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道のりは長く。

《我が王! ああ、愛しの我が王よ! 貴方はなぜ私の背中に乗ってくれないのですか! その花の様な顔を私に見せて下さい、我が王! ああ! なんて美しい顔なんだ! こんなに綺麗な平面顔は見たことがないぞ! オマケに胸も見事な平面! 抱きしめたらどれほど密着できるんだ……!! 恐ろしい!》

(黙らないかな、この龍……)


 ユキは先ほどからこの調子でずっとキャッツの騎龍に口説かれていた。

 ユキは龍体ではなく、騎龍を借りて任務へと出発したのだ。万が一の時に― 例えば呪が進行したときなど ―ユキは動けなくなる。その時に手となり足となるのがユキの騎龍である。

 実際に龍舎へ行って龍に話しかけて事情を説明すると、数匹の龍が仲間に推薦されて連れてこられた。どれも飛ぶ速度が早く、力と魔力がある若い龍だ。若い龍は龍の王を前に興奮しており、緊張した面持ちで誰が選ばれるのかとソワソワしていた。


『いざと言うときに迷わず私を殺せるのは誰ですか?』


 その問いに、『我が王が望むのなら』と即答したのは、たった1匹であった。

 ユキは、その龍に乗っている。


《我が王――いや、ユキ……でしたね。あれを墜落させますか? 得意ですが》

「ううん、いいの……そっとしておいてあげて」

《そうですか……ユキは優しいですね》


 いざと言うときに迷わず私を殺せるのは誰か――この問いは、本当に殺して欲しくて言ったわけではない。いずれ動けなくなったユキが、みんなの足を引っ張らないために言ったのだ。

 足手まといになった瞬間、見捨てて欲しかった。邪魔だと思ったら、即座に切り離してほしかった。それが例え空中でも、例え敵の陣営のど真ん中でも、その非道な決断ができる騎龍が欲しかった。

 ユキは酷なことを言っていると思ったが、最小限の被害に食い止めるためには必要だと思ったのだ。


「ねぇ、僕の龍、うるさいんだけど。コイツなんて言ってるの」

「え……あ……ああ、ハハハ」


 ユキは黒豹部隊の面々が、己の龍に会いに行くことがあまりないのかと思っていた。

 しかし、龍舎を訪れた瞬間、小走りで龍達が近づいてきて、各々の主人へと甘えているのを見た。それを見て、『この人達、意外とちゃんと面倒を見ていんだ』と驚いていれば、何に驚いているのかを悟ったヤクーから拳骨が落ちた。


「なんだ、ユキは龍の言葉がわかるのか」

「一応……半分は同じ龍だから、ですかね」

「へえ。俺の龍はどんな奴なんだ? 性格は大体わかるけどよ、言葉を話すとまた印象が変わるだろ?」

《カーッ! コイツは相変わらず馬鹿だな! 前々から馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどよ! ここまで馬鹿だとは思わなかったぜ! 喋らなくてもずっと一緒にいるんだから、わかるだろっつのな! コイツにわかる言葉を喋ったところで、なーんも変わりゃしねーよ、俺は! なあ、姐さん、コイツに馬鹿野郎って伝えてくれよ!》

「えーとね……あのー、なんか、ヤクーに似てるかな……なんかこう、にぎやかな感じ……」

「マジか! へへへ……」


 嬉しそうなヤクーを見ながら、ユキはなんとも言えない気持ちになっていた。


「アタシの子は?」

《そそそれ、それが、それがし、の、ことは……! ああああまりいいい言わなっ……言わないでくだされ……! ほほ本当はっ……こここんな素晴らしい主人にっ……つつ仕えられる立派な龍ではないっ……のだ……!》

「……凄く恥ずかしがりや? なんか自分に自信がないみたい。謙虚なこと言ってる」

「んもー、またなの? この子、いつもビクビクしてるのよね。戦場では鬼のような勢いを見せるのに」

《ああ当たり前だ……! そそ、それがしの、主を、護る必要がある……!》

「レディスさんのことが好きなんですね」

《んなっ!?》


 レディスの龍は《あ》とか《う》とか言うと、それ以上何も言わなくなってしまった。


《わ、我が王よ》

「はい?」


 高くて細い綺麗な声に振り向けば、グラスの龍がモジモジしながらユキを見ていた。これは黒豹部隊の中で唯一メスの龍であった。


「え? どうかした? 俺の龍が何か言ってるのかな?」


 グラスが若干期待したような目でユキを見つめる。


《あの、よろしければ、主に伝言を……》

「もちろん、お安い御用です!」

《この間、一緒に散歩に行ったのです。その時に食べたプーペの実が美味しくて……あ、あの……また、行きたい、な……なんて……》

「ああ、なるほど……グラスさん、この間、散歩に行ったんですか?」


 そう言えば、グラスは少し驚いた顔で『本当にわかるのか』とつぶやいた。


「おとといかな? プーペの実がなっているって聞いたから、食べさせに行ったんだ。あれは龍の好物だからね」

「そこにまた行きたいって言ってます」

「ああ、気に入ったのかな? そんな簡単なことなら喜んで連れて行くよ」

《ちち、違うのです! あ、いえ! あああ、あのっ……その……主と一緒なら……どこでもいいんです……》


 ユキはキョトンとした後、やわらかく微笑んだ。

 グラスの龍は大人しめではあるが、レディスの龍ほどどもったりしない。この龍はグラスのことになると、とたんにこうなるのだ。


「グラスさんの龍は、グラスさんのことが大好きみたいですよ。デートしたいんですって」

《デデデートじゃありません!! た、ただ一緒にいたいんです!!》

「え~? 嬉しいなあ~」

《ああ主……! ち、ちがっ……デートではなくて……!!》


 嬉しそうにニヤニヤと笑うグラス。必死に龍が話しかけるが、グラスには言葉がわからなかった。

 そんな2人を見ながら、ユキはニヤニヤと笑う。するとユキの乗っている龍がため息をついた。


《ああ、みんな惚気ていてうらやましい……ユキが私に乗って頂けるのが、今回の任務だけとは……どうですか、ユキ。このまま私を貴女のパートナーにしませんか? 私はまだ若いので、パートナーが決まっていないのですが》

「うーん……お父様が良いって言えばいいんだけど」


 ユキが困ったように笑ったその時、ヤクーの緊張した声が聞こえてきた。


「おい、アレなんだ」


 平行に並んで飛んでいた面々が、ヤクーの指差す方向を見る。

 その先には黒く長い何かがうごめいていた。


「……ああ、行商人じゃん」

「行商人? マジか。敵かと思った。お前、何で見えるんだ? 頭おかしいんじゃねぇのか?」

「僕の目とお前の目を一緒にしないでくれる?」

「近づいてみますか。何か話を聞けるかもしれない」

「行くなら2人までね。怯えさせても可哀想だわ」


 協議の結果、人当たりの良いグラスとユキが下におりることとなる。グラスが龍をユキの龍へ寄せると、怯えた様子もなくグラスが飛び移ってきた。そしてすぐさまグラスの龍が離れていき、グラスはユキの後ろに座ると手綱をユキから譲り受ける。


「グ、グラスさん、凄いですね……」

「え? そうかな?」

「凄いですよ……こんなに上空で……なんか、グラスさんも黒豹部隊の人間なんだなって思いました」

「それは褒めているの……?」


 微妙そうな顔をしながら、グラスが行商人へと近づいていく。

 やがて行商人がユキたちに気づき、警戒するそぶりを見せた。しかし、グラスが魔法で王国の紋章を打ち上げれば、わずかに警戒が解かれる。馬はまだ怯えたようにいななくので、グラスは少し遠いところへ龍をおろすと、小走りで行商人のところへ向かった。


「すみません、突然。我々はデヴォル国の騎士なのですが、お話を伺いたくて」

「いえいえ。何かありましたかな?」


 行商人が人の良さそうな笑みを浮かべつつも顔を引きつらせる。


(怯えている……? いや、それとは少し違う気も……)


 ユキが不思議そうに行商人を観察していると、後ろの方に停まっていた馬車から若い女の声が聞こえてきた。


「デヴォル国? 貴方達、デヴォル国と言ったの?」


 馬車の中から現れたのは、10代後半くらいの若い女だった。


「これ……すみません、これは私の娘でして」

「ねえ、貴方達、デヴォル国の騎士なんでしょう? 黒豹部隊のシンを知ってる?」


 これを聞いて驚いたのは、ユキとグラスであった。


「あ……ああ、もちろん知っていますよ。自分の上官ですから」

「まあ! ねえ、シンは元気? 黒豹部隊ってとこの騎士になったって噂を手に入れて以降、なにも情報が無くて」

「……あの、失礼ですがシン隊長とはどのようなご関係で?」


 グラスがいぶかしんでいるのを敏感に察知した行商人は、少し慌てたように両手をふった。


「あ、いや、怪しいものではありませんぞ。ご本人からお聞き及びかもしれませんが、シン殿の一族には昔世話になっていましてね。まあ、それも一族そろってデヴォル国へ移籍したときから、付き合いは途絶えてしまったのですが」

「そうなのよ……噂だけは聞くの。でも私達は行商人だから、ひとところにとどまれないのよ。小父様と小母様は元気かしら。あ、ところで用事があったのだわね。何かしら? シンが私を探しているって話?」

「こら、やめなさい」


 ユキは、なぜかモヤッとした。そしてすぐにそれが嫉妬だと気づく。


「だあってぇ。シンも言っていたじゃない。大人になったらお嫁さんにしてくれるって」

「嫁!?」


 グラスが動揺すれば、行商人は困ったような顔で笑う。


「まあ、子供同士の約束ですな。シン殿であれば私も安心して任せられますが、今頃デヴォル国で良い人でもいるでしょう」


 まさかユキがそれだと言う訳にも行かず、グラスは曖昧な笑みを浮かべた。


「ああ、すみません。また話がそれましたな」

「いえ……実は聞きたいことと言うのは、この辺りで怪しいものを見かけなかったか、なのですが」

「怪しいもの?」

「ええ。例えば――……魔物、とか」


 グラスがそう言えば行商人は心当たりがあるのか、小さく『ああ』と言った。


「そう言えばハミナ地方から来る行商人が『ムーンの村付近に魔物が出た』と言っていましたな」

「ムーン……? と言えば、この辺りにある?」

「ええ、そうですそうです。小さな村ですが、我々の休憩ポイントとして使っておりました。数日前までそこへ行くつもりだったのですが、その話を聞いてからは行くかどうか迷っていまして。なんでも腐った肉を身にまとう死人のような人型魔物だとか」


 ユキとグラスは顔を見合わせる。まだ判断はできない。が、それがヌーラに関わりがあるかもしれない。


「なるほど……もしかしたら探している魔物かもしれませんので、見に行ってみます。ありがとうございました」

「いえ、お役に立てたなら幸いです」


 お互いに礼をして去ろうとする。龍に向かって歩き出そうとしたその瞬間、行商人の娘が声をあげた。


「あ、ねえ待って! 一緒に行きましょうよ!」

「こ、こら!」


 その突飛(とっぴ)な提案に、ユキたちは思わず顔を見合わせる。


「すみません、うちのが……」

「なによ。いいじゃない。騎士様なのでしょう? なら道中護ってもらえるし、騎士様は何かあったらすぐに必要な薬品や装備を買えるわ。どうせ行く方向は同じなんだもの。シンの最新情報を聞きながら行ってもバチはあたらないと思うけど?」


 困ったように娘をたしなめる行商人を見ながら、グラスはバレないようにため息をついた。

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