残酷な約束。
「ユキ!!」
シンの声が響く。
しかし、すでにユキには聞こえていなかった。
《うぁぁああぁああやめてぇぇぇぇええええ!!》
体の中でうごめく何かが、ユキを蝕む。
どんどん自分の中身が作りかえられていくのを感じ、ユキは霞む意識の中でユキの騎龍を探した。
《殺して! 早ぐ!! 早ク殺しテ!!》
その叫び声を聞いて、ビクリと体をふるわせたユキの騎龍が、渾身の力で立ち上がり口から泡を噴きながら拘束を解こうともがく。
ユキの口に魔力が集中し、今にも放たれそうになるブレス。その口は、仲間達へとむいていた。大量の魔力を溜め込んだ黒龍の全力ブレスが、今、放たれようとしていた。
《早く殺してぇぇぇぇぇぇぇ!!》
拘束から逃れた龍が、ユキに迫る。
「やめろぉぉぉぉぉおぉぉおおお!!」
喉から血が出るほどのシンの叫び声。
辺りに静寂が訪れる。
《我が王……! 我が主よ……!!》
龍は、ユキとの約束を果たした。
その喉笛に噛み付き、涙を流しながら、震えながら、鼻息荒く立ち尽くしている。
次の瞬間、破裂音とともにユキは細かくなって散っていた。逆流したブレスが、その体をヌーラとともに消し去ったのだった。
《我が、主……! 貴女はなんと酷なことを私にさせたのですか……!!》
ユキだったモノが地面に横たえられる。
ピクリとも動かないその体を見て、ユキの騎龍は咆哮をあげた。
誰も動けなかった。
「何これ……これって……命を分けてどうにかできるレベルなわけ?」
ポツリと呟いたキャッツの声。
誰しもがそう思っていた。そして誰しもが、それはできないのだと思った。そうとしか思えないほど、ユキは細かくなってしまったのだから。
その脇を、無言のシンが通り抜けていく。そしてフラフラしながら、落ちているものを拾い集めていく。
「…………」
その光景を、誰しもが黙って見つめていた。
「俺はまた、お前を死なせてしまった……俺はあと何回、お前が死ぬのを見ればいいんだ?」
ブツブツとつぶやくシンに、誰も声をかけられない。狂気をまとったシンに、誰も近づけない。
「ユキ、もう少しだ」
集め終わったシンが、困ったような顔で笑う。
「お前、寂しがりやだからな。困ったな。俺がいなくなったら、誰にお前を任せりゃいいんだ? お前より先に死ぬなってか。ったく。ワガママなお姫様だ。でもな、俺より先に死ぬなんて、絶対に許さねぇぞ」
差し出されたシンの両手。
そこに魔力が集結する。それは掻き消えそうなほど頼りなく、しかしその光は力強く辺りを照らす。
「今、元に戻してやるからな」
あたり一面、柔らかで真っ白な光に包まれた。