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魅惑の初デート……? 前編

感想より朧月さまからリクエストを頂きました。

ありがとうございます!

「ユキ、デートしようぜ」


 休日の朝。

 いきなりユキ部屋に押しかけてきて、煙草をふかしながら楽しげに笑うのはシンだった。ユキはちょうど着替えも終わってご飯も取り、さて今日は何をしようかと考えていたので、丁度いいと言えば丁度いいタイミングだ。

 しかしシンの笑い方はどちらかと言えば“ニヤリ”に近い笑いである。ところがユキはその発言内容に気を取られてしまい、そんな些細なことには全く気づいていなかった。


「デ、デ……デ……なっ……ど、どこ、に……ですか?」


 しかし、ユキもただの間抜けではない。シンのことはまだ十分知っているわけはないが、全く知らないわけではない。

 そのため、早くもこの男がただのデートに誘うわけが無いとは気づき始めていた。


「こんなのはどうだ? まず龍に乗って湖の見える湖畔に行こう。そこでピクニックをして、泳いで、疲れたら昼寝を楽しむ。そして夕方までには龍に乗って帰るという健全なデートだ」

「確かに」


 例えばこれをグラスが言えばユキも信じただろう。しかし相手はシンである。

 ユキはシンらしからぬ単語の羅列にゴクリと生唾を飲み込むと目を細めた。


「なんだよその目は。疑ってンのか?」


 ギッと睨みつけられ、ユキは思わず後ずさった。そして視線をそらしながら「いえ、そういうわけでは……」とブツブツつぶやく。


「ほら」


 そう言ってシンに差し出されたのは、1つのバスケットだった。


「これは?」

「ピクニック」

「嘘ぉ!?」


 くらいつくようにしてバスケットを開けると、確かにそこにはサンドイッチやタルト、飲み物の入ったポットがあった。それに龍用の餌まである。


「ほ……本当に、連れて行って頂けるんですか……?」

「ああ」


 フッとシンの口角が上がったのを見て、ユキは顔を真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべた。




* * * * * *




「わー……! 凄い……! やっぱりシェリーさん早いですね!」


 ユキたちは空を舞っていた。

 シンは自らの龍に乗り、ユキも最近アルージャからもらった龍に乗っている。この龍はヌーラとの決戦でユキを乗せた、あの若い忠実な龍であった。


《ユキ……確かにシェリー殿は早いですが、私だって若い龍の中だと一番早いですよ。賢いですし。主に忠実ですし》

「あ、ごめん、そういうつもりじゃ……」

《フフ……わかっていますよ。私の可愛い主》


 そしてシンはこのユキの新しいパートナーがあまり好きではなかった。龍は確かに“主には忠実”であった。主“には”。

 シンを見れば威嚇をするし、シンの行動次第では噛み付くのもいとわない雰囲気を出しているのだ。それは今日もそうで、初めはシェリーに2人乗りをして行こうと言う話だったのを、聞きつけた若い龍が嫉妬して暴れたのである。おかげで龍舎は修繕が必要な被害を受け、ユキが平謝りするはめになった。


「おい、クソ龍。もっとそっち飛べ。シェリーにあたる。ああ、でもユキはこっちへ寄越せ。離れていたら守れねぇからな」

《お黙りなさい。主から賜った名を呼ばなかったことは評価して差し上げますが、私はあなたを許したわけではありません役立たずの無能男》

「ああん? なんかほざいてやがるなあ? 言葉はわからなくても気は伝わってくるんだぜクソ龍」


 この見慣れたやり取りにユキはため息をつく。

 ところでユキは若い龍に“疾風丸”という名をつけていた。それはこちらの言葉で“お子ちゃま(シプマール)”というような意味合いを持つ言葉の発音に似ているようで、何匹かの龍がからかったのだ。

 ユキは慌てて名前を変えようと思ったものの、それでもこの龍は「我が主、龍王のくれた名」と非常に気に入り、龍舎中の龍に「今日からシップウマルと呼んで下さい。我が主である龍王が名をくれたのです」と言ってまわっていた。


「あ、ああ~! 見えてきたんじゃない? 泉が……!」


 わざとらしい声にみんなの視線が地面の方へ向く。そこには日の光を反射してキラキラと輝く湖面が見えた。

 急降下で湖のそばに降り立つと、シェリーは湖へ水を飲みに行く。そしてその流れで湖に入り、水面にはポコポコと大小の気泡が浮くのみとなった。


「水遊びが好きなんですね」

「龍は皆好きだ」

「え、そうなんですか? ――ねぇ疾風丸、あなたも水遊びしてきたら?」

《いいえ、我が主。私はあなたのおそばにいるのが嬉しいのですから、どうぞお気になさらず》

「ええ……!? んもー……疾風丸ってば……そっかー……そうかそうか……フフ」


 エヘヘと顔を赤くして照れるユキ。

 それを見て面白くないのはシンである。そもそも今日はシンとユキのデートのつもりで来ていたので、第三者は邪魔なのだ。シェリーはそこのところも気を遣って泳ぎに行ったのだが、若い龍である疾風丸はシンを嫌うあまり放っておくことができなかった。


「おい」


 強引にユキの顎を取って目を合わせ、口にサンドイッチを押し込む。


「ぐあっ!?」

「噛め。飲め」

「むっ……ごほっ……無理でっ……押し込まないでくだっ……んあ!」


 強引に上を向かせ、飲み物を流し込む。それがユキの喉を伝い服を濡らしても、シンは一向に構わず飲み物を流し込んだ。そして口の中がなくなったら再びサンドイッチを押し込む。


「自分っ……で……!」

《おやめなさい! 何をしているのですかあなたは!!》

「なあ、デートっぽいだろ?」

「え!? あ、そ、そう、ですね……ぐあっ!」


 やたら満足げな顔で次々サンドイッチを押し込むシンを疑問に思っていたユキであったが、本来ユキはここで気づいて言うべきだったのだ。

 帰りませんか、と。

 本来疾風丸はここで気づいて言うべきだったのだ。

 ユキ帰りましょう、と。


「さあ、食い終わったな」

《鬼ですかあなたは! ああ、可哀相な我が主よ……! 喉につめてはいませんか!?》

「だ、だ、大丈夫……ゴホッ……ゴホッ……シンさんは、ゲホッ……食べないんですか?」

「俺は食わなくても死なねぇ」

「そうですか……まあ、私も一食くらい抜いても死なないんですけど、食べたことによって死ぬかもしれないとは思いました」

「じゃあ行くぞ」

「は?」


 スッと立ち上がったシン。

 それを見て「ああ、次の工程か。確か水泳だったな」と思い出して時が止まった。


「待って下さい、私水着なんて無いですし、そもそも泳ぐような気候じゃないです」


 寒くは無い。しかし、温かくも無い。ユキの言うように、確かに泳ぐには早すぎる時期であった。

 そしてユキはニヤニヤと笑うシンを見ながら、「もしかしてこの世界で言う“デート”って私の世界のデートと違うんじゃ……」と思い始めていた。


「ユキ、龍になれ」

「え、ここでですか?」

「色のことは気にするな。どうせお前は今度黒龍披露会で全国民に披露されるんだから」

「ああ、そうなんで――は!? 聞いてませんけど!?」

「なんだ? アルージャはまだ言ってなかったのか。いつまで渋ってんだあのジーサン」


 はあ、と呆れたようにため息をつくシンを見ながら、ユキは自分の心臓がやぶれんばかりに波打っているのをどこか冷静に感じていた。


「だって私は……え? でも……は?」

「俺らの所有物だとわからせた方が、変な戦争を仕掛けられなくていいってことになってな。まあ、俺がお前を守るんだから大丈夫だろ」

「え……守る……」


 守れないなんぞ微塵も思っていない顔に、ユキのテンションがやや上がる。


「だからホラ。まずは黒龍になれ」


 ここが、最後のターニングポイントであった。ユキも疾風丸も、ここで気づくべきであったのだ。

 しかしもう遅い。

 シンは誰にもばれないように口角を上げると、小さくフッと笑った。


「ユキ」


 シンがユキを抱き寄せる。

 少し戸惑いながらも、あたりに誰もいないと思うとユキもまんざらでもない顔でだらしなく笑みを浮かべた。


「なあ、ユキ」

「なんですか?」

「……お前小せぇなあ?」

「シンさんが大きいだけですよ」

「そうか」


 ただのバカップルみたいなやり取りに、ユキが内心で苦笑する。まさかこんなことを自分がするとは……と思いつつ、ここでようやく気づいた。

 なんか変だと。

 なんかシンらしくないと。


「……ん? あれ……ねぇ、シンさん」


 フッと顔を上げると凶悪な笑顔を浮かべるシンがいる。


「あれ」

「小せぇから、投げ飛ばしやすい」

「あれ!? あれれ!? シンさん、なんかっ……なんかその顔おかしいですよ、シンさん!?」


 逃れようともがいたのに、その腕の中からは逃れられない。


「シンさん! シンさん!?」

「本当にお前は馬鹿だなあ。可愛いやつ」


 グイッとユキの胸倉をつかむシン。ユキが自分の彼女にする行動ではないのでは、とか、一体何が馬鹿なんだろう、と思った次の瞬間。ユキは湖の中へと落ちていった。


《ゴボォッ!?》


 気泡が上へとあがっていく。

 その泡を眺めながら、ユキは自分の肉体がいつの間にか龍へと変わっているのに気づいた。今までは自分でなろうと思って龍体になっていたのに……と不思議に思うも、驚きすぎて勝手に変化したのだろうとあまり気にとめなかった。

 そして上の方からシンがくるのが見え、ユキの碇のボルテージは一気に上がっていく。


《何するんですか……!》


 ユキがそう怒鳴ったのを見て、シンは一瞬驚いたように目を見開くと“喋れるんだな”というようなジェスチャーをした。


《え? ああ……そうみたいですね。思念じゃないですか》


 不機嫌そうにそういうユキに、シンが口角を上げる。その顔は「仕方の無いやつ」と言っているようで、ユキはさらに機嫌を悪くした。

 そしてシンを無視して上へと上がる。その後をシンがついてきているのを横目に確認しながら、ユキは水をかく手足でシンを傷つけないよう慎重に泳ぐ。

 ようやく水面へ出たときには、焦ったような表情を浮かべる疾風丸がユキたちの方を見ていた。


《ユキ! 大丈夫ですか!? ああ、なんてこと……!》

《大丈夫だよ! 全然平気!》


 そう言ってからわずかに違和感を覚える。そしてそれはすぐに分かった。

 疾風丸ほどの心配性であれば、ユキが浮いてくるのを待たずに自分で助けに行くはずなのだ。それなのに疾風丸は湖に入ろうとせず、もどかしそうに岸を行ったりきたりしている。

 どうしたんだろうとユキが思っていると、シンが近寄ってきて耳に口を寄せる。


「そうかぁ、お前は知らないんだなぁ。この湖のことを」


 非常に白々しいシンの声。

 それに嫌な予感がして、ユキは動きを止めた。


「ユキ、ここは龍が第二形態に進化する時に入る湖でなあ。若い龍が入ると気を失って沈むのさ。そして二度と上がってこれねぇ。……おや? お前は大丈夫のようだな? ユキ、第二形態への進化おめでとう。見た目が変わったのがわかるか?」


 スッと血の気が引く。

 ユキ自身は自分の体の変化に全く気づいていなかったものの、よくよく見れば、ウロコは黒でありながら反射しているところが虹色っぽくもある。丁度雨上がりの地面にガソリンが落ちたようなマーブルだ。

 それに翼は2枚だったのが6枚になっており、この件に関してはなぜ気づかなかったのだと絶望するほどである。


《――ま》

「あ?」

《またお前か……!!》


 青空の下、楽しげなシンの笑い声があたりに響いた。

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