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A or B

「誰もいないかな? 大丈夫……だよね?」


 ユキは路地裏で辺りをキョロキョロ見回し、龍体になった。

 久々の龍体に体がきしむ。1回だけブルブルと体をふり、周囲に幻覚膜を張る。黒かった(うろこ)はあっという間に赤色に変わり、普通の龍と同じ見た目に変わった。


《これでよし、と。あとはシンさんを……》


 そっと両手でシンを抱き上げ――


《だから服……!》


 あまりにも大慌てで出てきたものだから、すっかり着せるのを忘れていた。慌てて魔法で服を取り寄せて着せるという荒技をやってのける。思ったよりも上手くいったものの、何故か手元にパンツが残っている。それを見ないフリでシンの服の中へねじ込んだ。


《さ、さて……今度こそ》


 持ち上げれば人間の時とは大違いの軽さ。『ちょっと分厚い本くらいの重さと似ている』と思い、ユキは少しだけ驚いていた。


《へえ、こんなに重さが違うんだ。やっぱり龍って力があるんだなあ》


 そう言いながら狭い路地裏で強引に翼を広げ、バタバタと羽ばたく。しかし飛べるほど翼が動かせないのに気づき、建物と建物の間を駆け上がることにした。壁に若干傷がついていくのを無視しながら、建物の屋根までなんとかよじ登っていく。

 そしてユキは、屋上から助走をつけて大空へと飛び上がった。


《わ……おぉ……い、いける! あれから一度も飛んでないけど、意外といける……!》


 しかし、フラッフラである。

 ヨロヨロと飛ぶ様は、戦場で満身創痍(まんしんそうい)になった龍に似ていた。


《わわ……! あぶなっ……墜落する前に帰らないと!》


 ユキは必死に翼を動かすと、軍部へと向かって飛んでいった。




* * * * * *




《我が王! 一体何をしているのだ!》

《あ、シェリーさん!》


 ヨロヨロしながら飛んでいると、龍舎にシェリーの姿が見えた。ヨロヨロのままなんとか龍舎の広場へ降り立つと、わらわらと龍舎から龍達が出てきてユキを取り囲む。


《なぜここに……? 何があった。その背中のは我が主ではないか》

《えっと……色々あって》

《ああ、急いでいるようだな。理由は聞かないでおこう。さあ、こちらへ龍舎の中で人の姿に戻ってから外へ出るといい。さっき我が王が飛んできたのを騎士が見ていた。こちらに向かっているようだから、騒ぎになる前に人に戻ってしまえばバレないだろう》

《ありがとうございます》


 不安げに首を傾げれば、シェリーは自信満々に(うなず)いてユキを安心させるように微笑んだ。


《私達が一芝居打とう。他の動物が来た時と同じように騒いで、幻影の龍を向こう側へ飛ばす。そうしたら、野生の龍が紛れ込んで、我らに追い出されたように見えるからな》

《なるほど、助かります!》

《さあ、急ぎなさい。人は走るのが遅いが、ここに来るのは時間の問題だ》


 軍部内に視線を向ければ、確かに騎士が走ってきているのが見える。

 『今日はたまたま龍舎の常駐がでかけているのだ』というシェリーのつぶやきを聞きながら、ユキたちは龍舎の中へと入っていった。




* * * * * *




「な、なんとか……間に合ったかな」


 背中にまだ意識のないシンを背負い、ヨロヨロと歩き始める。

 龍舎の裏から出たのと同時に騎士が入ってきたようで『落ち着け! 落ち着け!』と龍をなだめる声が聞こえた。


「おもっ……」


 はあはあと荒い息を吐きながら、シンを引きずる。

 先ほど少し見た顔は青ざめているような気がしたし、呼吸が荒く、いかにも具合が悪そうな感じだった。なんだったら先ほどの騎士を使って運んでもらえば良かったと思いながら、ユキは医務室へと向かう。


「あと……もう、少し……」


 ようやく医務室が見えてきた頃、今まで誰にも会わなかったというのに、ふいに後ろから声をかけられた。


「ユキか? おい、なんだそれは!! シンだろう!? なぜそんなことになっているのだ!」

「え? あ、ドラゴニスさん。あれ!? その頭の包帯どうしたんですか!?」

「そんなのは後だ。それよりその荷物をかせ」


 駆け寄ってきたドラゴニスの頭にはグルグルと包帯が巻かれている。ユキがジッとそれを見れば、ドラゴニスは恥ずかしそうに視線をそらした。


「さあ、かせ」

「あ、ああ……ありがとうございます……」


 ドラゴニスにシンを預け、医務室へ運んでもらう。

 まるで書類の束でも運んでいるかのような様子を見て、男女の体のつくりの違いを思い知らされるユキであった。

 ユキが医務室のドアを開けると、ドラゴニスは小さく礼を言ってから中に入る。投げ捨てるようにしてベッドへシンを落とすと、椅子を2つ引っ張ってきてドカリと座り、その隣に座るようユキへ(うなが)した。


「ありがとうございました、助かりました」

「ああ。それで、どうしてあんなことになっていたんだ?」

「ああ~……あの、まあ……あのー……」

「……お前はびっくりするくらい誤魔化すのが下手だな」

「……すみません」


 ドラゴニスは苦笑すると『理由は言わなくていい』と言った。それを聞いてユキが安心した顔をすれば、再びドラゴニスに笑われる。


「……さて、と。まだ、お前に謝っていなかったな」

「何をですか?」

「私がお前によこした任務の件だ」

「ああ……え? 何を謝るのですか?」

「……なに、を……? 聞いていないのか? いや、まあ……そうか、なるほど。実はな、あの任務は正規の任務ではなかったのだ。罠でな。それを見抜けなかったのは私の責任だ。シンに激しく怒られた」


 それを聞いて顔をしかめるユキ。

 それと同時に嫌な予感がする。


「あの、まさかその包帯は……」

「ああ、力いっぱい殴られた。なかなか腫れが引かなくてな。詫びを入れに来るのが遅くなった」

「ああああああ……す、すみません……いや、本当に……こちらこそすみません……うちの隊長が……」

「いや、謝るな。あれはこちらの方が悪い。それに銃から拳に変えてくれただけでもありがたいと思っているのだ。銃を向けられた時は確実に撃たれると思ったのだがな」


 顔を覆ってうなだれるユキを見ながら、ドラゴニスは苦笑する。


「……私とシンは長い付き合いでな。あれがどうすれば怒るかなんて知っていたつもりだった。しかし、“つもり”というのは駄目だな。今回のことで再認識した」

「……ドラゴニスさん」


 しんと静まり返った室内。

 しかし、それはユキにとってもドラゴニスにとっても居心地の悪いものではなかった。


「ところで、これはただの魔力切れか?」

「あ、はい。そのようです」

「そうか……珍しいこともあるものだ。あ、いかん。私はそろそろ戻らないとな。お前はもう少しここにいるのだろう?」


 ユキが小さく頷けば、ドラゴニスはユキの頭を軽く撫でて立ち上がった。


「お前もあまり無理をしないように。ではな」


 爽やかな笑顔で去っていくドラゴニスを見ながら、ユキは小さくため息をつく。

 なぜ、この目の前で寝ている男はあの爽やかさをみじんも出せないのかと。

 ユキはひそかにドラゴニスの爽やかさを気に入っていた。まるで映画の登場人物のような出で立ち立ち振る舞いが気に入っているのだ。今も扉を開けて出て行くだけだというのに、その動きは洗練されていて、ユキは映画か劇を見ているような気持ちになっていた。


(『ではな』……だって)


 ニヤーッと口元がゆるむ。


「ではな――……かっこいい……なんか洋画とか物語に出てきそうな台詞」


 ニヤニヤしながら閉じられた扉を見ていると、ふいに髪の毛がつっぱる感覚がした。

 振り向けば、薄っすら目を開けたシンがユキの髪の毛をひとふさ引っ張っている。


「あ……調子はどうですか?」

「悪い」

「……でしょうね」

「風邪か?」

「…………」


 また、ユキの悪い癖が出た。

 本人が風邪だと思っているのなら、そう言うことにしてしまえば、より自分の罪は軽くなるのではないかと思ってしまった。そうと決まれば答えは一つである。


「ええ、そのようです」


 脊髄反射でそう答え、満面の笑みを浮かべる。

 しかしその直後、シンの目が鋭く光った。


「嘘だな」

「え」

「なんだその笑顔は」

「…………」


 バレた。

 即バレし、ユキはにらまれている。

 ユキは知らなかった。自分がいかに嘘をつけない人物であるかを。非常にわかりやすく顔に出ると言うのに、本人は上手く嘘がつけていると思っているのだ。


「俺に何をした」

「いや、な、何も、してないんですけど……なんかこう、自動的に……」

「……まさかとは思うが、テメェ、俺の魔力を根こそぎ吸い取ったのか」

「…………」

「どうなんだ。そうなんだな?」

「……私のせいじゃありませんし、本当にそうなのかわかりません」

「そう、なんだな?」


 シンの語尾が強くなる。


「は、はい……そのようです……十中八九……」


 聞き取れるかどうか微妙な音量でそう返せば、かわりに舌打ちが返ってきた。


(なぜ私は嘘をついたのか……)


 アイアンクローで頭をしめられる。


「あああぁぁぁ……」


 ギリギリの痛みが与えられ、なんとかその手を外そうと奮闘するユキ。しかしそれは絶妙な力加減でもって、確実にユキを苦しめていた。力が強すぎて痛みを感じなくなり、思わず『あ、痛くない』と思ってニヤーと笑えば、その瞬間シンの手の力が少しだけ弱まって痛みが戻ってくる。


「なあ」

「は、はいぃ……」

「お前、少しは安心して放っておくことができるようにならねぇのか」


 シンはキョトンとした顔のユキを見ながら、『とは言っても安心して見ていられるような女なら興味はねぇが』と内心で漏らす。いつの間にか、ユキの頭を締め付けていた手の力は弱まっていた。

 何を言っているのかわからないといった顔のユキを見ながら、シンは大きくため息をつく。


「お仕置き、だな」


 一段と低いシンの声を聞いて、ユキは息を飲む。

 しかし次の瞬間には世界が反転し、ユキはあっという間にベッドへ押し倒されていた。


「放っておくとすぐどっかにいく。かまってやらねぇとすぐに()ねる。どうにかならねぇのか。面倒くせぇ」

「え? え……あのっ……わ、私は、別に……というか面倒って」


 どんどん赤くなっていくユキの顔を見ながら、シンは少しだけ満足していた。

 耳元へ顔を寄せ、フッと息を吐けば、面白いくらいにユキの肩が跳ねる。


「なあ、お前は本当に龍みたいだな? 住んでいるところに満足できねぇと、どこかへ行っちまう」

「ど、ど、どこにもっ……行かないです! 離れてくださいよ!」

「嘘つくんじゃねぇ。なら昨日はどうして帰ってこなかった。おかげでこのザマだ」


 そう言われて、ユキはふいに自分がなぜあんなに拗ねていたのかを思いだす。

 それと同時に、全然わかっていないシンに対して怒りがわいてきた。


「シ、シンさんだって自由人じゃないですか! わた――」


 私がいながらハノンに――……そう言おうとして、ユキは自分達の関係が非常に曖昧(あいまい)であることを思い出してしまった。

 ここでもし『私は貴方の何なのよ』的な言葉を言えば、シンが特に何も思っていなかったとき、ダメージを受けるのはユキだ。さらに言えば、シンはそのような女が一番嫌いであろうことは想像に(やす)い。


「んだよ」


 続きを(うなが)すシンに、答えることができない。


「わ、わた……し、は……えーと……あな、た、の……ものではない、ので……え~……自由人、です……?」


 サッとシンの表情が変わる。

 眉間にはシワがより、緩められていた手には力がこめられた。


「いたたたたたたッ!」

「ほー?」

「だ、だって、そうでしょう!? そういう認識でいいんでしょう!? だから、シンさんだって、ニーレイさんのっ……ハノンなんかに行くんじゃないですか!」

「はあ?」


 今まで聞いたことがないような素っ頓狂な声に、ユキも思わず『へ?』と返す。


「何言ってんだお前」

「え、え? だって……ニーレイさんが……」

「何を言われたか知らねぇが、あいつのとこには、ここ最近情報収集にしか行ってねぇよ」

「えぇ……?」


 泣きそうな声をあげるユキ。

 それを見て、シンは呆れたようにため息をついた。


「なんだ、お前。何を拗ねているのかと思えば」


 言われてみれば、シンにやられたかどうかなんてニーレイは一言も言っていなかったと気付くユキ。

 シンは再び大きなため息をつき、窓の方へ視線を向けた。

 部屋に沈黙が流れる。


「…………」

「…………」


 時折窓の向こうから鳥の声が聞こえ、空は晴れており、雲ひとつない。

 すがすがしいまでの晴天であるのに、部屋の中はジメジメと暗い。


「お前……あれだな」

「はい」

「いちいち言わねぇとわかんねぇのか」

「……すみません」

「全くだ」


 ユキの目にジワリと涙が浮かぶ。

 結局、シンからは何一つ言葉が引き出せていない。

 ハノンの件は誤解だとわかった。以前に行っていたであろうことは言うまでもないが、そこまで追求するほどではないし、その権利もない。でもそれとは別の、何か名前の付けられないモヤモヤとした感情がユキの胸のうちをグルグル回り続けているのだ。


「あの、私、部屋に戻ります」

「……ああ、なるほど」


 シンを押しのけて立ち上がった瞬間、シンはポツリとひとり言をいいながらユキの腕を引く。そしてユキは、ベッドへ倒れこむ直前、シンに抱きしめられた。


「帰るって言ってるじゃないですか」

「なるほど……なるほどなあ。悪くねぇ」


 楽しそうな声色に思わず顔を上げれば、満面の笑みを浮かべたシンと目が合う。


「手間のかかる女は嫌いだ。でも、なぜかお前だと悪くねぇなと思う」

「…………」

「どうも俺は、結構お前のことを気に入っているらしい」

「なんですか……それ……」

「言い換えようか? 愛してるって言ってんだ。ああ……そうか、そうだな……愛してる、だな」

「なん……ですか……それ……ホント……」


 顔に熱が集中し、それを見られたくなくてユキはシンの肩に顔をうずめた。

 上からシンが笑う声と振動が伝わってきて、ユキはシンの背中を腹いせ紛れに叩く。


「それは……そのー……つまり私達は――……」

「お付き合いしてほしいか?」

「して下さいよ!!」


 キレ気味にそう言えば、またもユキの上から笑い声がふってきた。


「俺は一人の女に縛られねぇタイプなんだよ。付き合うことに何の意味がある?」


 意地悪そうにそういうシンに、ユキはキュッと眉を寄せる。


「ふーん。じゃあ、私もアミンのシュウさんに会いに行こ。シュウさん、優しいし」


 そういった瞬間、ユキへの拘束力が増した。


「ぐぅぇぇ……!?」

「なんだそれは。嫉妬させようとしてんのか? 可愛いな、お前」

「ギブギブギブギブ……!」

「なるほど、そうか。今まで考えたこともなかったが、“付き合う”ってのは首輪と同じなんだな」


 何か間違った方向へ納得したシンは、ユキの拘束を解くと首に手をかけて力をこめた。


「んぐあっ……く、シン……さん!!」


 手は一瞬で離れていったが、ユキはむせながら首に手をあてる。

 そして首に何かが付いているのに気が付いた。


「し、絞められた……なんで!? ん? あれ……これは?」

「俺のだ。所有物には名前を書かねぇとな」


 やたらとご機嫌なシン。

 その笑顔に嫌な予感がしつつ、ユキも曖昧に笑う。そして手で触った感じ、首につけられたそれは少し冷たいチェーンのような物だと分かった。ペンダントトップのような物もある。


(あれ、まさか……)


 淡い期待。


(まさか、これは……初プレゼントでは……? 俺のって……なんか嬉しい……)


 どういう経緯で渡されたのかも忘れ、ユキの心臓は高鳴り、顔に熱が集まっていく。


「さて、次はお仕置きだが」

「え」

「痛いのと気持ちいいのと、どっちがいい?」


 シンの目がギラリと光る。

 顔は笑っているが、目は笑っていない例の見慣れた表情だ。ゴクリと唾を飲み込んだユキは、小さく『どちらもご遠慮願います』と言ったが無視された。


「痛いのと、気持ちいいのだ。選べ」

「あの……あの……」


 段々迫ってくるシンに再びベッドへ押し倒され、ユキの顔はいまや真っ青になっていた。


「あの……」

「2個も選択肢があるんだぞ。嬉しいだろ」

「…………」


 クッと上がるシンの口角を見て、ユキは全てを諦めた。

シンを真っ裸のまま連れて来てしまったので加筆しました。

ご指摘ありがとうございます!

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