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彼の人との距離。

「あの時、何があった」


 窓のない部屋。机が1つに椅子が2つ。

 それにはシンとユキが座っており、部屋の入り口付近には壁に寄りかかって腕組みをしているヤクー。

 状況だけ見れば、確実に尋問をされているようであった。実際にそれは半分正しく、黒豹部隊はヌーラが一体どこへ消えたのかを知りたかったのだ。


「あの……時……ヤクーさんがいなくなってから、私とヌーラは2人きりでした。手をつかまれ、凄く怖かったのは覚えています。でも、その後のことが曖昧(あいまい)で……」


 ユキが細く息を吐き出す。


「急に体がピリピリし始めて、気が付いたら龍体に変わりかけていました。でも、途中でヌーラが私の口に手を突っ込んできて……それから……それから、頭がボーっとして……」


 シンは舌打ちをすると机を拳で殴る。


「呪か」


 ヤクーの声が聞こえ、ユキはザッと血の気が引いた。


「の、呪……?」

「気付いてねぇのか? その首元。それは呪をかけられたヤツに現れるんだ。しかもご丁寧に龍用の呪。どうやって黒龍のことを知ったのか知らねぇが、黒龍に呪をかけるナンざ頭がおかしいとしか言いようがねぇな。龍にバレたら食われるぞ」

「魔族は龍族に喧嘩を売ったってことでしょ。まあ大方城に忍び込んでいたんだろうね」


 声とともに室内に現れたのは、キャッツであった。

 その手には紙の束が握られている。


「はいこれ。裏世界の情報まとめたやつ」


 シンが受け取り、その紙をパラパラとめくる。その顔は段々厳しくなっていった。


「裏世界に黒龍の噂が広がっているよ。ヌーラのせいだと思う。こうなったらユキを隔離するしかないんじゃない?」


 退屈そうにそう言うと、キャッツはテーブルに腰掛けてユキの首元に手をかけた。


「あーあ。これ、心臓を潰す呪じゃん。いずれ魔物になるやつだ。そうなったら殺さないと駄目だね。お前、どんだけ恨まれているのさ」

「わ、私は……初対面で――」

「お前じゃないよ。シン隊長のこと。お前は巻き添えをくらったのさ」


 部屋に静寂がおりる。


「まあ、ヌーラは元々魔族に体を売った罪で捜索が始まっていたし、丁度いいんじゃない? 殺せば、呪は解けるよ。なんなら僕が殺してやるけど」


 今まで黙っていたシンが、ユキに手を伸ばす。

 触れる直前で一瞬ためらい、そしてその頬を優しくなで上げた。


「必ずこの呪を解くと約束しよう。お前は、殺させない。俺は、もう誰も――」

「……シン、さん……」


 ユキの目にジワリと涙が浮かぶ。

 ユキは、思えば、遠く離れた地で随分と酷い目にあっていると思った。死にかけ、そして実際に死に、今度は呪だ。弱くなったユキの心は、簡単に傷ついていく。


「あの、私――」


 突如、触れられたシンの手を通して、ユキの中へ映像が流れてきた。

 小さな赤毛の男の子の周りに、大勢の影。男の子の目からは涙が溢れ、手は刃物が握られているが、その切っ先は震えていた。



『早く殺せ! 一瞬の迷いが命取りになると何度も言っただろうが!!』

『でき、ない……』

『殺せ! 殺すんだ! 動けないうちに早く!』

『できない……できないよ!!』

『迷うな! お前が迷えば大勢の命がなくなるんだぞ!!』

『う……うぅ……お父さぁぁぁあぁぁああぁぁあああぁああああん!!』



 パッと男の子の顔に赤が散る。

 何度も何度も手を振り上げては下ろし、飛び散る涙と飛び散る赤。

 それを、ユキは呆然としながら観ていた。


「…………」


 シンの表情が一瞬厳しくなる。


「観たのか」

「……あ、あのっ……あの……」

「観たんだな」

「…………」


 間違いでなければ、シンは自分の父親を殺していた。

 一体なぜ……そう考えるも、動揺しすぎて考えがまとまらない。心臓が早鐘のようにうち、息が吸えない。

 シンの大きなため息に、ユキはびくりとふるえた。


「俺は長期任務が入った。開けている間はグラスの指示に従え」


 一度も振り返ることなく、シンは部屋を出て行く。

 ユキが延ばした手は、空をかいた。




* * * * * *




「なーに落ち込んでんのよ」


 昼ご飯を抱えたままボーっとしていると、ユキの隣にレディスが座る。


「ニーレイも無事保護できて経過も良好。問題ナシじゃないの。まあ、アンタ自身は呪を受けたけど。解除できないわけじゃないんじゃない? 見た感じ念が強くて時間がかかりそうだけど、アタシほど魔法を使うのが上手な女に任せりゃ、そのうち解けるわよ」


 レディスは『アハハ』と笑って、無反応のユキに気づきため息をつく。


「どうせシン隊長がいなくなって寂しいんでしょ」

「…………」

「……やだ、図星?」

「違います……」


 それっきり黙りこんでしまったユキを見ながら、レディスは顔をしかめる。


「まあ……なんか言いたくなったら言いなさいよ。女同士なんだから」

「……そう、ですね」

「ちょっと。今悩みとは無関係のところで顔をしかめたわよね。何よ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「い、いえ、別に……ありがとうございます」

「アンタね。アタシの分類が女になっていないでしょう?」

「や、そんなことは……」

「ちょっと顔を見て言いなさいよ」


 少しだけ元気になったユキを見ながら、レディスはホッとしていた。

 頭を撫で、それから抱きしめる。


「もっと図太く生きなさいな。アタシからシン隊長を盗った泥棒猫ちゃん」

「と、盗ったとかそういう……!」

「あーら。街のど真ん中で昼間からチュッチュしてたって聞いたわよ」

「げぇっ!? な、なぜそれを……というかアレは私のせいじゃなくて――」

「バレないとでも思ったの? アタシの情報網なめんじゃないわよ、馬鹿ね」


 困ったような笑顔を浮かべてユキを見れば、ユキは途端に泣きそうな顔になる。


「レ、レディス……さん……」

「はいはい、可愛い子猫ちゃん。不安なのね」

「はい……怖い、です……」

「そりゃあ、呪をかけられたら――」

「違うんです……! 私のことはどうでもいいんです!! そうじゃ、ないんです……シンさんが……シンさんが、もう、戻ってこない気がして……」


 ボロボロと涙を零すユキを見ながら、レディスはいぶかしげに顔をしかめる。


「戻ってくるわよ。あの男が簡単に死ぬと思う?」

「……そう、ですよね……戻って……きますよね……」


 泣きながら『戻ってくる……大丈夫……』と呟き続けるユキを、レディスは複雑な思いで見つめていた。

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