箱入り娘 1
web拍手よりお姫様バージョンのユキと、メロメロお父さんアルージャということでリクエストを頂きました!
たぶんしばらく続きます。
「ユキ、黒龍の披露式典を行なうことになった」
申し訳なさそうな顔と共にアルージャがそう言うと、ユキは露骨に困惑した表情を浮かべた。そして先日チラッとシンが言っていたのは本当だったのかと絶望した。
その表情を見たアルージャはさらに眉を下げ、ゆるく頭を振りながら小さくため息をつく。
これは逃れられないのだ、と。
「お父様……」
「……駄目なのだ……駄目なのだユキ……」
アルージャはユキに非常に甘い。
どのくらい甘いのかと言えば、ユキが専属のメイドと「私のいた国には桃って言う果物があったんですけど、ここにもそう言うのってあるんですか?」と話していたのを小耳に挟み、私財を使って国中を探させ、似たような果物を何種類かコッソリ夕飯のテーブルへ並べるくらいにだ。
それもアルージャからは絶対にユキへ言ったりしないものだから、気を遣ったコックが「これはお父様からですよ」とユキへこっそり教え、感極まったユキが泣きながらアルージャに抱きつくという、使用人一同からしたらなんとも微笑ましいエピソード付である。
この間なんか他国から「お子様がいらっしゃるのでしたら我が国の王子とぜひ友人に」とやんわり伝えられたのを、ハッキリと断ったほどだ。その後、難色を示した大臣から指摘され、全く心のこもっていない謝罪の手紙を送ったのは言うまでもない。
そんなアルージャが、とうとう逃げられないことが起こってしまった。
「これはお前を守るためでもあるのだ。早々に黒龍の披露をすることにより、民は安心する。そして諸外国は黒龍の力を恐れて戦争を仕掛けてきたりしないだろう。ましてや、我が黒豹部隊や龍たちもいるし、お前自身も相当に力があるのだから問題は無いと考えている……大臣たちが」
私は心配なのだが、と慌てたように付け加えるアルージャ。
さらに、それから私はお前が黒龍だからと言って恐れたりはしないとも付け加える。
「でも……あの、お父様……私は庶民ですし、こういうのには向かなくて……」
「ああ、それはよくわかる。お前が何を不安に思っているのか、この父はよくわかっている」
百戦錬磨のアルージャとは思えないほど情けない顔で、あるいは子を心配する父の顔でアルージャはユキを引き寄せて抱きしめた。
「だが――」
言いかけてアルージャが止まる。
そしてそれを見て、ユキは敏感に察知した。これはアルージャの一存でどうにかできる問題でもなく、国のために必要なことで、王族でいる限り、自分は国民のために何でもしなければいけないのだと。
甘い汁を吸っているのだから、そのくらいは当然のことなのだと。むしろ文句を言うなんぞあつかましい話だ。
それを、アルージャは伝えたいと思って、だけどユキが決心できていないし理解できていないだろうと思って言えずにいるのだと。
「あの、大丈夫です……式までに、私がしなければいけないことを教えて下さい……」
引きつった笑顔でそう言うユキを見たアルージャは、不覚にも目に水分が集まるのを押さえきれなかった。なんとか顔をそらして唇を噛み締め、深く息をはいて衝動をやり過ごし、ユキの肩口へ顔を埋めるフリをして涙を拭きながらポツリと言う。
「……すまない。本当は私だってお前を大事にしまっておきたいんだ」
「何がしまっておきたいだ馬鹿」
この馬鹿馬鹿しい茶番を横で見ていたのは、アルージャの友人でありこの国の大臣であるベンジャミンだ。
彼は露骨にため息をつく。
最近になり、アルージャが親馬鹿になる才能を見出した彼は、ことあるごとにアルージャのストッパー役としても働いていた。
「ユキ王女。国王陛下の言うようにこれはあなたのためでもあります。今後こう言った催しごとは腐るほど出てくるのですから、まずは自国で開ける催しで慣れましょう」
「は、はい」
ユキはベンジャミンのことが苦手だ。
良い人であるのは良くわかるし、良くしてもらっているとも思っている。しかし、普段優しげなその顔は公務となると鬼のように変貌するのだ。
「まず、ざっくりですが当日のスケジュールを――ああ、その前に開催日ですな。開催は3ヵ月後です。それまでに十分の時間がありますから、一緒に用意をしていきましょう」
「ありがとうございます」
ベンジャミンは満足げに頷くと、アルージャの方を見て顔をしかめる。
「国王陛下はまだ公務が残っておりますので」
「ああ、そうだな」
アルージャは平然とそう頷き、椅子に座る。そして部屋が静まり返っているのに気づきキョトンとして「なんだ?」とつぶやいた。
「なんだ、ではありません。ここにいらっしゃらなくてもユキ王女は私が面倒を見させて頂きますので、国王陛下は公務へお戻り下さい」
「…………」
しばらく椅子に座って無言で抗議していたものの、やがてため息をつくとアルージャは部屋を出て行った。
「まったく……」
「すみません、父が……」
「慣れました」
「すみません……」
ユキが小さくなっていると、ベンジャミンはメイドに紅茶を入れるように言ってからソファへと腰掛ける。
「さて、まず当日の流れですが、簡単に言うと王女のお披露目、黒龍のお披露目、そして晩餐会でございます」
「晩餐会!? で、ではテーブルマナーを覚えないといけないんですよね……」
「そうなりますな。ユキ王女。そんな顔をしていますが、舞踏会でないだけ良かったのでは?」
そういわれ、グッと言葉に詰まる。
確かに踊るよりはいいような気がしてきた……と思ったユキは、何度か頷くと「続けて下さい」と言う。
「王女のお披露目は簡単です。ただ王が宣言するだけでございますから、ユキ王女は横へ立って笑顔でいれば良い。特に挨拶もなく、儀礼的に一礼をして終了です」
「そうなんですか!」
「喜ぶのは早いですよ。黒龍のお披露目が大変だ」
「そうなんですか……」
ベンジャミンはユキの露骨な態度に苦笑しながら、その背に手を添えて慰める。
なんだかんだと言いつつも、ベンジャミンはユキのことが好きであった。まるで自分の娘のように可愛がるので、妻と子供たちに「外に子供でもできましたか?」と嫌味を言われるほどだ。
「黒龍へとかわられた後は、一声二声咆哮を上げて国民へ祝福を、他国へは威嚇をして頂きたく。それから力を見せるため、ブレスを天井の穴を通し天空へ打ち上げて下さい」
「天井の穴! それって大きいですか? 外したら大変なことになりますよね……」
「天井の中央に開けられた直径5mほどの穴でございます。それなりの大きさありますが、加減なしに打てば穴の直径を越えるブレスとなり天井崩落、コントロールを誤っても天井崩落。国賓と国民に多くの死者が出て、他国とは戦争へ発展するでしょう」
「そんな……」
ベンジャミンはユキのことが好きであったが、ユキが絶望する顔を見るのはもっと好きであった。こういうと御幣があるが、要はこのコロコロ変わる表情が好きなのだ。
「今日からブレスの特訓でございますな。ああ、うろこの色を変える薬は忘れぬように。まあ、今回にして言えば、ユキ王女が覚えることは当日の流れ、礼の仕方、王女の立ち振る舞い、テーブルマナーだけです。簡単でございましょう?」
もはやベンジャミンの言葉など微塵も聞こえていないユキ。
その顔は引きつり、時折目の下がピクリピクリと痙攣していた。
その顔を見て満足げな笑みを浮かべたベンジャミンは、国で一番腕の良い教師を呼んでやろうと何度か頷いて紅茶を飲み干すのだった。