん本当に大丈夫?」
「何が?」
「お兄ちゃんと正人さん仲良かったよね?」
正人は何度か家にも遊びに来たことがある。
菜月も正人と遊んでもらったことがあるので、心配しているのだろう。
「本当に大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
菜月の頭を撫でてやり、階段を下りて行く。
菜月が背中を見ているのは気付いていたが、振り返らずに風呂場に向かった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
誤字・脱字など報告いただければすぐに直しますので、どうかよろしくお願いします。