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狂犬、噛み付く。

「ユキ」


 ユキは動かない。


「ユキ」


 ゆすっても動かない。


「ユキ」


 髪を引っ張っても。


「ユキ」


 頬をつねっても。


「ユキ」


 ユキは、もう動かない。


「……ユキ」


 シンは絶望した。

 指先で撫でるユキの頬はまだ温かいと言うのに、死んでいると知って。またもや自分がユキを守ることができなかったと知って。

 ()()()とは違うのだ。あの時と違って、今は確実に自分がユキへ他人とは違った思いを抱いていると確信したのに、その大切な存在を死なせてしまった。

 黒龍は命を分けることができると知っていた。しかし、だからと言ってユキが死んでも大丈夫な理由にはならなかった。


「俺は……弱い……」


 そう呟いた瞬間、ジャリッとシンの後ろで音がして、シンは反射的に音の方へ銃を向ける。

 間髪おかず響く銃声。


「……ッ! 危ないですね……お前のせいで仲間が何人か死にましたよ」

「…………」

「おや、それも死んだのですか? アハハ、意外と持ちましたね。最後のお別れはできましたか? 恋人だったのですか? 最後にキスでもして目覚めさせてあげてはいかがです? そうすれば目が覚めるかもしれま――」


 再び銃声が響く。

 男は続きを言うことなく倒れた。


「ユキ」


 シンはユキを力いっぱい抱きしめると、大きく息をはく。


「……これは……俺、への……罰なのか……?」


 ぐらりと揺れるシンの体。

 覆いかぶさるようにして倒れたシンの腰辺りには、おびただしい量の赤が広がっている。

 一発目の銃声はシンではなく敵の放った銃の音であった。




* * * * * *




「…………」


 ユキの目が開く。

 朝に目が覚めるように自然に開く。周りは暗闇で、まだ夜なのかと思った。しかし地面はない。空間にプカプカと浮いているのだと気づく。小さくあくびをして大きく伸びをした。


「……私、何をしていたんだっけ」


 考えるのも面倒で、ユキはプカプカとただ空間を漂っていた。

 そして唐突に思い出す。


「……ああ!?」


 飛び起きて辺りを見回すも、誰もいなければ何もない。


「どうしよう、私、たぶん死んだ……!」


 いつものようにキラキラの男がいるのかと思ったが、男は現れない。

 名前を呼ぼうとして、あの男の名前を知らないことに気づいた。


「えっ……本当にどうしよう……!」


 オロオロとあたりを彷徨い、そして一つの言葉を思い出した。


「そうだ、私、命をわけられるんだ……! で、でもどうやって使うの……? あの人、使い方とか何も教えてくれなかった……! シンさんどうなったんだろう。まだ敵がいるのに……あの牢屋にいる人だけじゃないのに……気づいてるかな……? シンさんが殺されたら……私、私は……」


 涙がジワリと浮かぶ。

 それが頬を伝う前に、足元から光りの粒子が立ち昇っていることに気づいた。それはどんどん量を増やし、ユキの体を包み込んでいく。


「これは……」


 ユキにはこれがなんなのか、なんとなくわかった。


「温かい……」


 そうつぶやくと同時に光り溢れ、ユキの視界を奪う。

 あまりの眩しさにギュッと目をつぶり、小さくうめいた。ようやく光りがおさまってきたのをまぶたの裏側で感じで薄っすら目を開けると、目の前にはシンの綺麗な顔があった。


「シンさん……シンさん、私……生きてました。命をわけるなんて初めてやったけど、上手にできま――」


 苦笑しながらそういい、異変に気づく。


「……シンさん?」


 震える手を伸ばし、その頬に触れた。


「…………」


 ゆっくり体を抱きしめる。


「!」


 ぬるりとした感触に驚いて手を離せば、その手は真っ赤に染まっていた。


「……え」

《王よ……! 我が、王よ……!! 生きておられると信じていたぞ……!!》


 建物震えるほどの咆哮。

 鼓膜が破れそうなほどの音量にも関わらず、ユキは反応できずにいた。


「……シェリー?」

《ここに》

「シンさんは、どうしたの?」

《……死んだのだ、我が王》

「どうして?」

《後ろからの敵に気づくのが遅れた。我が王の死に動揺していたのだ。攻撃の手は敵の方が一瞬早かった……主を守ることができず、私は……それをッ……見ているだけだった……》


 シェリーの声が震え、どんどん声が小さくなっていく。

 ユキは酷く冷静にそれを聞いていた。


「死んだ……? シンさんが?」


 震える息を吐く。


「死んだ……」


 ジッと顔を見つめる。

 シンの顔はまだ薄っすら色づいており、寝ているだけのように見える。


《我が王よ……失礼を承知でお願いがある。どうか、我が主の命を救って欲しい。命をわけてあげてほしいのだ。黒龍であればそれができる。怒りは我が命を持って受け止めよう。だからどうか……どうか――》

「……命……そ、そうか、その手があった!! 助けられる……! 私でも、シンさんが助けられる……!!」


 希望の光りが差し、止まったはずの涙が再び溢れ出した。


「シェリー……シェリーの命を取っちゃったら、私、シンさんに怒られちゃうよ。それに、私が悲しい」

《……我が王》

「あとね、シンさんを助けたいのは私も同じなの……私、シンさんのこと、前より好きなっちゃったみたいだ」


 鼻水を垂らしながら照れくさそうに笑う少女を見て、シェリーの瞳からも涙が零れ落ちた。


「シンさん……ちょっと待ってて下さいね」


 おでこをピタリとつけて、目をつぶる。

 魔力が流れ込むイメージを思い浮かべれば、シンとの接触面がほんのり温かくなっていった。


《ああ、なんと美しい景色――》


 光りの粒子がシンとユキを包み込む。

 それはクルクルとまわり、やがてあたりは夜明けの太陽のような白い光りで満たされた。

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