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眼帯問題 ・ 中

すみません、二話で終わるかと思いきや延びました……

「ほら、このぐらいでバテてんじゃないわよ。情け無いわねぇ~」


 根掘り葉掘り聞かれる、という言葉があるが、今のユキの状況はまさにこのとおりであった。

 そもそもどうして眼帯が必要なのか、と言う点を店主に話すことになり、レディスの壮大な物語と共にユキの羞恥心は限界ギリギリまであおられることとなったのだ。

 そしてそれを黙って聞いていた店主が、ポツリともらした。


「まあ、俺からすりゃあ放っておいてほしいかな」

「え?」


 少しだけ冷たい響きに、シュンと心の奥に冷たい何かが満ちていくユキ。

 一体今何を言われたのだろうと考えながら店主を見ると、何とも言えない表情でユキを見ていた。


「お嬢ちゃんの言いたいこともわかる。だが失った側から言わせりゃ、大きなお世話なんだよ」

「…………」

「いや、こう言っちゃお嬢ちゃんには悪いが、“隠してほしい”という押し付けがましい気持ちは迷惑だ」


 室内はしんと静まり返り、誰も言葉を発しない。

 ただユキの表情は抜け落ちたようになくなっており、悲しみも怒りも浮かべていなかった。

 なぜならそんな感情を表に出すだなんてあつかましいことはできないと思うほど、自分のあの軽率な発言と行動を恥じていたからだ。


「……そう、でした……」


 ようやくポツリと言ったとき、ユキは穴があれば入りたいという言葉の意味を考えていた。

 そしてどうしても謝りたい気持ちでいっぱいになったものの、それはそれで相手を不愉快にさせる可能性があるのではないかと思い、思考が停止してしまう。


「……まったくもう!」


 そんな重い空気を打ち破ったのはレディスであった。


「そんなのユキだってわかってるわよ! いや、わかったわよ! それでも女には色々あるの!! そっちの気持ちは分かったけど、こっちの気持ちだってわかりなさいよね!」


 やや太めの怒鳴り声に、ユキが思わず肩を揺らす。


「でもなあ――」

「でももヘチマもないのよ! そもそもこれは個人的な話なんだから、シン隊長が“放っておいて欲しい”と思っているかなんて分からないじゃない。ユキは別に目が無いことに対して馬鹿にしたわけでも無いし、気持ち悪いと思っているわけでもないんだもの」

「で、でも……私の気持ちを押し付けすぎました……」

「あんたは本当に……」


 レディスは大きなため息をつくと、一つの眼帯をつかみあげて店主へと放り投げた。それはユキが『買うならこれがいいな』と思っていたものだ。

 ユキが長いこと弄り回していたので、気に入ったであろうことは店主にもレディスにもはっきり分かっていたのだ。


「それ包んで」

「え? あの、レディスさん、私は――」

「買うのよ! 買って渡しなさい! いるかどうかは相手が決めるわ。女は度胸。隠してもいいことなんて何一つ無いんだから、何か悩みがあったのならきちんと話し合いなさい。それができる“仲”なんでしょう? アンタたちは」


 フフンッと強気の笑みを浮かべるレディスに、ユキの顔も思わずほころぶ。


「……まったく。お前は相変わらず恋敵の世話ばっかりだな」

「おだまんなさいな」


 レディスが低い声でそう言えば、店主は片眉を上げながら肩をすくめた。

 眼帯は綺麗に包まれていく。やがてそれを包み終わったとき、店主は計算機とともにそれを差し出した。


「ほらよ。これが値段だ」

「高っ」


 計算機を見て即座にレディスが叫ぶ。

 ところで黒豹部隊は非常に高給取りである。レディスも例に漏れず、高級な服や宝石などを良く買うので高級品には慣れている。ユキもそれを良く理解していたので、このレディスの言葉には少し驚いた。


「高くねぇよ。適正価格だ」

「嘘おっしゃいな! こんな布切れ一枚……!」

「テメェの下穿き(パンツ)とどう違ぇんだよ。あんな紐みてーな――」

「お黙りハゲオヤジ!! というか本当に高いわよこれ」


 ユキはサッと財布の中を確認すると、その提示された値段を十分に出せるくらいの金額が入っているのを確認した。

 そして物の物価なんてさっぱりわかっていなかったので、それが高いかどうかは良く考えずお金を差し出す。


「で、でも……別に出せますよ?」


 その一言で、店内が凍った。


「……え?」


 何が起こったのか理解できていないユキは、眉を下げて居心地悪そうに視線を彷徨わせる。

 店主はニコッと笑顔になると『だよなあ~! 巧みの仕事を理解してくれるとはなあ!』と嬉しそうな表情を浮かべていた。


「アンタ……いや、そうだったわね……世間知らずのボンボンだったわね、アンタは」

「や、やめて下さいよその言い方……」

「ボンボン?」


 その言葉に興味を持ったのは店主だ。

 騎士の制服を着たままだったので、ユキが高貴な人間だとは微塵も思わなかったのだ。


「なんでぇ。貴族か? 俺は貴族が嫌いだが、あんたみたいに話のわかる貴族もいるもんだな」

「貴族じゃなくて王族よバカ」


 その一言で、再び店内が凍った。


「お、おお……ああ……」


 店主はスーッとゆっくり動くと、わけの分からない言葉を発しながら礼をとろうか謝罪をしようか迷ったように中腰で妙な動きをする。

 慌てたユキが『あ、そういう感じじゃないので!』とわけのわからない言葉を発すると、店主は困ったような顔で『お、おう……』と言って一歩下がった。


「お、お、おうっ……王子、様?」

「いや、一応、あの……姫ということに……」

「最低ね」


 フンッと鼻で笑うレディス。

 青くなる店主。


「あ、だい、大丈夫です……! 別に打ち首とかそういうのはまったく」

「打ち首……!」

「え!? いや、だからそういうのは無いんです……!」


 青くなって大きく息を吸い込む店主を見ながら、ユキは『なんだか面倒なことになったなあ』と思わずにはいられなかった。




* * * * * *




「あー、疲れた」


 ユキがようやく買い物から帰ってきたのは、外出してから実に四時間は経った頃であった。

 あの後もレディスに『買い物に付き合いなさいよ』と言われて散々街をまわり、時にたかられ、時に奢ってもらい、なかなかに楽しい時間を過ごしたはずなのだ。しかし、あのパワフルさに若干負けてしまい、訓練なんかよりもはるかにヘトヘトであった。


「でも楽しかった……」


 ベッドにうつぶせになってポツリとつぶやく。

 こちらでまさか友達ができるとは思ってもみなかったので、今日の出来事はユキにとって歓迎すべきことであった。


「…………」


 目を閉じて少しだけ休憩しようと考える。

 しかし、そう思った次の瞬間には、ユキは夢の旅路へと旅立ったのであった。




* * * * * *




「ユキがいねぇ」


 シンは今日一日ずっとこのセリフを吐きながら、非常に不機嫌であった。

 周りがなだめてもすかしても『ふんっ』と短く鼻で笑うだけだ。そして時折先ほどのように『ユキがいねぇ』とつぶやいては、周りのものをうんざりさせていた。

 もちろん少しでも『またですか』なんて言おうものなら、すぐさま鉄拳が飛んでくるので誰も口には出さないが。

 そもそも、誰に言うでもなく独り言のように言うので誰も反応できずにいた。


「つーかレディスもいねぇじゃねぇか。あいつらどこ行ったんだよ」

「うるさいよ、シン隊長」


 とうとう我慢ができなくなったキャッツが苛立ち紛れに吐き捨てたのは、みんながたっぷり五十回は『ユキがいねぇ』を聞いたときのことであった。


「レディスならだいぶ前にユキを連れて巡回に行ったって言ったでしょ。あいつが“巡回”に行ったのなら、今日はもう戻ってこないって」

「そんなふざけた理由が通るのか? 働いているんだぞ俺たちは」

「どの口が言うわけ?」


 身に覚えはたっぷりあったが、シンはそれを全てなかったことにして鼻で笑った。


「ただーいまあ~」

「あれ、え……戻ってきたんですか、レディスさん……」


 大きく息を吸い込んで『まさか……そんな馬鹿な……』と引き気味のグラス。

 それに気を悪くしたレディスは、グラスの耳を思いっきり引っ張りながら耳元でささやいた。


「あら、なあにぃ~? 言いたいことがありそうねぇ?」

「あ、いえ……大丈夫です……いたたたた」

「おい、レディス。あいつはどうした」


 シンの低い声を聞いてキョトンとしたあと、レディスはサッと室内を見回して驚いた顔になる。


「あらあら。一緒に帰ってきたんだけど……まだ部屋なのかしら」

「部屋か。部屋だな」


 シンはのっそりと立ち上がって煙草をくわえる。そして火をつけてゆっくり息を吸い込み、紫煙をフッと天井へ向けて吐き出した。


「お迎えが必要たぁ、王族ってのは随分と手間のかかる」


 ニヤリと上がった口角に気づいたグラスは、これから起こる未来を察し、内心でユキに同情した。

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