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騎士の帰還。

「ん……」


 ユキが目を開けると、目にうつったのは晴れ渡った青空であった。

 現状が理解できず、辺りを見回す。


「おい! ユキが起きたぞ!」


 ヤクーの声だということはわかった。しかしそれ以外は何もわからず、なぜ自分が動けないかすらわかっていなかった。


「ユキ、調子は?」


 顔を覗き込んできたのはレディス。


「大丈夫、です……」

「そ。まだ駄目そうね。まあ、意識が戻っただけでもいいわ」

「あの……他の人は……?」


 ユキの問いかけに、レディスの顔が歪む。


「まーったく大変よ! アタシは魔力切れでお肌荒れてるし、ヤクーの馬鹿はいつのまにか痛み止め使って戦ってたもんだから、体中の骨がボッキボキでしょう? グラスはまあ、なんとか生きているんだけど、お腹グッチャグチャだから使い物にならないし。唯一まともなのはキャッツだけね」

「僕はお前らと違って無茶しないから。自分の限界をわきまえて戦えば、被害は最小限に抑えられるんだよ」

「これよ。1人だけ手を抜いていたってわけ」

「違うしっ!」


 生きている。

 それだけで、ユキは良かった。


「終わったんですか……」

「……ええ。頑張ったわね」

「……そう、ですか……終わったんですか……龍たちは?」

「みんな元気よ。疲れ果てているけど、誰も飛べないヤツはいないわ。まあ、ショックを受けてグッタリはしているみたいだけど」

「そうですか……」


 大きく安堵のため息をついた。


「シンさんは?」


 その問いに、静寂が広がる。


「…………」


 ユキは大きく息を吐いた。


「……私は……助けられなかった……?」


 レディスは視線をそらす。


「アンタ、細切れになって死んだのよ。そしたらシンが、何か魔法を使ってアンタを生き返らせた。あんなの……見たことないわよ」

《龍が命を分けるのと同じです》


 今まで黙っていたユキの騎龍が声をあげる。


《龍の祝福を破棄すると、あらゆる恩恵がなくなる。その中の一つに、命を分けるというものも含まれます。しかし、龍はあの男に情けをかけた。たった一度……たった一度だけ、自分の命をわけられるようにした》

「まさ……か……シンさんは……私に命を……?」


 その呟きに、全員が事情を察する。

 言葉がわからないなりに、なにか龍の力を使ったのだと悟った。


「じゃあ……命を分けたシンさんは……まさか……まさか……」

《いいえ、生きています》


 ドッと汗が噴出す。

 手が震え、涙があふれ、崩れ落ちる。


「生きている……シンさんが……生きている……良かった……!」

「確かに生きてはいるけど、いつ起きるかわからないよ」


 キャッツの感情のない声。

 それを聞いて、ユキの血の気が引いた。

 そして辺りを見回し、ようやくシンの騎龍であるシェリーがいることに気づいた。その背にはシンが横たえられているが、ピクリとも動かない。そしてシェリーは濁った目でただ前を見据えていた。


「……シン、さん……?」

「聞いたことがあるんだ。龍は自分じゃない誰かに命を分けるとき、何個分もの命を消費するって。シン隊長がどうやって命をわける術を得たのか知らないけど、きっと龍ほど命はわけられないはず。そんなヤツがそんなことしたらどうなると思う?」


 いつか狭間の番人に言われた言葉が蘇る。


『その分、自分の寿命も縮むから、命を犠牲にする時は気をつけなさい』


 あれは単純に、あげたぶんの命が減るのだとユキは思っていた。

 しかし、実際はそうではなかったのだ。あげた分ではなく、何個分もの命が消費される。

 そしてその命が足りない者が、他人に無理やり命を分けた結果どうなるのか――……それは、誰も知らなかった。


「シンさん……」


 ユキの目の前が真っ暗になる。


「……シン、さん」


 重い空気の中、誰も一言も発さずに空を舞う。

 時折吹く風が、まるで龍の泣き声のように聞こえた。




* * * * * *




「戻ったか……! 怪我は――……」


 アルージャの元には、ただ一言、『勝チヲ得、帰還スル』とだけ伝令鳥が伝えた。

 被害状況が一切なかったため、やきもきしながら待っていた。そして城の門番から帰還の知らせが入り、執務を放り出したいのを我慢して部屋にとどまっていたのだ。だから、黒豹部隊の来訪をつげる騎士の声に椅子から跳ね上がってドアへ向かった。


「……キャッツ。他の者はどうした」


 報告とは一番位の高いものがするものだ。黒豹部隊で言えばシンが該当する。

 しかし、シンからきたのは救援要請であったので、恐らくすぐに医務室へ運ばれたのだろうと思った。では次に位が高い者は誰か。それは指揮官を任されたグラスであった。

 ところが、ここにきたのはキャッツのみ。


「報告」


 ただ一言、ハッキリとした声が部屋に響く。


「ヌーラを討伐することに成功致しました」

「他の者は」

「龍の被害はありません。魔力を使い疲労していますが、はぐれたシン隊長の騎龍とも合流できました」

「他の者はどうしたのだ」


 珍しく、キャッツの顔が歪む。

 それを見て、アルージャは嫌な予感がした。


「人的被害の報告を致します」

「…………」

「グラスが腹部裂傷。ヤクーは複数個所の骨折。レディスは魔力切れによる疲労のみです」


 以上。

 そう言いたげな顔。

 続きを(うなが)せば、キャッツは絞り出すような声で続ける。


「ユキは一度死にました」


 アルージャの顔が歪む。


「細切れになり、再生不可能な状態。それにシン隊長が命をわけ、肉体再生を――」

「なぜシンが命を分けることができる……?」

「……恐らくは……龍の力かと。詳しいことはわかりませんが、龍人一族の力が少し残っているようです。生きてはいます。ユキも目は覚めていて、今は医務室に。命に別状はありません」


 アルージャは絶望した。

 今の報告だけで、シンが二度と目覚めることはないと知ったからだ。

 アルージャは知っていた。昔、龍人一族の長と話したことがあり、その時に少し教えてもらったのだ。命の容量を超えて誰かに命を分けた場合、その者は永遠の長い眠りにつくと。やがてそれは体力を消耗し、死ぬ。


「……そう、か……」


 大量の命を奪ってきた(シン)は、たった1人の女の命を救うために自らの命を使った。

 そう知った時、アルージャは言いようのない悲しみに襲われた。


「そう……か……」


 大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。


「……ご苦労だった。下がれ」


 キャッツは深く一礼をすると、部屋を後にした。

 静寂がおちる部屋で、アルージャは椅子に倒れこむようにして座り、両手で顔をおおった。


「龍人一族の長よ……なぜ貴方は……なぜ、貴方はこの国に来てしまったのだ……!」


 うなるようなアルージャの声は震えていた。


「なぜ……我が国は龍を人質に取るような真似をしてっ……龍人一族を呼び寄せてしまったのだ……!!」


 アルージャの肩は、その後しばらく震えていた。

 この国の大きな過ちが多くの者を変えてしまったことを、アルージャは今もたった一人で後悔し続けている。


「私は……結局誰も助けることができないのか……」


 小さな呟きは、静まり返った部屋にとけて消えた。

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