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記憶の欠片。

「ベンジャミン、これを」

「は」


 王城ではいつも通りアルージャが働いている。

 書類に捺印をし、必要があればサインも添える。毎日届く膨大な量の資料に目を通し、緊急性のあるものから順に処理をしていく。

 このいつも通りの流れのなかに、時折雑念が混じることにベンジャミンは気づいていた。


「心配でございますか」

「当たり前だ」

「……お前が子を心配するようになるとはな。結婚もせずにフラフラしているかと思えば、結婚前に子供を引き取ったときたもんだ」


 ややフランクな言葉遣いに変わると、アルージャもため息をつきながら椅子に深く腰掛けた。


「……子供と言うのは、どうしてこう心配ばかりかけるのだ。私はいずれ心配ばかりして心臓が疲労し、やがては死ぬだろう」

「子供なんてのはそういうものだ。私の7人の子供はみんな心配ばかりかけさせるが、未だに私が死んでいないところを見ると、お前ももう少し生きられると思うぞ」


 軽口をたたきながら、2人はユキへと思いをはせる。

 それから黒豹部隊の面々に。


「お前が黒豹部隊を組織して何年になる」

「さあな」

「……未だに思うのは、どうしてお前があの犯罪者たちを手元に囲ったかだ」

「そんなの決まっている。あの犯罪者が、犯罪者であると同時に、国の被害者でもあるからだ」


 苦々しげな顔をするアルージャを見ながら、ベンジャミンはため息をついた。


「それはわかる。だが、国の被害者はなにもあれだけではないだろう」

「ああ。だが、あの者たちを見捨てることができなかった……」

「国王が誰か特定の人物を作るのはよくないな。誰かに施しをやれば、それを見た他の者もすがりたくなる。全員を助けるわけにはいかないだろう」

「……あの時は王ではなかった」

「今は王だ」

「だから私は王になりたくなかったのだ。私の大切な者は、みな私より先に死んでいく。私より若い者が、私よりも先に……もう、そんな姿を見たくなかった」


 両手で顔をおおい、アルージャは静かに息を吐く。


「シンの……龍人の一族を殺したのはシンだ。だが、それをやらせたのはこの国(私たち)だ……」

「……お前は、優しすぎる」


 そう呟いたベンジャミンの声は、かすかに震えていた。




* * * * * *




「どうした? 体調悪い?」


 グラスにそう声をかけられ、ユキはビクリと肩を震わせる。


「あ、いえ……そういうわけでは……ちょっと考え事を……」

「そう」


 心配そうな顔をするグラスに、レディスが大きなため息をついた。ヤクーも顔をしかめてユキたちを見ている。


「アンタねー、一応この子だって騎士なのよ? あの犬っころに稽古をつけてもらっていた後も、時間を見つけて体力づくりをしていたじゃないの。放っておいてもヤバイと思ったら言ってくるわよ」

「だいたいオメーは過保護すぎんだよ。男なら、俺らみたいにドシッと構えとけ」

「アタシを男のくくりで数えないで」

「へーへー」


 昨日、あれからユキは全く眠ることができずに一夜を明かした。

 明け方に少しだけアザのあるところが熱くなったのを思い出し、グラスを呼び止める。


「どうした?」

「あの、アザを見てもらえますか? 明け方に少しだけ熱くなったので……」


 ユキがそう言えば、グラスは険しい顔でユキの首元を見る。そして喉の奥から声にならない声を出した。


「どうなっているんですか……」

「昨日より範囲が広がっている……早いな……それにこれは――……レディスさん、ヤクーさん、キャッツさん、少しいいですか」


 その呼びかけに3人が寄ってくる。


「予定変更です。ヌーラではなく、まずシン隊長を追います」

「どういうことよ」

「ユキのアザの広がりが早い。それに、これを……」


 グラスがユキの首にかかる髪の毛をどかす。

 首元を覗き込んだ3人は、それぞれ顔をしかめて悪態をついた。


「ヌーラってのはよほどヒマなのね」

「え? なんですか? 一体何が……」

「首にシン隊長の残り寿命が浮き上がっている。恐らくはヌーラからのメッセージだろうな」


 ヤクーが苦々しげにそういう。


「なん……なんです、か、それ……ヌーラが私達を惑わそうとしているんじゃ……」

「それはない。そんな嘘をついても特なんて1個もねぇからな」

「考えられるとしたら、僕たちをもて遊んでいるつもりになっている……ってくらいかな。僕ならそうする。相手が動揺することをするんだよ。そうすればミスが誘発できる」

「そんな……寿命ってあとどのくらいなんですか!?」


 その問いには誰も答えない。


「ねえ……」


 難しい顔のまま、4人はそれぞれ視線を彷徨わせた。


「ねえってば!」

「あと半日」


 キャッツがぼそりと呟く。

 そして、誰もそれを否定しなかった。


「そんな……」

「正確に言えば今日の夕方、あいつは死ぬ」


 シンが死ぬ。

 あの冷たい牢獄でのことが思い出され、ユキの顔は真っ青になっていった。


「……黒龍は命を分けられるそうね。この間、シンを救ったのもそれでしょう?」


 レディスの言葉にユキが黙ったまま頷く。


「なら早く行きましょ。もうシン隊長には命をわけたことがあるんでしょう? 命をあげられるなら、癒しの効果もあるはずだわ。命は確か1人1回だった気がするから、死ぬ前に見つけないと駄目だけどね」

「レディスさん……」

「なあに泣きそうな顔してんのよ」


 力強くレディスがユキの肩を叩き、ユキは少しだけよろめいた。

 なんでもないことのような顔をしているレディスを見て、ユキの気持ちは少しだけ浮上する。


「そう、ですよね……前に、進まないと」

「そうと決まれば行商人とは別れるほうが良さそうね」

「そうですね。本当は記憶拾い師がいたらいいのですが……」

「記憶拾い師?」


 聞いたことのない単語に首を傾げれば、グラスが浮かない表情のままユキに向き直る。


「記憶を拾って人探しができるんだ。でもとても繊細な魔法でね。扱える人は少ない」


 これを聞いて、ユキの中に1つの疑問が浮かび上がった。


「あの、それは記憶が映像のように観えるんですか?」

「ああ、そういう人もいるね。記憶の拾い方は人それぞれだけど」


 もしかしたら、この間シンに触っていなのに記憶が観えたのは、それではないかと思った。

 そうであれば、記憶の欠片の観える方へ行けばシンがいるはずだと。しかし、どうやってあの記憶を観たのかがわからない。それに勘違いかもしれない。そんなことを、果たして皆に言ってもいいのかとユキは悩んでいた。


《ユキ》


 ユキの騎龍に呼ばれ、顔を上げる。

 すると柔らかな笑みを浮かべた龍が、ユキのことをジッと見つめていた。


《間違っていませんよ》

「え……」

《龍は記憶を拾える》

「……龍が?」

《ええ。心の奥底に、思い人を強く思い浮かべてごらんなさい》


 言われたとおりにする。

 あの鋭い目。ゴツゴツした手。大きな肩。広い背中。低い声でユキの名を呼ぶあの男の姿を、鮮明に思い浮かべる。

 すると、1つの映像が浮かび上がった。


「……シンさん」


 岩に寄りかかり、肩で息をするシン。その足元には血溜りが広がり、満身創痍のように見える。

 しばらく休憩していたシンは、やがてゆっくり立ち上がると、しっかりとした足取りで二股の道を左へ歩いていった。


「ユキ……? どうしたの?」


 グラスが肩を叩き、それに驚いたユキが肩を跳ねさせる。


「あ、ああ……あの、私……」

「落ち着いて」

「はい、大丈夫です……あの……えーと……私、もしかしたら……シンさんの記憶がわかるかもしれない……」

「どういうことだ」


 ヤクーの眉間にシワがよる。

 若干混乱しつつも、ユキは言葉を続けた。


「不愉快に思われるかもしれませんが、私は、触ると誰かの記憶が吸い取れるみたいなんです。あと、触らなくても……記憶が観えるときがあって……」

「黒龍の力ってこと?」

「おそらくは……」

「吸い取るのは魔力や知識だけじゃなかったのね……」


 呆れたような表情になる面々を見て、ユキは申し訳なさそうな顔をした。


「それで。お前はそれを完璧に扱えるわけ?」

「少し……まだ上手くないですけど、さっき二股の道を左に行くシンさんが観えました」

「二股? それならこの間あのお嬢さんから逃げて空を飛んでいるときに見たわ。ここから龍で5分もしないところだけど」

「行って見ましょう」


 力強く言うグラスに、各々が迅速に対応を始める。

 行商人には一緒に行けなくなったとだけ伝え、礼を言う。その娘のオシャンベリーは川で洗い物をしているから少し待ってほしいと言われたものの、早く行かないといけないといけないことを伝えた。


「君達がいなくなると、娘が寂しがるだろうな。あれと近い年頃の子は、この行商にはいないんだ」


 残念そうな顔をする行商人に、ユキは気になったことをこっそり尋ねた。


「あの……もしかして貴方は……シンの一族が滅びたことをご存知なのですか?」


 行商人の顔がこわばったのを見て、ユキはそうであることを確信した。


「娘には言えなかった……」

「……そう、ですか……やっぱり……」


 黙り込んでしまった行商人に一礼をして、ユキたちは大空へと舞い上がる。

 小さくなっていく一行を見ながら、ユキは小さくため息をついた。


「おい、ユキ」


 ヤクーの呼びかけに振り向けば、ニヤニヤ顔。

 嫌な予感がして顔をしかめれば、ヤクーの顔は嬉しそうに歪んだ。


「お前、残念だったなあ? ライバルがいなくなって」

「……別にオシャンベリーさんとはそういうんじゃないので」

「俺ぁ別にあの女だなんて一言もいってねぇけどな」


 どうやったらガハハと笑うヤクーに拳骨を落とせるんだろうと考えていたら、何の前触れもなくヤクーの騎龍が一回転した。『うおぉぉぉぉ!?』というヤクーの叫び声があたりに響く。


《どうよ、姐さん! 姐さんの仇はうってやったぜ!》

「あ、ありがとう……」


 かろうじて落ちなかったヤクーが騎龍に怒鳴り声を上げている。

 それを横目で見ていると、レディスの『見えてきたわよ』という声が聞こえた。


「あれが……」


 大きな山に続く2本の道。

 片方は山の頂上へ、片方は山脈の方へと続いている。


「どうやら山脈の方へ行ったようね。向こうはムーン村の方じゃないじゃない。シン隊長ったらどこに向かっているのかしら」

「村だ」


 キャッツの低い声が、風に紛れて聞こえた。


「村?」

「あの奥には、龍人一族の村がある」

「龍人一族? あの伝説の? なんでまたそんなところに……それに、あの一族は遊牧民だったのでは?」

「一部の一族が王都に行ってから、定住することになったのさ。そうじゃないと、引き裂かれた家族同士の接触が取りづらくなるから」

「なぜそうしてまで……シンさんはそこへ何をしに行ったんでしょうね……そこに何かあるのか……?」


 グラスのいぶかしむ声を聞きながら、ユキは心臓が鼓動を早めるのを感じていた。


「シン隊長が王都に出てきた龍人一族の生き残りだからじゃないの。そしてそれを知ったヌーラが、その村がシン隊長に復讐するのに適した場所であると気づいて、シン隊長もまたそれに気づいた……とかね」


 キャッツの声に、静寂が落ちる。

 ただ龍達だけが、悲しげに喉を鳴らした。

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