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初めまして、ご主人……様?

「起きろ」


 突然の頭部への衝撃にビクリと体を震わせ、ユキは跳ねるようにして起き上がる。そこでようやく自分が居眠りをしていたのだと気づいた。目の前にはアルージャとは違う大柄な男の姿。

 ユキはシンのあまりの目つきの悪さに小さく息を飲み込むと、剣呑(けんのん)な雰囲気を感じ取って反射的に後ずさった。シンは片手に本を抱えており、それで頭を殴ったのだと気づいたユキは、叩かれた頭を押さえてさらに身を縮める。


(この人……誰だろう……まさか商人の男の仲間? あ、でもアルージャさんと同じ制服……じゃあ軍人? こんなに顔が怖いのに……? それに制服もだらしない……顔が格好良いだけにめちゃくちゃ怖いんですけど……)

「お前がユキだろう? 俺はシンだ」

(何か言われてる……私のことだろうけど、何を言っているのかわからない)

「シン」


 目線を合わせるようにグッと近づけられた顔。

 その近さに驚いて体を引くと、シンによって頭をつかまれ、引き戻される。


「シン、だ。ほら、言え。シン」

『シ、シン……もしかして、貴方の名前ですか? シン?』

「……発音がイマイチだが、まあいい。おい、クソ面倒くせぇことに、これからお前は俺らが預かることになった。つっても、お前は何を言われているのかわかんねぇだろうから、とりあえず大人しくついてこい」

『え? ご、ごめんなさい、私、貴方がなんて言っているのかわからなくて――』

「行くぞ」

『わあ!?』


 何を言われているのかわからないまま、ユキはシンに腕を引かれて部屋を出た。




* * * * * *




『あのっ……歩くの早いんですけど! ここどこですか!』


 シンは答えない。

 ユキをアルージャの部屋から引っ張り出してしばらく。こうして軍内部を引きずり回しながら、シンはただ腕をグイグイ引っ張って、後ろで転びそうになりながらもなんとかついてくる小さい生物をこっそり観察していた。

 そこで一つの異変に気づいた。


「……お前、腕――」


 しかし、瞬時にユキがどこぞの国のスパイである可能性が頭をよぎる。

 ここで余計な話をするのは不味いのではないか――……と。


「……細ぇな。こんなんじゃ使い物にならねぇじゃねぇか」


 今自分の頭の中に浮かんだ言葉を飲み込み、シンは別の言葉を吐いた。


『え!? なんですって? なんて言ったんですか? ああっ……もう! ひっぱらないでよ……! 転ぶでしょう!?』


 散々引っ張りまわして軍部内の人達をギョッとさせてから、シンはようやく1つの扉の前で立ち止まった。


「ついたぞ」

『ここ、どこ……というか、アルージャさんはどこ……』

「アルージャ? あの爺さんのことを言ってんのか? あの爺さんなら拘束中だ。お前は今日からここで暮らすんだ。お前の面倒は俺が見てやる」


 話しながら扉を開ければ、ムアッと広がる熱気。男臭いニオイにユキが顔をしかめるも、それを無視してシンは扉の中へと入っていく。

 その後に続いて恐る恐るユキが中に入れば、そこにはごくごく一般的な事務所のような光景が広がっている。中には4人の男がそれぞれのデスクについており、シンを目にとめると口々に挨拶をした。

 その中の一人がいぶかしげな表情でシン達を見る。


「シン隊長、その子供は……?」


 真っ先に声をかけてきたのは、短く刈り上げた金髪に赤い色の目をした男だ。フレームレスのメガネをかけ、真面目そうな顔をしている。

 そしてこの男は名をグラスといい、期待を裏切らず見た目の通り真面目な男で、軍内部ではシンの部隊唯一の常識人と言われていた。


「やーあ、我らが死神部隊の一番真面目な期待の星、グラスくんじゃないか」

「……あれ、なんだろう。なんだか嫌な予感しかしないのですが」


 ジト目でシンを見つめるグラスは早くも身の危険を感じ、目を細めて息を詰まらせる。その様子を見て、シンはニヤリと口角を上げた。

 グラスはとにかく普通だ。その普通さを気に入ったシンが黒豹部隊へと引き抜いたのだ。正確に言えば、“自分のことを普通だと思い込み、周りも普通だと思い込んでいるが、その実、全く普通ではない”ところが気に入った。

 家柄も顔も力も魔力も平々凡々の男……それがグラスの評価だ。なのにエリートでもある黒豹部隊へと、隊長(シン)自らが引き抜いた。それが一部の隊員の恨みと同情を買うことになり、少なからずいじめのようなものを受けているのはまた別の話。


「喜べグラス。総統自ら()()()任務をおあたえになった」

「え、総統が……? それは凄く嬉しいのですが……それって本当に自分への任務ですか……?」

「ああ、嬉しいだろう? お前の尊敬する総統が自らお前にあたえた任務だ」

「何それ。なんで僕じゃないの? なんでコイツ?」


 不満げな声を出したのは、ゆるいパーマがかかった薄い紫色の髪の男で、名をキャッツという。頭には獣の耳が生えており、紺色の瞳の中にある瞳孔は縦に長い。猫の獣人だ。

 キャッツは暗器を使わせたら右に出るものはいないと言われ、その体内外に多数の暗器を隠し持っている謎の多い、そして変態じみた奇人として軍内部では避けられる存在である。

 その不機嫌そうな表情を浮かべたキャッツにからんで楽しそうにしているのは、ピンクの豊かなスパイラルパーマと若草色の瞳のエルフだ。


「キャッツ。アンタには向いてないってことよ」


 ところで、シンが言った死神部隊には黒豹部隊という正式名称がついており、残虐さ、遂行任務率の高さ、またターゲットの生存率の低さから死神部隊と軍部内で揶揄(やゆ)されている。

 他にも駄犬だとか治外法権部隊だとかの蔑称(べっしょう)は色々あるが、メインとして使われているのは死神部隊だ。

 またその特性からついてこられる女性隊員がおらず、キャッツを挑発した気持ち()()は女性のレディスが、唯一の“自称女性隊員”とされている。

 エルフは引きこもり一族と呼ばれているものの、レディスは積極的に外部と関わる変わり者でもあった。エルフの名に恥じぬ魔力は軍部内でも一二を争う実力者だ。


「なにそれ、超ムカつく。こーんな平凡な男に向いてて、僕に向いていない任務ってなんなわけ?」

「育成任務だ」

「育成?」


 シンの言葉にキャッツの目が細められる。

 そのいぶかしげな視線を無視して、シンは後ろに隠れているユキをみんなの前に押し出した。


「グラス、これを育てろ」

『お、押さないで下さい……!』

「異国語……? いったいどうなっているんですか……」

「言葉は知らない。というか、何も知らない赤ん坊と同じと思え。実際に何も知らん」

「ギャハハ! 良かったなグラスぅ~? お前、こういうの得意だろ?」

「そんな……ヤクーさんまで……」

(何この人、ピアス多い……刺青まで……)


 若草色のツーブロックの髪型をしたヤクーと呼ばれた男は、体中にトライバルとピアスをつけている。オレンジ色の三白眼はまるで蛇のようだ。一応、人間である。

 ユキはこの男が何を言っているのかわからないなりに、見た目だけでこの男を危険人物だと判断した。

 実際にそのとおりで、気に入らないという理由で仲間を瀕死に追い込んだ前科がある。その根性が気に入ったとして、ヤクーをシンが引き取ったのだった。


「と、得意って……子供なんて育てたことないですよ……!」

「僕パス」

「アタシも」

「ま、オレも無理だわな。ンな面倒なことできっかよ」

「と……言うと思ってのグラスだ。いいか、総統の奴隷だ。大事にしろよ」


 “奴隷”という言葉にみんなが反応する。

 それもそのはずで、総統は奴隷反対派で有名だった。その男が毛色の珍しい奴隷を所持している――……それだけでも十分に驚きなのに、真面目な男が所有物の管理を他人に任せるなんぞ考えられない事態なわけで、これは非常に男達の興味を引いた。


「……ねぇ、何にも説明なしなんだけど、なんかないわけ?」

「ない」

「でた、面倒くさがり。まあ、放浪癖のあるシンに世話を任せなかっただけでも、総統の判断は正しかったんじゃないの?」

「そぉねぇ? まあ、グラスちゃんはまともだからねぇ? 頑張るしかなさそうよ、グラスちゃん?」

「そ、そんな適当な……そんなのでいいのか……この子は人間なのに……」


 みな勘違いをしているが、アルージャが世話を頼んだのはシンである。

 アルージャは早々に判断を誤ったのものの、幸いにして1人だけいた貴重な常識人寄りの考えを持つ者の存在により、ユキは当面の生活は保障されたのだった。

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