肉を切らせて骨を断つ。
「魔方陣展開」
ブォンと音がして、黒い稲妻が辺りに走る。
バチバチと赤い光を放ちながら、大きな魔方陣が展開されていった。
「まだヌーラの呪は俺とユキの中にある。それを使ってやつをここに引っ張り出せ。来たらすぐに叩くぞ」
シンの言葉に、全員の短い了解の声。
「さあ、出てきなさいな」
レディスの声とともに、先ほど見た液体が魔方陣からドロドロと流れ落ちてきた。シンがそれをにらみつけるようにしてポツリと言う。
「本体は最後に出てくるはずだ。逃すなよ」
緊張が走る。
そしてしばらくすると魔方陣から1本の手が出てきた。
「ユキ。あれが全て出終わったら龍体になって待機し、他の龍とあれが飛ぶのを阻止しろ」
「はい」
やがてそれはズルリズルリと引っ張られ、大きな音を立てながら地面に落ちた。
凶悪な見た目。凶悪な臭い。
肉の塊のようなそれからは、たくさんの手足が生えていた。その中には遊女がつけているような簪や帯が混ざっている。
ユキはすぐさま龍体に変化すると、レディスのそばに控えた。
「……やはり、人を食ったか」
シンが忌々しげな声をあげる。
この手足は、龍人一族の生き残りや誘拐した遊女であった。シンの一言でそれを悟ったユキは、顔をゆがめて大きく息を吐いた。
魔方陣から完全にヌーラが滑り落ちた瞬間、シンの短い指令が飛ぶ。
「レディス」
目にもとまらぬ速さで別の魔方陣が展開され、それはあっという間にドームの形を取るとヌーラをその中に押し込めた。暴れるヌーラが魔方陣を壊そうとする。しかし、堅固なそれはピクリともしなかった。
「そこから出られないのはヌーラだけよ!」
「へえ? なら叩き放題ってわけか」
ヤクーは魔法空間から巨大な大刀を取り出すとそれをヌーラめがけて思いっきり振り下ろす。
肉の切れる感触とともに、いくつかの部品が飛び散る。しかしそれはすぐにヌーラの元へ戻っていくと、また1つの塊となった。
「ほう? 随分と便利じゃねーか」
楽しそうにヤクーが笑う。
そこへグラスの声が響いた。
「敵の頭頂部が割れました! 魔力が集結しています!!」
「おうおう。魔法を使うのか?」
「あーら。使ってもいいけど、あんただけじゃなくて魔法も閉じ込めるわよ。ミンチになりたくなかったら、おやめなさいな」
レディスがそういった瞬間、ユキの足に力が入らなくなる。
思わずよろければ、レディスがユキの肩を支えながら鼻で笑った。
「少し魔力を吸い取ったくらいでへたってんじゃないわよ。大きいの展開するから、もう少し我慢なさい」
《は、はい》
言葉通りどんどん魔力が抜けていくのがわかる。そしてそれと同時に、ヌーラを取り巻く魔方陣の厚みが増した。
グラスの声が響く。
「……来ます!」
世界から一瞬音が消え、次の瞬間強烈な閃光と爆音が広がる。
ようやくユキに視聴覚が戻った時には、グズグズに溶けたヌーラが魔方陣の中いっぱいに広がっていた。
《……倒したんですか?》
「まさか」
ヌーラはすぐに元の形を取るべく動き出す。
モゾモゾと動き、肉が集結し、塊となっていく。果たしてこれは倒せるのだろうか……そんな思いが、ユキの中を満たしていった。
「弱気になるなよ。弱気になった瞬間、お前の負けが確定する」
《……!》
間近で聞こえた声にユキが振り向けば、尋常じゃない量の汗を垂らすシンがすぐそばにいた。
それはどうみても限界で、なぜこの場に立っていられるのか理解できないほど満身創痍であった。
グラリとシンの体が揺れる。
《シンさん……!!》
支えたシンの体は、驚くほど冷たかった。
《シンさん……シンさん……!》
「騒ぐな。士気が下がる」
小さくそう漏らしながら、シンは再び自らの力で立ち上がる。
前を見れば、すでに他の者たちは戦闘体制に入っていた。時折ヤクーとキャッツが攻撃をしかけるが、その全てが弾かれてしまっている。
「さっきアレにブレスが効いたな」
《え?》
「おい、ユキ。龍たちに全力でブレスを撃たせろ。恐らく、それで肉片を蒸発させるくらいはできるはずだ」
《わ、わかりました》
慌てて駆けていくユキを見て、シンはユキの首から腰にかけてのウロコが呪いによって変色しているのに気づいた。
「チッ……あいつももうすぐか……急がねぇとな」
ユキの呼びかけで龍達が集められ、ヌーラを取り囲む。
そしてその口に濃厚な魔力が終結していくのを見て、シンは武者震いした。
「……あの強力なブレスを味わえるんだから、ヌーラがうらやましくて仕方がねぇ」
ポタリと地面に汗が落ちた瞬間、龍達の全力ブレスがヌーラに向かって放たれた。
「……グッ」
爆風にあおられ、その場にいた全員が倒れこむ。
先ほどとは桁違いの閃光と熱量。
「……クソったれ」
ようやくそれが落ちついて目を開けると、魔方陣の中にあったヌーラは綺麗に蒸発していた。
「……や、やった……」
グラスの声が響く。
「やった……! これで――」
ドサリと、ヤクーの騎龍が倒れた。
「え」
次々と龍が倒れていく。
そして最後に残ったのは、龍体のユキ。
《な、なに……一体何が――ぐっ……!?》
ユキの視界が二重になる。
激しい眩暈に倒れこめば、こちらに駆けてくるグラスが見えた。しかし、視界がグルグルと回り、自分が今どこにいるのかもわからなくなっている。
一体何が起こったのか。
「憑依だ! グラス、離れろ!!」
張り上げたシンの声もむなしく、グラスは自身の騎龍に腹を噛み切られた。
「……なんっ……」
ぐらりと体がゆれ、グラスが地面に倒れる。それと同時に、龍から黒い何かが飛び出していった。ピクリとも動かないグラスを見て、正気を取り戻した龍は怒りと悲しみの咆哮をあげた。
黒い何かは、動けなくなった次の獲物へと飛び掛る。ヤクーの騎龍に入り込もうとしたその瞬間、それをヤクーの大刀が防ぐ。
「テメェ! 俺の龍に手を出すんじゃねぇ!!」
魔力を帯びた大刀が黒い何かを叩き切る。
しかし、四散したそれはユキへと飛び掛って入り込んでいった。
《あぁあぁぁあああぁぁああああああぁぁぁッ!!》
辺りに、ユキの悲鳴が響き渡った。