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それぞれの過去。

「あれ……みなさん早くないですか」


 ユキが始業の20分前に出勤したところ、部屋にはすでに全員そろっていた。いつもは30分前だが、今日は少しだけ寝坊してしまったのだ。

 と言うのも、昨日のお仕置きで『では痛くない方で』と言ったがために、寝るのがいつもより4時間ほど遅くなってしまったのだった。医務室に結界を張られた瞬間、ユキは後悔していた。シンの顔がキラキラと輝いていたからだ。

 そこから4時間、ユキは必死に逃げ続けたわけだ。この恐ろしい鬼ごっこは医者が解術師と一緒に部屋へ飛び込んでくるまで続けられた。


「アンタねー、出勤時間の30分前に出てくるのは常識よ?」

「そこから指導しなきゃなんねーのかよ。新人ってのは面倒くせーな」

「つーかなにその首輪。新人のクセに大層な物つけてんじゃん。アクセサリー関係は禁止だったはずだけど?」

「あ、いや……これはアクセサリーではなくてですね……色々理由が……」


 小馬鹿にしたようなレディスとヤクーの台詞になんとも言えない思いを感じながら、ユキは機嫌が悪そうなキャッツの相手をする。

 それを見ていたグラスは困ったように笑いながら、ユキを慰めるべく言葉を発した。


「そろそろ心を入れかえるかってことらしい。もうあの王はいない。次は仲間の信頼を取り戻していく作業だね。信頼を取り戻すのは難しいけど」

「難しいのが分かっているから、街の人には比較的まともな態度を取っていたでしょ。信頼を取り戻すのは全国民が相手じゃないんだから楽勝だし。軍の人間なんて功績さえあげればコッチのもんだからね」


 フンっと鼻で笑うキャッツ。ユキは『なんてなめ腐った考え方をするんだろう……』と思いながらも、心を入れかえてくれるのであれば、自分に対する風当たりもマイルドになるのではないかと期待した。


「言っておくが、お前に対する態度はみじんも変えるつもりはねぇからな。グラス、てめぇもだ」

「…………」


 シンの台詞にユキとグラスが固まる。


「アタシ達は身内に厳しいのよ。身内に甘いがゆえに、()豹部隊の隊長は侮られていると言うじゃないの。アタシ、グラスに侮られるなんてごめんだわ」

「僕だって嫌だし」

「ヘッ。俺は別に侮ってくれたっていいんだぜぇ? 拳骨の1個ですみゃあ良いがなぁ」

「……別に自分は貴方達を侮ったりしませんよ……」


 口を尖らせながら『歯向かったところで勝てるわけないじゃないですか。いまだに寝起きドッキリしかけてくるし』と見当違いなことを言いながら、グラスは書類をテキパキと片付け始めた。

 それを手伝おうとユキが一声かけて書類に手を伸ばした時、手と手が触れ合ってユキの脳内に映像が浮かぶ。それは起き抜けのグラスが歩き出そうとしてピアノ線に引っかかり、派手に転ぶところだった。グラスは『いてて、またヤクーさんの仕業か』と呟きながら顔をしかめている。部屋に吊るしてあるカレンダーには昨日の日付の部分が消してあった。つまり、今朝のことだ。

 たまたま見えてしまったグラスの過去。見えたものは小さなものであったが、ユキはこれをきっかけにハノンの店主、ニーレイのことを思い出していた。


「……あの、シンさん」


 呼びかけにシンが顔を上げる。


「ちょっとお話が……」

「なんだ。辞めるのか」

「そんなわけないじゃないですか」


 即答するユキを鼻で笑いながら、シンは席を立つ。

 なぜ立ったのかと不思議そうな顔をするユキに、シンは片眉を上げて首をかしげた。


「ここじゃねぇ方がいいんだろう?」

「……あ、はい……まさかシンさんが気を遣うなんて……」

「グーとパー、どっちが良いんだ?」

「いえ、すみません。どちらもいらないです」


 2人には特に興味を持っていない仲間達をおいて、シンとユキは部屋を出る。

 道すがら、誰もいないのを確認してポツリポツリと話し始めた。


「私が他人の魔力から知恵を吸い取っているらしい……って話があったじゃないですか」


 シンは特に返事をしない。しかし、ユキは気にするでもなく続きを話し始める。

 止められないということは、ここで話してしまっても問題はないということだと判断したのだ。まずかったら止められるはずだ、と。


「あれがですね、どうも知恵とか知識だけじゃなさそうなんです。この間、ニーレイさんと接触した時に、彼女の過去が見えました。さっきもグラスさんのが……まあ、グラスさんはたいしたことないとしてニーレイさんなのですが、その過去では――」

「待て」


 ユキは突如立ち止まったシンの背中に鼻の頭をぶつける。


「いて」

「その話題に関することなら、それ以上の話はここでするな」

「は、はい……」


 真剣な眼差しのシンを見て、ユキは『ああ、やはりあのことは()()()()()()()()なんだ……』と胸が締め付けられる思いがした。

 しばらく歩いて連れてこられたのは、魔法練習場であった。その広場の奥に行くと、小さなドアがある。そこを開ければ、その中には4畳ほどの小さな空間が広がっていた。


「物置としてこの間まで機能していた。今は使ってねぇが」


 ユキの不思議そうな顔を見て、シンが部屋の説明を始める。


「ここは誰もこねぇからな。ナイショ話をするにはうってつけと言うわけだ」


 そう言ってシンが手を振れば、かすかに部屋中へ膜が張っていくような感覚がした。


「……チッ」

「え、どうかしましたか」

「防音の膜を張ったとたん、お前の方に俺の魔力が吸い込まれていく」

「あ、ああ……すみません」

「魔法の範囲がでかいと吸い取られる量も多いのか……おい、お前の魔力を使うぞ」


 そう言いながらユキに手を伸ばし、その手を首にはわせ――……


「あの、その手つき、全く集中できないのですが……」

「騎士であればどんな時でも精神を集中させるよう心がけろ」

「んなむちゃな……」


 泣きそうな声を出すユキを無視して、シンの手がユキの首をはう。


「続きは?」

「え……と……ですね……あ~……というか、あの、さっきの反応を見るに、シンさんはニーレイさんの過去をっ……ご存知、と、言うことで……ちょっと!!」


 首をはっていた手がズズッと下がって襟首からさらに下へ入ろうとしたとき、真っ赤な顔をしたユキがシンの手を止めた。


「真面目に聞いて下さい!」


 シンが小さく舌打ちをする。それに気づかなかったふりをして、ユキ話を続けた。


「それで……ご存知なんですよね」

「まあな」


 ユキはため息つく。『やっぱり』と思うのと、なんとなくシンとニーレイのつながりが深いような気がして少しだけモヤッとした。


「……ん? オイ、待て」

「え? はい」

「お前、過去が見えたと言ったか」

「え、ええ……」


 スッと目を細めるシン。

 そしてそのまま、一歩下がった。


「え? え?」


 ユキが一歩近づく。シンが一歩はなれる。


「え?」


 ユキが一歩近づく。シンが一歩はなれる。


「……なんで?」

「お前、過去を見るんだろう。触るな」

「えー! 酷い!」

「どういう条件下で過去が見られるのか分かるまで、触るな。いいな」

「なんでですか! いや、見る気なんてこれっぽっちもありませんけど、そんなの酷い!」

「ふざけんな。こちとら人格を疑われるような過去しか持ち合わせてねぇんだよ」

「シンさんの人格を疑わずに済む過去がこれっぽっちもないってことくらい、分かりきってるじゃないですか! 何を今更……!」


 スッと、再びシンの目が細められる。


「……ウッ!」


 拳骨覚悟で目をつぶるも、いつまでも予測した衝撃は来ない。


「……あれ」


 薄っすら目を開けたその瞬間、シンは床に落ちていたホウキでユキの頭を叩いた。


「いった! あれ!? なんか拳骨じゃない……! 優しい……!」

「触ったら過去を盗み見られるからな。誰が触るかよ。いいか。絶対に触るんじゃねぇぞ」


 涙目のユキが渋々了承すると、シンはホウキを投げ捨てて床に座り込んだ。


「で、ニーレイがどうした」


 そう言われていいよどむ。ニーレイのいないところで言ったとして、何かが変わるわけではない。知っていて何も出来ずにいる可能性だってある。それにあれは、触れて欲しくない範囲のはずで、そこにずかずか土足で踏み込むのは失礼だと思った。


「ああ……まあ、この際、ニーレイさんは置いておくとして、過去が見られるようですっていう報告です」

「なるほどな。まあ、こればかりは今すぐ答えが出せるもンでもねぇし。お前の()()()には相談してもいいんじゃねぇのか」

「その含みのある呼称やめてもらえませんかね」


 シンはフンッと鼻で笑うと、疲れたように片手を振る。

 スッと膜が消える感覚があり、シンは外へ出るために扉へ向かった。


「あーあ。途中からお前の魔力が使えなくなったから疲れたぜ。触れねぇってのは存外面倒だな。今日はもう帰るか」

「ちょっと。真面目になるんじゃなかったんですか。その帰るってのは部屋にですよね」

「……冗談に決まってんだろ」

「なんですかその間は。今までの行いのせいで全く冗談に聞こえませんよ」

「お前、言うようになったな」

「ごめんなさい」


 シンはブツブツつぶやきながらも小さな扉をくぐって出て行く。その後を追ってユキが扉をくぐれば、どこからともなく涼しい風が駆け抜けていく。


「ああ、涼しい……この部屋、意外と暑かったんですね」

「なあ、ユキ」


 真剣な声色のシンの呼びかけに、思わず息を止める。


「ユキ……もしお前が俺の過去を見たとして――」

「あ、こんなとこにいた!」


 グラスの大きな声に、ユキの肩が震える。

 シンが小さく舌打ちをし、そのまま鬼の形相でグラスの方へ向かっていった。


「シンさん、ユキ、今すぐ戻ってください。大変なことが――あれ、なんですかその顔。自分、何かしましたか。あれれ、シンさん。シンさん? シンさ――」


 グラスはシンに語りかけるのを諦めた。

 諦め、全力でもと来た道を戻っていく。その後ろを鬼のような形相のままのシンが追いかけていき、それをボーっとながめながら、ユキは『一体何を言うつもりだったんだろう』と、ただただ立ち尽くしていた。

感想とweb拍手へのコメントをありがとうございます!

ここ最近、全然書けなくて落ち込んでいたので励みになります……

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