帰還。
「酷ぇ顔だ」
「シンさんは綺麗なもんですね」
「俺は腰しか撃たれてねぇからな」
2人は帰ってきていた。
いまだユキはベッドの上から動けないが、命に別状はない。顔は腫れ、体中アザや切り傷、擦り傷だらけ。ずぶ濡れのまま、満身創痍で倒れている2人を見つけた仲間は、脈を確かめるまでもなく死んでいると思った。
「……生きていて良かったですね」
「お前が命をわけてくれたんだろう? あれは、夢じゃあなかったんだろう?」
「……どうでしょうね」
照れたようにそっぽを向くユキ。
「夢じゃあなかったんだな」
満足げにそう言ったシンは、ユキに覆いかぶさるときつく抱きしめた。
「なんでお前のことを男だなんて思ったんだろうな」
「間抜けだからじゃないです――イタタタタ!」
ギリギリと肉をつまむために力を込めるシンの指をなんとかはずそうともがいていると、医務室の扉がノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのはアルージャ。
「ユキ」
「アルージャさん……」
「……ユキ」
アルージャは、ユキの近くまで来ると力いっぱい抱きしめた。
「すまない、ユキ……こんなことに……ああ、私はまだお前に謝っていないことがある……お前が、どういう意図で国に召喚されたのか、知っていたのだ……私も王族の端くれ。あれがお前をどう利用しようとしていたか知っていた」
苦しげにそういうアルージャの声を聞いて、ユキは少しだけ目を見開いた。
「だから、助けたかったのだ……もうこれ以上、我々の勝手な理由で苦しむ人が出てはいけない。例えそれが大勢を助けるための最小の犠牲だとしても、他にもやりようがあったのではないかと、そう、思ってしまったのだ……なのに私は、お前を苦しめてばかりで――」
「……謝らないで下さい。私、アルージャさんに助けてもらったこと、本当に感謝しているんです。あの時、私を買ってくれたのが貴方で良かった。アルージャさんの息子になれて、本当に良かったと思っているんです」
「娘なのだろう?」
その言葉に、ユキは目を見開いた。
「色々本当にすまなかった。なぜ男だと思ったのだろうな。こんなに可愛いのに」
「間抜けだから、だろ」
「……ああ、違いない」
苦笑するアルージャ。
アルージャがユキから離れると、ユキは目を丸くしてアルージャを見つめていた。
そして震える声でポツリとつぶやく。
「いつ……気づいたんですか……?」
「情けないことに、シンから聞いたんだ。だが、言われてみれば、女性にしか見えなくてな。本当に……すまなかった」
くしゃりと顔を歪めてユキが涙を流す。
それを見てなんとも言えない気持ちが湧き上がったアルージャは、愛情に溢れた眼差しでユキを見つめ、再びユキをきつく抱きしめた。
* * * * * *
「まさかお前が部屋を出て行くなんて気を回すとは思わなかった」
「気が利くだろう? 義父さん」
ピシリとアルージャが固まる。
「……その件については今度ゆっくり話し合おう」
「その必要はない。決定事項だ」
「……シン、我々はゆっくり話し合う必要がある」
なおも食い下がるアルージャを鼻で笑うと、シンは部屋の中へと入っていった。
「おい、シン」
しめられた扉のドアノブを握る。
しかし、それはピクリとも動かない。
「……ん? 魔法か……! 忌々しい……おい、開けろ!!」
「ちょっとちょっと……どうして王様がこんなところで大声をあげてんのよ」
「ああ、お前達か。私は今忙しい。放っておいてくれ」
「俺らだって忙しい中、ユキの見舞いに来てんだよ」
「どいてよね。邪魔なんだけど」
「それがドアが開かんのだ。シンのやつ、内側から鍵と魔法を使いおった」
その一言にくいついたのはレディスだ。
一気に般若の形相になり、『はあ!?』と大声を上げる。
「ちょっとユキ! アンタ怪我人のくせに何やってんのよ!! コトと次第によっちゃあブっ殺すわよ!!」
「やめとけやめとけ。水を差すな水を」
「ヤクーは黙ってなさい!」
「何それ……じゃあこれしばらく開かないってこと? うざ。僕、帰る」
「俺も馬に蹴られたくねぇから帰るわ」
そう言うとキャッツはきびすを返した。
ヤクーもそれに続く。
「おい、シン! ここを開けろ!! 王命だ!」
「ユキ!! アンタ、シンに何かしたらただじゃおかないわよ!! ちょっと、聞こえてるの!? ちょっと!」
この日の夕方、やたらと声の枯れた王に、謁見した誰もが不思議そうな顔をしていた。
そして夜には満ち足りた顔のシンが医務室から出てきて、それに遭遇した者が怯えるという事象が発生。ユキは軍医の見立てよりも少しだけ退院が延び、やつれた顔をしながらも魔法で必死に防壁を張る姿が度々目撃された。
管理の関係上、ここで一旦切ります。
明日からは『下』の物語が始まります。