一族の誇り。
「状況を報告しろ」
「はっ!」
ユキの状況が落ち着いたのを見計らい、シンがグラスに問う。
「今のところヌーラに関する情報はありません。しかし、疑わしい情報が行商人から」
「言え」
「ムーンの村に魔物が現れ始めたようです」
「ムーン? あそこには寄ってねぇな。ヌーラはそっちには行ってないはずだ」
「何でわかるのさ」
キャッツの問いに、シンは平然と答える。
「俺は記憶を拾える。じゃなかったら、この任務が俺に来るわけねぇだろうが。ヌーラはいまや完全に魔物と化している。馬鹿みてぇにいる魔物の中からヌーラを見つけるには、記憶をたどるしかないんだよ」
「それはシン隊長が龍人の一族であることと関係があるわけ?」
キャッツがそう言うのを聞いて、シンはクッと口角を上げながら『なんだ、知っているのか』とつぶやいた。
「ご名答。俺が龍人一族最後の生き残りで、一族殺しの犯人だ。ま、この村を襲って本当に俺を龍人一族最後の生き残りにしちまったのは、俺じゃなくてヌーラだがな」
「……そんな、言い方……しないで下さい」
涙声のユキを見て、シンは平然と答える。
「嘘は言ってねぇ」
「理由があったはずです! 国が……! 国があんなことを――」
「なんだ、どこまで知ってんだお前らは」
呆れたような声のシンに、ユキは自分が失言をしたことに気づいた。
自分の知らぬ間に過去を知られるのは気持ちのいいものではない。しかし、シンはすぐに納得したような顔をした。
「ああ、そういやお前は過去が観られるんだったな。その指輪はアルージャのだろう?」
「え?」
「俺はお前の前で一度も龍人一族のことを考えたことがない。俺が任務に出てその情報を得たということは、唯一過去を知っているアルージャが情報源であることは間違いないはずだ。しかし、あいつはそれを話したがらない。ではどこからその情報を得るか……」
そう言って指輪に手をはわせる。
「あ……」
「なんだ気づいてなかったのか」
フンっと鼻で笑うと、シンはゆっくり地面に座った。その時に顔を歪めたのを見て、ユキは慌ててシンを支える。
「あの、私、もしかしたら治療できるかもしれなくて……」
「いや、たいしたことねぇさ。体力は温存しておけ」
「駄目です! 何のために私が――」
「力は無限にあるわけじゃねぇ。大事に取っておけって言ってんだよ」
「ねぇ」
黙っていたキャッツの声が響く。
「シン隊長さ。お前、その目、見えてんの?」
その一言に、一瞬空気が固まった。
「それだよ。その右目」
全員の視線がシンの濁った右目に集中した。
シンは舌打ちをするが、答えない。しかし、その舌打ちが物語っていた。
「そんな……シンさん……どうして……?」
「それ、呪でしょ? いつ呪を受けるだなんてヘマしたのさ。視力がなくなるとか、死にかけてんじゃん。そのうち、脳みそ溶かされるんじゃないの」
キャッツの台詞に、シンは大きくため息をついた。
「……ユキ」
「……はい」
「お前の呪はどうなった」
「私のことよりシンさんの――」
「良いから答えろ」
鋭い声に、ユキが押し黙る。
「……体調不良はありません。でも、シンさんの残り寿命が……首に出るようになって……」
「あと何日だ」
「…………」
「ユキ」
「……半日、です」
かすれる声に、シンの舌打ち。
「全然足りやしねぇ」
大きなため息をついたシンは、再度舌打ちをして少しだけ姿勢を正した。
「これより指揮をグラスから俺に戻す」
「はっ」
「グラス、今まで良くやった」
「あ、ありがとう、ございます……!」
一瞬やわらかい笑みを浮かべたシンを見て、グラスは小さく息を飲み込んだ。
「いいか、強行作戦だ。俺にはもう時間がねぇ。俺が生きている間にヌーラを引きずり出して潰す。ヤクー、キャッツ」
ユキが見たこともないくらい機敏に、そして美しくヤクーとキャッツが敬礼する。
「お前らは俺の援護。レディス、お前は召喚魔法の陣を準備」
「了解」
「グラス。お前は俺がいなくなった後の指揮を再び任せる。俺が使えなくなるまでは、全体を見て援護してくれ」
「……はっ」
「ちょっと待って下さい」
ユキの声が響いた。
「ユキ、お前は召喚魔法の媒介になれ。レディスの方が能力が高いからな」
「ちょっと待って下さいって、言ってるじゃないですか!!」
ユキが怒鳴りつけると、シンは顔をしかめた。
「どうして貴方がいなくなる前提で話が進むんですか!! どうして、一緒に帰る前提の話をしないんですか!! どうしてみんな、平然としたフリをするんですか!!」
シンはジッとユキを見つめ、そして視線をそらした。
「……レディス。ユキの呪はヌーラを倒した後に解除呪文で解けるはずだ」
「シンさん!!」
「おい、ユキ」
シンの低い声が響く。それには怒りがにじんでおり、ユキは小さく肩を揺らした。
「いいか。俺はもう死ぬ。これは変わることがねぇ。お前の呪と違って、俺の呪は複雑なんだ。俺の体質がそうさせている」
「どういう意味ですか……」
「俺は龍になる恩恵を自ら捨てた身だ。つまり、すでに龍から呪を受けている。全ての呪に対する耐性が0になり、全ての呪の効果が2倍になる呪を」
「なんで……」
涙声のユキ。
それを見ながら、シンは薄っすら笑った。
「龍の恩恵を拒むとはそういうことだ。俺は……本来、龍に近づく価値すらねぇのさ。あいつらを騙し、辛い目にあわせた」
《そんなことはありません。ユキ、その男は、我々一族を助けたのです》
搾り出すようなユキの騎龍の声に、ユキは振り向く。
ユキの騎龍は目にいっぱい涙をためていた。
《国は我ら龍族を利用しようとしていた。永遠の友である龍人一族を利用して。しかし、2つの部族が一緒になり、その力が強大なものになると知った国は、我らを恐れて引き離そうとしたのです。そして永遠に一緒になれないよう、利用価値の低い方を消そうとした……つまり、龍人一族をです》
「酷い……」
シンは、ユキと龍が会話をするのを黙ってながめている。
今にも倒れそうなユキを見ながら、シンはゆっくり目を閉じた。
《彼らは脳を溶かして暴走させる劇薬を使った。本当は蛇一族の即死毒を使おうとしたようですが、それができなかった。だから、脳を壊して龍人一族に反乱を起こさせたのです。よくよく考えるとその方が都合が良かったですし、他の国への言い訳もたつ。しかし、シンにはそれが効かなかった》
「どうして……?」
《彼が、始祖龍に最も愛された人間の血を、濃厚に受け継いでいたからです。龍の力がシンを護った……》
ユキの騎龍は頭をたれ、その目から大粒の涙を零した。
他の龍も頭を垂れている。
《そして……我らが愛する友人たちは、一つの決断をした》
「…………」
《自らが我々を殺す前に、唯一動けるシンを使い自分達を殺させたのです》
ユキの息をのむ音が響いた。
《ああ、その液体から忌々しい臭いがする……我らが友人を苦しめた、あの男の臭いが……!》
ユキの中で全てがつながっていた。シンに殺せと命じたのは、シンの父親。そしてあの後、恐らくは母も、友人も、全てを殺したのだろうと。そして恐らくは、ヌーラがこれに深く関わっているのだと。
《一人生き残ったシンは国に拘束されました。その時、彼は己の力が二度と悪用されないよう、自らに呪がかかるのも恐れず龍人一族の祝福を破棄したいと願いました。そして龍たちは、断腸の思いでそれを飲んだ……若い私が知っているのはこのくらいですが、私よりも上の龍は、今でも命を救ってくれたシンを誇りに思い、慕っています。その思いは若い世代に受け継がれ、シンは我々の恩人として語られている》
「…………」
何も言えなかった。
ユキには、何も言えなかった。
「ま、龍達の間じゃ大層な話になっているようだが。俺は親や友人を殺したくらいでなんもしちゃいねぇよ」
《我らの言葉がわかるのですか……!?》
「まて、早口で話すな。ノイズが酷くて何を言っているかわからねぇ。祝福を棄てたんだ。ほとんど聞こえやしねぇよ。それでも目を閉じれば、なんて言いたいかくらいはわかる。記憶が拾えるのもそのせいだろうな。俺はまだ、少しばかり龍から哀れみを貰っているようだ」
姿勢を正していたシンは、顔をゆがめると瓦礫にもたれかかった。
本当は座っているだけでも全身に痛みが走るのだが、目の前の泣きじゃくった顔をしたユキを見ると、そんなことは口が裂けても言えなかった。
「ユキ。騎士である以上、現実的なものの見方をしろ。死ぬときは死ぬ。では、死ぬまでに何ができるか。何が最善か。それを考えて行動するんだ」
「…………」
「納得できなくてもいい。でもやれ。それが、大勢を救う第一歩になる」
「……大勢なんか助けなくて良いんです。私は、貴方を――」
「駄目だユキ。一度騎士になったのなら、そこから先の言葉は口にするな」
厳しい目でにらむシンを見て、ユキは顔を歪め、うつむいた。ユキはシンのことを自分勝手だと思った。今まであんなに自由にやっていて、いきなり騎士みたいなことを言って、なんて自分勝手な男なんだろうと思った。しかし、正論過ぎて何も言えない。
「いいか。これからの戦いで失うものは多いだろう。だが今目標としているヌーラの討伐は絶対と心得ろ。あれは……龍族と龍人一族を引き離すきっかけになった男だ」
この言葉を聞いて、龍の言葉が分からなかったもの達の間に動揺が走った。そしてユキは、やはりと思う。
「どういうことさ……年齢が合わない。あいつは人間でしょ。そんなに長く生きていられるはずがない」
そう問うキャッツの声は困惑の色が濃い。
「あれはかなり前から魔物に命を売っていたということだ」
「下郎が……シン隊長の予測は適当じゃなかったのかよ……」
吐き捨てるようなヤクーの呟きと、レディスの舌打ち。
「俺はあの男の姿をガキの頃から見ていた。騎士に属する者だった。永遠の命を欲するあまり、魔物に飲み込まれたんだろうな」
あざ笑うかのようなシンの声。
しかし、それに非難する者は1人もいなかった。