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龍人一族の村。

「裏家業をやっていたことのある者なら皆知ってる。龍人一族は龍とのつながりが濃くて、とても魅力的な人間だったんだ」

「それって、戦に使うために、ってことでしょ?」

「当たり前じゃん」


 キャッツの話を聞きながら、一向は二股の分かれ道に降り立った。


「ユキ、記憶は観える?」

「やってみます」


 ユキが意識を集中させる。

 その間にも、キャッツの話は続いた。


「王都に龍人一族が来た時は、それはもう凄い騒ぎだったらしいね。僕は直接見ていないけど、周りの国は手のひらを返したようにデヴォル国へ媚を売ってきたみたいだよ」

「そりゃあ、龍と仲がいいってことは、龍の力を借りられるってことでしょう? 龍の力をごっそり手に入れたようなものですもの。周りからしたら脅威よね」

「龍人一族は決して表舞台にはでないと文献にありましたけど、いったいどうやって王は……」

「さあね」


 それ以降キャッツは何も言わない。

 目を閉じてジッとしているユキを、みんなが見つめていた。時折まぶたの下で眼球が動き回り、眉をしかめたりしている。

 やがてユキが目を開けた。


「……駄目です。なんかノイズが酷くて……何かが観えるんですけど、邪魔をされているような……」

「ヌーラかしら。面倒な奴ねぇ。まあ、いいわ。この先にシンの故郷があるんだっていうなら、見に行きましょうよ。何か分かるかもしれないでしょ」

「そうですね。ここから先は歩きの方が良さそうだ。シン隊長の痕跡があるかもしれません」


 重い空気のまま、一向はシンの後を追って二股の道を進んだ。




* * * * * *




「おい、ユキ。そこ転ぶんじゃねぇぞ」

「え? どこで――わぁ!?」


 ぬかるんだところを踏み、ユキは仰向けに転んだ。

 呆れたような顔のヤクーが視界に入り、顔に熱が集まる。そんなユキをいち早く体を起こしたのは、ユキの騎龍であった。


《大丈夫ですか? ユキ》

「だ、大丈夫……ありがとう。あれ?」


 手に何か布のようなものが触ったのに気づき、それをつかんで引っ張りあげた。

 すると泥水の中から現れたのは布切れ。よく目を凝らし、それから大きく目を見開いたユキは思わず叫んでいた。


「これ! シンさんのマントじゃないですか!?」


 その声に他の者が集まってくる。

 グラスが持っていた水筒の水でマントの泥を洗い流せば、布地に国の紋章が現れた。


「間違いないようですね」

「じゃあ、ここを通ったってわけね」


 そのマントにかすかに血がついているような気がして、ユキは顔をしかめる。それに気づいたキャッツは小さくつぶやいた。


「怪我が酷いみたいだね。もしかしたら村には休むために行ったんじゃない?」

「その可能性はありますね。喧嘩別れしたわけではないのですから、一族がかくまってくれるはずです」

「問題はアタシ達がそこに入れるかよねぇ」

「僕たちは完全に部外者だからね。あれは引きこもり一族だから、排他的なんじゃないの? それに……王都の龍人一族がどうなったのかを知っていたら、シンは入れないよ。だからシンが本当にそこに行ったのかもわからない。でも、何も情報がないんだから、行くしかないけど」


 先ほどキャッツが言った、王都に出た龍人一族の最後の生き残りという文言に関わってくるのであろうことは全員が気づいた。しかし、何も言えない。


「……まあ、何にせよ。目標には近づいたってわけだ。どんな結果になろうと、俺らは全力を尽くすだけだ。先行くぞ、先」


 ヤクーの一言でみなが前を向く。

 ここから先は、誰も一言も話さなかった。




* * * * * *




「なんだよコレ……」


 しばらく歩いてようやくたどり着いた先には、黒一色の風景が広がっていた。目の前に広がるのは、墨になった家。煙の上がる瓦礫。物の焦げた臭いがあたり漂う。


「誰が……こんなことを……」

「二手に分かれましょう。ユキと僕、それからキャッツさんは西側を。レディスさんとヤクーさんは東側を。生存者がいたら、保護をお願いします」


 それだけ言い、グラスは村へと入っていく。

 ユキはジッとその後ろ姿を見つめる。

 まだ火が消えたばかりで、色んなものの燃えた臭いがする。それは静物以外のもの含まれており、ユキは胸が悪くなるような気がして鼻を押さえた。


「生存者はいないかもね。見ても無駄だよ。死の臭いしかしないんだから。誰かが生きているわけがないんだ。人間のグラスにはわからないと思うけど」

「…………」


 キャッツの言葉には反応しない。しかし、ユキも同じ気持ちであった。臭いはわからないが、この惨状で生きのびていられる者はいないだろうと思った。


「シン隊長の痕跡を探した方が早いんじゃないの?」


 そう言われて、ユキは静かに目を閉じる。

 その瞬間、今までよりも鮮明な映像がまぶたの裏側に広がった。

 それはどこかの会議室のようで、難しい顔をした男達が円卓についていた。


『だが、龍人一族を生かしておくと、反旗をひるがえされた時に困るのは我々だ!』

『ではどうすると言うのだ! 龍を全て殺してしまうわけにはいくまい』

『決まっている龍人一族を排除すれば良いだけのこと。そうすれば龍の牙を抜くことができるだろう』

『よくも……よくもそんなことが言えたな! あれを無理やり引きずり出して散々利用し、怖くなったら殺すと言うのか!』


 そう叫んだのは、若き頃のアルージャであった。


『アルージャ。お前は綺麗ごとを言いすぎる』

『綺麗ごとなどではない! 貴様らは人として! やってはいけないことをしようとしている!! それがわからんのか!』

『もう遅い』


 ズンと部屋が揺れる。

 それと同時に外から悲鳴が上がり、アルージャは窓へと駆け寄った。


『何てことを……なぜ……なぜ騎士が()()を使っているのだ!?』

『もう決まったのだ。これは、王の判断である。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で《・》()()()()

『ふざけるのもいい加減にしろ! あれを人に使ったらどうなるか……知らぬわけではないだろう!! 脳を溶かす劇薬だぞ!!』


 アルージャは部屋を飛び出していった。

 残された者たちは、みな苦い顔をしている。


『過ぎた力は恐れの対象になる。龍は……龍人一族はあまりにも力が強すぎた。龍には()()()()に戻ってもらう』


 ジジッと映像が乱れ、視界が戻る。


「……ユキ?」


 いつの間にか目の前にいたグラスの問いかけに、ユキはゆっくり顔を上げた。


「大丈夫かい……?」


 ハンカチを差し出され、ユキはようやく自分が泣いているのだと気づいた。


「国は……龍と龍人一族を利用した挙句……力を恐れて龍人一族を殺したようです……アルージャさんはそれを止めようとしていた……!」


 ユキがそう漏らせば、グラスとキャッツの顔が歪んだ。


()()……あいつらは利用したのか……」


 キャッツの押し殺した声が当たりに響く。

 すると、いつの間にか見回りを終えていたヤクーとレディスの不愉快そうな声があたりに響いた。


「あいつらは利用できるものならなんでも利用する。そうだろう? 覚えがあるはずだ」

「一体……何があったんですか……」


 ユキの震える声が響く。


「なんで……どうして国は……」

「……俺は蛇一族の捨て子だ。蛇一族は毒の扱いに長けている。俺はその中でも群を抜いて毒の扱いがうまかった。しかし、親がどうしようもねぇやつでな。家族ごと一族を追い出され、金銭的にも身体的にも辛くて俺を育てられなくなったやつらは、ためらうことなく俺を捨てた」


 ポツリポツリと語りだすヤクーを見ながら、ユキは溢れる涙をとめられずにいた。


「それを拾ったのが国だ。蛇一族には門外不出の毒が山ほどある。それを戦に利用しようとしたんだろうな。まあ、俺はそんなの教えられる前に一族を出たから知らなかったが。それを知ってからは手のひら返しだぜ。俺が一族にこのことを言うのを恐れ、国は俺と一族の命を亡き者にしようとした。じゃねぇと自分の国が滅びるかもしれないからな。蛇一族は狡猾(こうかつ)で恨み深い」


 自嘲するように笑い、ヤクーは地面へ座り込んだ。


「まあ、だいたいこんなもんだろ? 他のやつだって。何かしら国に利用され、まともな道ってヤツを転がり落ち、犯罪者に成り下がっていった。そんで、どん底のところをアルージャに拾われるってな」


 大きくため息をついたヤクーに、ユキは何も言えずにいた。

 何かを言えば、それは全て偽善になってしまう気がしたのだ。


「ユキ。お前がどれほど平和な世界から来たのか知らねーけどな。この国はお前が思うほど優しくも綺麗でもねぇぞ」


 フッと顔を上げたヤクーの目は、死んだ魚のような鈍さを浮かべている。


「この国は、病んでンだ。どーしようもねぇくらいにな」


 この重い空気の中に大音量で響いたのは、ヤクーの騎龍の声だった。


《おーいおいおい! ありゃあなんだ!?》


 ヤクーの騎龍についで、他の龍達も騒ぎ出す。

 戦場に慣れている龍達が騒ぐのを見て、みなわずかに困惑した。


「なに……? ユキ、龍たちはなんて言っているの?」


 問われるも、雑音が多くてユキには龍たちの声が聞こえない。


「わかりません……声が……何か龍以外の声が邪魔を――」


 ズシンと地が揺れた。

 そして次の瞬間には、天高く吹き上がる濃い紫の液体と悪臭。キャッツは慌てて鼻を塞ぐも、間に合わなかったのか軽くえずいた。


「くさっ……! おいおい、なんだよありゃあ」


 ヤクーも顔をしかめながらも、吹き上がる液体から目を離さずにいる。


「……?」


 何かがきらりと光った。

 そしてそれに気づいたのはユキだけではなく、数名が『ん?』と声をあげる。目を凝らして光った何かを探し、それが何なのか分かった瞬間、ユキは大声を上げた。


「シンさん!!」


 駆け出し、龍体になり、空を舞う。

 猛スピードで噴出す液体に向かい、後ろから誰かが止めるのも聞かず、液体の中に突っ込んでいった。

 グプリと音がして体が飲み込まれていく。入らなくとも、向こうからユキを取り込もうとしている。意思のある液体の中で、ユキは何かをつかんだ。


《シン……さん!》


 思いっきり引っ張るも、踏ん張るところがない液体の中では力が上手く入らない。


《うっ……くそっ……ぁああぁああぁああああ!!》


 叫ぶと同時に喉の奥が熱くなり、そしてそれは光となって大空へ放たれた。

 黒龍の、ブレスであった。


「なっ……!?」


 その圧倒的な魔力と熱量に、黒豹部隊の面々は地面へ伏せた。伏せざるをえなかったのだ。強制的に(ひざまず)かされ、天を仰ぐ。

 液体は綺麗に半分に分かれ、その中央から液体にまみれた黒龍が飛び出してきた。手にはシンが抱えられている。意思を持った液体は黒龍を追うが、黒龍のスピードについてこられず、やがてその距離がどんどんあいていった。


《ユキ!!》


 まっさきに動いたのは、ユキの騎龍。

 それに続き他の龍達も飛び上がり、ブレスで液体を遠ざけながらユキを援護した。いまや液体は完全に退き、吹き上がった地面の穴に吸い込まれるようにして消えていった。


《ユキ、大丈夫ですか!?》

《だ、大丈夫、ありがとう……》


 地面に倒れこみながら、しかし手に持ったシンを潰さないように着地する。


「ユキ! 大丈夫か!?」


 駆け寄ってきたグラスたちに安心し、ユキは龍体を解いた。

 その瞬間――……


「だから人の前で龍体を解くなって言ってんだろうが」


 低い声。


「シン……さん……?」


 温かい腕。


「龍体から人に戻ったら素っ裸になるってのを忘れたのかテメェは」


 破れて血にまみれたマント。


「シンさん……」


 よろめきながらもユキをマントで包み込むシンが、イラついたような目でユキをにらみつけていた。


「シンさん……!」


 ユキは力いっぱい抱きしめる。


「言ってない! 言ってないです……! 私、一度も人の前で龍体を解くななんて言われてないぃぃぃ……!!」

「泣きながら話すな。おい、マントに鼻水つけるなよ」


 辺りにユキの泣き声が響く。

 空は綺麗に晴れ渡り、まるで今起こっている出来事が夢だったのかと錯覚させるほどであった。

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