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龍に愛された人。

「なにしてるのよ。魔物に食べられるわよ」


 ユキが川辺で悩んでいると、後ろから声をかけられる。

 振り向けば、少し寒そうに腕をさすっているオシャンベリーが立っていた。


「……少し、考え事を」

「ふーん」


 オシャンベリーは視線をそらしながら、ユキの近くまで寄ってくる。


「あの」

「なに」


 口から言葉を発そうとし、悩む。

 ユキはもしかしたらこの子がシンの過去を知っているのではないかと思った。そしてそれを聞こうと。しかし、ユキのなけなしのプライドと、それから自分が聞いてもいいのだろうかという思いが、それを邪魔した。


「…………」

「……シンのことを聞きたいんでしょう」

「!」


 いつの間にか下げていた顔を上げれば、口を尖らせたオシャンベリーがユキをにらみつけていた。


「私ね、これでも行商人の娘ですから。人の心を読むのは得意なの」


 本気でそれを言っているのだとしたら、この旅はもっと快適であろうとユキは思った。

 しかしその台詞をなんとか心のうちにしまいこむと『凄いですね』とだけ言う。それで少し気を良くしたオシャンベリーは、ポツリポツリと話始めた。


「ま、少しくらいなら聞かせてあげるわ」

「本当ですか? 嬉しいな」

「……あら何? 馬鹿にしてる?」

「え、いや、そんなことは」


 グッと顔を近づけられ、ユキはオシャンベリーが素朴ながらも可愛らしい顔をしているのに気づいた。

 目は大きいしまつげは長い。鼻はユキと似ているが、全体的なパーツのバランスは非常に良かった。ゆるく編んだ編みこみの髪は、片方の肩に垂らしていて女性らしさを感じさせる。


「なによ……」

「あの、なんか……オシャンベリーさんって……可愛いですね。目が凄く綺麗。特に、笑うと可愛いですよ。さっきの得意げな顔とか、凄く可愛いです」

「は!?」

「え?」


 オシャンベリーが勢いよく立ち上がる。その顔は真っ赤になっており、口をパクパクさせながら震えていた。


「なな、なにっ……を……何を、言ってるのよ!」

「何を……? いや、可愛いなって話を……」

「ばば、馬鹿じゃないの!?」

「ええ~……?」


 ブツブツと文句を言いながら、オシャンベリーはユキと少し距離を開けて座った。

 そして視線を合わせないまま、静かなときが流れる。


(これは……一体なんの時間なんだろう……)


 どれほど経ったころか、オシャンベリーが再び口を開いた。


「……シンはね。元々小さな部族にいたのよ」

「遊牧民、みたいな感じですか?」

「まあ、そんなものよね。“龍人一族”っていってね。凄く珍しくて、貴重な一族なの」


 聞き覚えのある単語にユキの心臓が跳ねる。


「龍人?」


 そうつぶやいたユキの言葉を、オシャンベリーは別の意味でとらえた。


「は? 知らないの? 知らない人がいることに驚きだわ。今でも王都の龍を管理しているのでしょう?」

「王都の……? そうなんですか?」

「やだ、なに……知らないの……? ユキ、本当に騎士なわけ? どういう教育になっているのよ」


 この時、ユキは少しだけ嫌な予感がしていた。


「龍人一族は誇り高い一族なのよ。始祖龍が最も愛した人間が、一族の始祖なの。彼らは龍によって命を創りかえられた。始祖龍は、愛した人間と一緒に生きたかったのね。だから、龍になる資格を与えた。つまり、龍人一族が龍の試練の湖に入れば龍になれると言われているわ」


 心臓がバクバクと動く。


「龍人一族は龍になる資格を持つ、唯一の人間なのよ。まあ、龍人一族は龍を(たっと)んでいるから、龍になるだなんておこがましいと言ってならないようだけど」

「ということは……つまり……」

「ええ、そうよ。今まで人から龍になった者は始祖を除いていない。でも龍人一族が望めば、人と龍の両方の姿をとることができる、新人類が生まれると言うこと。まあ、本当にそんなことがあれば、だけど」


 オシャンベリーは、得意げに『とても希少価値の高い一族なのよ。シンは』と言った。

 その声がどこか遠くで聞こえる。


「王都がね。十数年前に引き取ったわ。龍になれなくてもよかったのよ。重要なのはそこじゃなくて、龍と良好な関係を保っている彼らを囲いたかったのでしょうね」

「酷い……利用するために……」

「ええ、だから、もちろん彼らは断ったわ。でも、それまでは森の奥にいたのに、かたくなだった当時の長が、ある日突然王都へ行くと言い出した」

「なぜですか?」

「……わからない。ただ、今まで仲良くしていた彼らがいなくなって、私たちはとても悲しんでいた。私は何も知らないの。シンが、私の手の届かないところへ行ってしまったってことしか」


 再び沈黙がおりる。

 流れる風を感じながら、ユキは大きく息を吐いた。


「残った人もいるの。王都に行きたくないって。でもシンとその家族は何人かの一族の人と一緒に出て行った」

「…………」

「あの人は、外を見たかったのよ。閉鎖された一族じゃなくて、可能性が無限大に広がる外を」



 泣きそうな表情で、それでもなんとか泣くまいとして、オシャンベリーは笑う。


「いつか……王都に行きたいの。シンと約束したんだもの。『またいつか必ず会って、お嫁さんにする』って。私、本当にあの人が好きなの」


 色んな思いがあふれ、ユキは何も言えずにいた。

 ユキは気づいていないが、龍がシンを特別視する理由のひとつはここにあった。そしてあの試練の湖に入れた理由も。

 しかし、あの時シンは湖に入っても龍にならなかったし、体に害が現れることもなかった。なぜ、龍になる資格を失ったシンが湖に入れたのか……そこにはある悲しい過去があるのだ。


(『して』じゃなくて……『する』……か……いや、今はそれよりも龍人一族について、だよね。龍舎の人は普通の人のように見えるし、獣系の人は絶対に違うだろうし……)


 まさか……と思う。嫌な予感が胸を刺す。

 最近こんなのばかりだと心のどこかで思いつつ、ユキは生唾を飲み込む。


(……いや、でも……まさか、そんな……)


 しかし嫌な予感はどんどん膨らんでいった。

 有名なはずの一族。それをユキは知らなかった。龍も何も言わなかったし、誰からもそんな説明はなかった。


(おかしい……それじゃあまるで……)


 まるで、龍人一族が過去のことになっているような気がした。

 考えがまとまらずため息をつき、横を見る。するとオシャンベリーと目が合う。


「……何か?」

「ねえ、私……ずっと気になっているの」

「何がですか?」

「世界を旅する父が、頑なに私を王都に近づけない理由よ」


 真剣な眼差しのオシャンベリーを見て、ユキは思わず息を止めた。


「たまにね、シンの小父様と小母様から手紙が届くの。でも、おかしいのよ」


 オシャンベリーの視線はユキから外れない。ずっと真剣な眼差しをユキに向けている。


「文章はおかしくない。文字だって小父様と小母様のもの。でも、何かがおかしいの。何かが変だと感じさせるの」


 ユキは、真剣な目に少し恐れが混じっているのに気づいた。


「ねえ、教えて。王都に龍人一族はいるの?」


 ようやく、オシャンベリーが何を懸念しているのかがわかった。


「彼らは、元気なの?」


 それと同時に、ユキの心臓が再びドクドクと激しく脈打つ。


「……シンは……今、何をやっているの?」


 ユキにはもう、何の音も聞こえていなかった。

 しかし、ユキとオシャンベリーの疑問が一致した。そしてそれは、疑問を確信に変えていく。


「ちょっと。お前たち馬鹿なの? 何のために僕らが護衛してると思っているのさ。魔物に食べられたいって言うなら止めないけど」


 背後からイライラした声がし、声の方を見るとキャッツがユキたちの方へ歩いてきていた。その姿に、少しだけホッとする。


「た、食べられたら困るから戻るわ!」


 わざとらしいテンションでそう言うと、オシャンベリーは駆け出していって馬車の1つに潜り込んだ。その様子を見ながら、ユキはため息をつく。


「聞いたことがあるよ。王都に住む龍人一族」

「え……」


 視線をオシャンベリーの入っていった馬車に向けたまま、キャッツがポツリともらす。


「ただ1つ言えるのは、彼らはもう誰1人として生きていないってことかな。だって()()()()()()()()()()()んだから」


 ザアッと突風が吹く。


「僕から言えるのはここまで。あとは、本人に聞きなよ」


 そう言って遠ざかっていくキャッツの後姿を見ながら、ユキはただボーっと立ち尽くしていた。

 その頬に涙が流れたたのも気づかず、ただただ、立ち尽くしていた。

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