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そして日は昇る。

「シンさん。今日も良い天気ですよ。シンさんが最近無茶なことをしないから、騎士の人達は平和に過ごしているみたいです。やっぱり、ああいう悪いことするの、良くないですって。私の国では“恐怖政治”っていう言葉がありまして……あれ、これはちょっと意味が違うのかな。だってシンさんは別に騎士をまとめているわけじゃないですしね」


 シンの眠るベッドの横で、今日もユキがシンに話しかける。


「ユキ、そろそろ休憩終わるよ」

「あ、はい」


 ユキを呼びにきたグラスは、部屋を出ようとして横腹を押さえた。


「いてて……」

「大丈夫ですか? まだ、傷治っていないんですよね」

「うん。でもあまり寝てばっかりだと、俺の騎龍が気に病むから」


 そう言って苦笑するグラスを見て、ユキはグラスの騎龍を思い出していた。

 自分のしたことを激しく後悔した龍は、いっさい餌を食べなくなってしまったのだ。グラスの意識が戻ってそのそばに行ったときも、ワラの中に顔を突っ込んで出てこなかった。


「ああ……最近ようやくご飯が食べられるようになったんでしたっけ?」

「そうそう。今日、一緒に散歩に行く約束をしたから、気分転換になるといいんだけど」


 それを聞いて、ユキは少し考えるそぶりを見せた。それからすぐに笑顔になる。


「それ、私も行っていいですか?」


 キョトンとした顔になるグラス。

 しかし、すぐに頷くと悪戯っ子のような表情を浮かべた。


「今から行っちゃおうか?」

「今から?」

「どうせみんなサボってるし、俺らは黒豹部隊だから仕事をしなくても大丈夫だよ」

「うわ、グラスさんどっぷり黒豹部隊に浸かってる……」


 そう言いながらもユキの顔は悪い顔になっており、グラスはユキが提案に乗ったのを悟った。

 2人で他愛もない話をしながら龍舎に行くと、グラスの知らせを受けていた騎士がグラスの龍に鞍を乗せているところだった。

 いまだグラスに遠慮している龍を見て、グラスは苦笑する。


「行こうか」

《……はい》


 優しい声をかけると、龍は小さく鳴いた。




* * * * * *




「わー! 凄い! グラスさんの騎龍って早いんですね!」

「そうだろう? ユキの早さには負けるけどね」


 グラスの前に座って大空を舞う。

 後ろへと流れていく景色を見ながら、ユキは大きく深呼吸した。


「……私も飛ぼうかな」

「え?」


 立ち上がり、助走をつけて騎龍の背から飛び降りる。

 グラスが慌てて手を伸ばすも、その手は空を切り、ユキは下へと落ちていった。そしてすぐ、大空へ黒龍が現れる。


「ユキ、びっくりさせないでくれ……!」

《ごめんなさい》


 楽しそうに笑うユキを見て、グラスは安堵のため息をつく。

 クルクルと回転しながら気持ち良さそうに飛ぶユキは、ここ最近見ないぐらいに晴れやかだった。


「…………」


 そう。

 ユキも酷く心を傷つけ、疲労した者の1人であった。

 毎日起きないシンの元に通い、声をかける。はじめはご飯も食べられず、痩せていく一方であった。

 それを心配したアルージャが倒れ、そこでようやくユキの目に生気が戻った。それからは見違えるように元気になっていき、ご飯も食べ、よく笑い、よく働いている。


「ユキ……」


 しかし、グラスにはそれが空元気だとわかっていた。

 恐らくは全員がわかっていたはずだ。しかし、何も食べずに弱って死ぬよりはいいと思った。だから、誰も何も言えずにいたのだ。いずれ潰れてしまうかもしれないと知りつつも、何も手を打つことが出来なかった。

 ユキの心を唯一癒せるのが、シンしかいないと知っていたから。


「ユキ、そろそろ戻ろう」

《はい》


 数10分ほど空を楽しみ、龍舎へ戻る。

 その前にユキの龍体を人型に戻さねばと思い、ユキとグラスは山道へと降りた。


《すみません、いちいち面倒で……》

「いや、気にしないで」

《すぐ戻りますから》


 そう言って龍体を解いていく。

 頭が人に戻り、顔から首に肌色が広がっていく。

 向かい合って立つユキを見ながら、グラスが『あれ、これ不味いんじゃ……』と思ったそのときであった。


「おい、テメェはいつになったら“他人の前で龍体から人に戻らない”と学ぶんだ」


 低い声がした。

 破れていない、血で汚れてもいない、温かなマントで包み込まれる。


「次に同じことをやったら、拳骨どころじゃすまさねぇからな」


 完全に人へと戻り、ただ呆然と立ち尽くすユキの目が徐々に見開かれていく。その視線の先にはグラスしかないが、ユキにはもうグラスは見えていなかった。

 ユキの目の前にいるグラスの目は、ユキの後ろへと向いている。そして、ユキがゆっくりと後ろを向く。見上げた先には、ニヤリと口角を上げるシンが立っていた。

 片方の目は包帯で覆われている。その目は2度と光を映すことがない。しかし、残った目はキラキラと輝き、ユキだけを映していた。


「あとグラス。テメェは事情を知っているんだから、後ろを向くなり何なりしろ。目ぇ潰すぞ」

「……シ、シン……隊長……?」


 グラスの視界がぼんやりかすむ。

 瞬きをして視界がクリアになり、グラスは自分が泣いているのだと知った。


「やめろ。男に泣かれたって微塵も嬉しくねぇよ」


 苦い顔をするシン。

 しかし、突然現れたシンを信じられない思いで見つめていたグラスは、心底嫌そうな声を聞き、ようやくシンが目の前にいるのだと実感した。


「シン……隊長っ……! な、なんで……!? なんっ――なんでっ……ですかぁ……! 良かっ……た……!!」


 グラスが嗚咽を漏らす。


「龍たちの情け……だな。あいつら、自分の命を俺にわけやがったみてぇだな」

「そんなことができるんですか……!?」


 結局のところ、龍たちはユキもシンも深く愛していたのだ。

 この2人の関係性も、個人としても。

 だから、龍たちは本来再び目を開けることのないシンに、自らの命を差し出して目覚めさせた。


「……それで、ユキ。お前はなんか労いの言葉はねぇのかよ」


 口を開けたまま立ち尽くすユキが、ピクリと動く。

 そしてジワリとその目に涙が浮かび、わなわなと震える唇でポツリと呟いた。


「……結婚、して下さい」


 数秒後、ユキとグラスは初めてシンの大爆笑を聞いた。

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