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魅惑の初デート……? 後編

「なあ、機嫌を直せよ」


 ユキはもうずっとシンを無視していた。

 出会った当初は無視をするなんぞ考えたこともなかったが、今日のユキはお冠なのである。初デートだと思って期待したのに、いわばこれは業務の内に入るのではないかと思ったのだ。

 だから湖から上がった後は、無言で人の姿に戻り、素っ裸になっていることに気づいて再び龍体に戻り、さっさと空へ飛び立った。


《フンッ……女心もわからないとは。さすが、野蛮人は違うな》


 疾風丸の嫌味に、ユキの心が少しだけ和らぐ。

 先ほども、シンを乗せて後ろを追いかけてくるシェリーが必死に《この馬鹿には後で言い聞かせるから……! もう少しゆっくり飛んでくれないか!》と叫ぶのを聞いてようやくスピードを落としたと言うわけだ。

 その少し後に息を切らしてついてきた疾風丸を見て、ユキの罪悪感がふくらんだことは言うまでも無い。


《…………》


 ふと、シンの声がしなくなったことに気づいた。

 するとあれほど怒っていたユキの怒りがみるみるうちにしぼんでいき、ちゃんとついてきてくれているのかな、と不安にすらなってくる。

 しかし後ろを見るのは気が引けるので、確認できずにモヤモヤしながら空を飛んだ。


《…………》


 クルルと試しに小さく鼻を鳴らす。

 これは子龍が親龍を呼ぶときに鳴く声で、子龍に教えてもらってからシェリーとのコミュニケーションツールとして使っているのである。ちなみに初めてシェリーを見ながらこの声を出したとき、シェリーは無言でずっとユキの顔を舐め続けた。


《大丈夫だ、いる》


 ユキの鳴き声にシェリーが反応する。

 それに少しホッとしたものの、今度は別の不安が湧き上がった。もしかしたらシンは怒って無言になっているのではないかと言うことだ。もちろん怒るのは筋違いであるものの、シンなら十分にありうると思って少し憂鬱になる。

 そう思った途端に“絶対そうに違いない”という思いがわきあがり、ユキは泣きそうになっていた。

 クルルとまた鼻を鳴らす。

 その音は悲しげな音がした。


「よっ」

《ぐえぇぇええぇ!?》


 シンの声に続き、ドスンという背中への衝撃。思わずよろければ、「おいおい、落とすなよ」とシンが楽しげに笑う。


「なあ、もう少しデートに付き合ってくれよ。機嫌を悪くさせたままお前を帰すだなんてことになりたくねぇんだ」


 わざと耳元でささやくようにしてそう言うシン。

 首にすがり、鼻筋をユキの顔の横に擦り付けるようにしてそう言うと、ユキはぶるりと身震いした。

 あまりにも突然のことに身の危険を感じていれば、両端をすーっと何かが抜けていくのに気づく。それはシェリーと疾風丸であった。


《あれ!? どこ行くの!?》

「先にお帰り頂いた」


 楽しげに言ってユキの喉元を指で引っかくシン。それは逆鱗のすぐそばを行ったりきたりしながら、確実にユキへ刺激を与えていく。


《あ、あの……!》

「楽しいことしようぜ? ユキ」


 シンの低い声がユキの鼓膜を震わせ、ユキはまたぶるりと身震いした。




* * * * * *




「龍が地面を歩くはめになるとはなあ」


 呆れたようなシンの声にユキは何も言えずにいた。

 しかしそのシンの声には楽しげな感情も混ざっており、今にも口笛を吹き出しそうなほどだ。

 あれからたっぷり2時間はシンの用事に付き合わされ、たっぷり甘やかされ、嫌と言うほど構われた。そしてそれはユキにとっても中々に“楽しい”時間となった。だからもはや、ユキの中の怒りもほとんど残っていない。


「ん、どうした」


 ピタリと歩みの止まったユキにシンも歩みを止める。


《……あの》


 そう言ったまま、ユキは口を閉じる。言っていいのか悪いのか……と困惑しているのを見て取ったシンは、ニヤリと笑うとユキに歩み寄って両頬を手で挟みこむ。


「甘えてみろ」

《…………》

「ユキ」

《……抱っこ》


 フッと笑ったシンがマントを外し、ユキを覆う。

 それと同時にユキは人へと戻り、完全に人の体に戻った瞬間、シンへと抱き上げられた。


「甘えん坊だなあ、お前は」

「……今日だけです」

「馬鹿言うな。いつでも甘えてろ。お前は俺の女なんだから」


 俺の女、という表現は乱暴なように聞こえてあまり好きではなかったものの、あのシンがここまで気にかけてくれているのはもしかしたら相当に珍しいのでは……と思い始めたユキは妙な優越感を感じていた。

 しかしすぐにその思いはしぼんでいく。

 もしかしたら過去にもこういう女性がいたのかもしれない、と思ってしまったのだ。


「…………」


 そしてシンはユキのそういう感情の動きに非常に聡い。

 だからシンは呆れたようにため息をつくと、いったんユキを地面に降ろしてポケットを漁った。


「ほら」


 差し出した手の平だいの箱。

 それはどう見ても、指輪の入った箱である。


「……え?」


 口角を上げたシンが箱を開けると、そこには小さなピンキーリングが入っていた。


「もう少し大きいサイズは、お前がもうちょい大人になってからだな」

「ええ……!?」

「声がでけぇ。キャンキャン言うな」

「だ、だって……!!」


 シンは指輪を取り出すと、ユキの左の小指へはめる。ユキは目をキラキラさせながらそれをジッと見つめ、シンの目をコッソリ見た。

 視線が合った瞬間、シンの目があまりにも優しげなのを見て、ユキはごくりと唾を飲み込み、一瞬にして顔に熱が集まっていくのを感じる。


「……ありがとうございます」

「ああ」


 さらに笑みを濃くするシンを直視できず、ユキは視線を地面に落とす。

 そして気づいた。


「あ……」


 シンの左手小指に、今ユキの左手小指についている指輪と同じデザインの指輪がはまっていることに。


「やっと気づいたか。女はこういうのに目ざといと思ってたんだがなあ?」


 ニヤニヤ笑うシン。

 ユキは顔を覆うと、へなへなと地面へ座り込んだ。


「…………」

「ほら、帰るぞ」


 楽しげにそう言いながら、ユキを抱き上げるシン。

 鼻歌を歌いながらシンは森の中を歩く。


「……ご機嫌ですね」


 何か言ってやら無いと気がすまないとばかりにユキがそう言えば、シンは片眉を上げて楽しそうにこう言った。


「そりゃあな。好きな女が裸で腕の中にいて、ご機嫌にならねぇ男がいたら見てみたい」

「はだっ……これは龍になっちゃったから仕方なく、じゃないですか……誰のせいだと……」

「ほう?」


 きっと一生口ではかなうことが無いんだろうな、とユキがため息をつけば、シンはユキの耳元に口を寄せてこう言った。


「なあ、お前にどれほど伝わってるかわからねぇけどよ。俺はお前が相当大事みたいだぜ? 指輪をつけた俺が想像できるか? こんなのを女にやったのは……お前が初めてだよ、ユキ」


 ユキの喉がぐぅと何とも言えない音を発したのを聞いて、シンは再び機嫌よく笑い始めたのだった。

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