子龍のお守り
ご要望を頂いた「龍の保母さん」のSSです。
活動報告から移動しました。
「おーい、そこの――えーと、ユキだったか? ちょっと悪いんだけどな、手伝ってほしいんだ」
ユキが休憩時間に龍舎のそばを通っていると、いつも龍の世話をしている兵士に呼び止められた。
何事かとそばまで行くと、兵士は『悪いな、休憩中だろ?』と苦笑している。
「何か出来ることがあれば何でもしますよ」
そう言って笑えば、兵士は安心したような顔になる。
「いや、本当に悪いな……他のに頼もうと思ったんだが、お前は龍に慕われているようだから。特にシン隊長の龍にはな」
そう言われて、ユキはようやくこの男がシンとここを訪れた際に番をしていた兵士だと気付いた。
「それで用件なんだが、実はちょいと野暮用で外に行かないといけないんだ。だけど生まれたばかりの龍達の面倒を見ないとならない。ご飯を作って食べさせて、それから散歩させるだけなんだが、それがまあ大変で……子供たちは自由だし、母親は人間が近づくのを嫌がるし……」
「え……それ私に勤まるでしょうか……」
「あれだけ龍に慕われていたら大丈夫だろ。ああ、ご飯は食いつきが悪いが、口に押し込めば食べるから。じゃ、任せたぞ! ご飯はそこにレシピと材料がある。散歩は柵の中ならどこに行ってもいい」
「そ、それだけですか!? 情報はそれだけ!?」
「アハハハハ。大丈夫、大丈夫」
「あ、待っ――」
兵士は『頑張れよー! 土産買ってくるからな!』とフェードアウトしていった。
それを見送りながら、ユキは大きなため息をつく。
「こんな素人に大事なことを任せるだなんて……あの人、きっと若い人なんだろうな……いつか上官に怒られそう」
ブツブツと文句を言いながらも小屋に手をかける。
この時、ユキの中には『なんだかんだ楽しみ』という気持ちしかなかった。この扉の向こうには、未知の世界が広がっている。
「……お邪魔しまーす」
ゆっくり開ければ、よく乾燥したワラの匂いが鼻をくすぐる。
その匂いだけで薄っすらと微笑が浮かび、扉の隙間から部屋の中へ顔を突っ込んだ瞬間、思わず『わあ』と感嘆の声をあげた。
「凄い……」
そこには十数匹の小さな龍がいる。
あるものは床に転がり、あるものはワラの中に顔だけ突っ込んで寝ている。またあるものは母親に擦り寄って甘え、グルーミングをされていた。
その龍達の視線がいっせいにユキの方へ向く。
「あ……初めまして。今日限定でお世話をすることになりました。よろしくお願いします」
《おかーちゃん、龍の王様? あの人、龍の王様?》
《そうよ。失礼のないようにね。ホラホラ、指をささない》
《ようこそ、我が王。この子らの相手は大変だと思うが、よろしく頼む。大事な子達なんだ》
親が話しかけたのを皮切りに、遠巻きに見ていた子龍達がワラワラとユキのもとへ寄ってくる。
「すみません、私みたいな素人が……」
《なに、王に面倒を見てもらったとなれば、我らの子にも箔がつく》
おかしそうに笑う龍。
キラキラと虹色に光るウロコが、日の光りを浴びて小屋の中を照らした。
《我らが王よ。大変申し訳ないのだが、今日は誰も子龍の面倒を見てやれないのだ》
「え? そうなんですか?」
《古の龍の調子が悪くてな。他のものは訓練に出かけているし、怪我をして動けないものもいる。それらの世話を我らがみることになったのだ》
「そうでしたか……たぶん、大丈夫だと思います。大人しくしているから」
ユキはニッコリ笑ってそう言った。
しかし……
「あー!! だめだめだめ!! なんで何でも口に入れちゃうの!? それ、危ないよ!? お口怪我しちゃうよ!?」
《だいじょーぶだよぉ! ニッケ、お口硬いから! あ、痛っ……! ……ふぇ》
「あ~……だから言ったのに……ほら、見せて? ああ、良かった……血は出ていないみたい」
《本当? でも凄く痛かった》
「そ、そうだろうね……だって栗だし……」
《……えっとね、ユキちゃんが、チュウしてくれたら治るかも……》
「えぇ~? そんなので治るんだったらいくらでもするよぉ~!」
デレデレのユキがチュッチュッチュと何度もあちこちにキスをする。
抱きしめられた龍はくすぐったそうに身をよじりながらも、嬉しそうにはしゃいでいた。
《ミミにも! ミミにもチューして!》
《アギーも! なんでニッケだけなの!?》
《オレも~!!》
「はいはい、押さないで。私、良い子のみんなが見たいなあ」
《バオはね、バオは良い子だよ!》
《ルーも良い子だよ!》
ギャーギャー騒ぐ子龍達に囲まれ、ユキはニヤニヤ笑いながらみんなを撫で回していた。
なんて幸せな時間なんだろう……と暖かな日差しの下で大きく深呼吸をするユキ。しばらく騒いでいた子龍達は思い思いに柵の内側を走り回り、追いかけっこを楽しんでいる。
ずっとこんな時間が続けばいいのにと思ったその時、クイッと自分の服を引っ張る存在に気づいた。下を見れば、モジモジとしている1匹の赤い子龍。
《ユキちゃん、あのね……》
「んー? どうしたの?」
《あの、あの……》
「なあに? 言いにくいことかな? こっそり教えてくれる?」
そう言って耳を寄せれば、赤い子龍は恥ずかしそうに口を寄せながら可愛い一言を呟いた。
《あのね、あの……アタシ、大きくなったらアモンの騎龍になりたいの》
「アモン? 誰?」
《アタシのお世話をしてくれる人間……い、い、いつも、可愛いねって、言って、くれるの》
ちょっと興奮気味に、そして心なしか潤んだ目でユキを見つめてくる。
まさかこれは恋では……と鼻息が荒くなったユキは、ガッシリ赤い子龍の肩を持って力強く頷いた。
「そうか。そしたら、飛ぶのがうんと上手になればなれるかもしれないね!」
《で、でも……アタシ、飛ぶのが下手なの……力も弱いの……だけど、アモンはもう人間の大人だから、そろそろ騎龍を選ぶって言ってたの……》
ユキはうな垂れる赤い子龍を見て胸が締め付けられる思いだった。
この恋(?)は叶わないのか……そう思うだけで、目の前の落ち込んでいる子を抱きしめてあげたかった。
「……じゃあ、今から唾つけちゃおう!」
《唾……? ペってするの?》
「実際にやるわけじゃないよ? みんなに協力してもらって、アモンが龍を選びに来たらそっぽ向いてもらえばいいんだよ」
《……そ、そう、か……!!》
目をキラキラさせ、ユキに尊敬の眼差しを向ける赤い子龍。
「そのかわり、アモンのことを待たせちゃうから、いっぱい食べて、いっぱい練習して、すごーく強くならないと!」
《うん……! うん! アタシ、頑張る!!》
「応援してる!」
《ありがとう! ユキ、ありがとう! なんか、アタシ、お腹すいてきた!》
「じゃあ、ご飯にしよう! いっぱい食べないと!」
ユキは『エイエイオー!』と掛け声をかけながら、赤い子龍と一緒にかけていく。
後日、アモンが全ての龍に騎乗を断られて、激しく落ち込むことになるだなんて夢にも思わず――……
* * * * * *
《えー! これ不味いから嫌!》
《いつもこれー》
「え……どうしよう……」
一応レシピ通りに作った。
確かに、見た目はヘドロだ。でも離乳食であればこんなものかと思っていた。ニオイは悪くない。
「うーん……じゃあ、ゲームしようか。味当てゲーム! これを一口食べて、何が入っているか当てた人が勝ちね」
《ヤダー! 食べたくない!》
「ぐぅ……」
ヤダヤダ、の合唱。
困ったユキがウンウン唸っていうと、先ほどの赤い龍が小さな、しかしハッキリとした声でこう言った。
《じゃ、じゃあ……アタシ、いっぱい食べよ! いっぱい食べて、みんなより早く、強くなっちゃお!》
辺りが静まり返る。
赤い子龍は恥ずかしそうにしながらも、配られたお皿の中身に口をつける。そしてモグモグ口を動かして飲み込み『グバナの実!』と小さく叫んだ。
「せ……正解! グバナの実、当たり!」
《…………》
周りの子がポカンとしながら見つめる中、赤い子龍は照れながら笑う。
そして再び口を動かしながら、《他には何が入ってるんだろ》と真剣な眼差しになる。
《……ボクも食べる》
《私も! 大きくなって、メルミーの騎龍になりたいの!》
《オレも! オレは一番強くなる!》
《一番はオレだな! オレが一番食べるから、オレが一番強い!》
ワーワーと騒ぎながらみんなが食事を始め、時折《パーメの葉?》などと食材の名前があがる。
ユキはそれをニコニコしながら見守り、たまに『正解!』『ざんねーん! 色は黄色で、四角いやつだよ』とヒントを出したりした。
* * * * * *
「お、さすが龍に慕われるだけあるな」
後ろからかけられた声に顔を上げれば、そこには役目を押し付けて“野暮用”とやらを片付けてきた兵士が立っていた。
手には小さな袋がある。
「ほら、お土産。悪かったな、任せちゃって。問題はなかったか?」
「ええ、ありませんでしたよ。ご飯もちゃんとみんな食べましたし、外でいっぱい遊んで、喧嘩もせずに今はお昼寝中です」
「そうか! 良かった。お陰でこちらも用事が片付けられたよ」
「ほー、どこに行っていたんだ」
第三者の声に時が止まる。
2人がゆっくり振り向けば、扉のところにはこの龍舎を管理している年配の兵士が立っていた。
「どうもお前の姿が見えないと思ったぞ。まあ、その少年が上手くやっていたので口は出さなかったが。お前より龍の扱いが上手いんじゃないか?」
「た、たい、ちょう……」
ゴクリと生唾を飲み込む兵士。ユキも怒られるのではないかと思い、後ずさる。
「仕事、代わるか?」
年配の兵士がそう言えば、横から『いや、それはちょっと……あそこは無理です……』と弱気な声が聞こえてきた。
青筋が立った年配の兵士は、大声を上げようとして子龍達が寝ているのを思い出し、静かに兵士のところへやってくると、耳を思い切りひねり上げた。
「いぃっ……!?」
「声を出すな馬鹿者。お前は今から説教だ――……おい」
「は、はい」
ビクビクしながらユキが年配の兵士を見上げれば、困ったような顔で笑いながら頭を撫でられる。
「悪かったな。こっそり見ていて。俺もお前にちょっと興味があったんだ。今日は良くやってくれた」
「……ありがとう、ございます」
ちょっとだけ顔に熱が集まる。
兵士が引っ張られていくのを見ながら、ユキは小さく微笑んだ。