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新人の奮起。

「部隊を離れたい、だ?」


 シンの機嫌は急降下していた。


「は、はい……でも除隊ではなく、その、武者修行というか……」

「必要ない」

「……どうしてですか」

「お前が在籍しているのは騎士としてではなく、俺らでお前を監視するために在籍しているだけだからだ」


 ハッキリと戦力外であると伝えられ、知ってはいたものの落ち込む。


「いいじゃないのぉ。井の中の蛙になるよりはいいわよ。可愛い子には旅をさせろって言うでしょ? 守られる一方って言ったって、寝室からトイレまで一緒ってわけにはいかないんだもの。少しは強くなってもらわないと」

「シンさん、お願いします……」


 シンの目をジッと見つめるユキ。

 しかし、シンはその目を見ようともしない。


「お前、耐えられるのか? そこらの騎士と同じ訓練方法に。キャッツとのお遊びがお遊びにもならなかったお前が?」


 シンはユキが女であると知っている。

 だからこそ『お前には無理だ』と言外に言うが、ユキもひいてはいられなかった。


「やりたいんです」

「…………」


 ジト目でユキを睨みつけ、それから大きくため息をついた。


「ならば好きにしろ」


 そう言った次の瞬間には、もう興味が無いような表情になっていた。




* * * * * *




「オーロクさん!」

「ん……な、なんだ、お前か」


 突如声をかけられ振り向けば、後ろには先ほど引きずられるようにして去っていったユキがいた。

 まさかキラキラした目で再び会うことになるとは思わなかったので、わずかばかり動揺する。


「あの、先ほど鍛えて頂けると仰っていましたよね! ぜひお願いしたいのですが!」

「はあ?」


 一体何を考えているんだ……と不信感がつのる。

 しかし、ユキは目をキラキラさせたまま、拳を握りこむと鼻息荒くまくし立てる。


「グラスさんから聞きました。オーロクさんの勇士を! なんでも、新人時代に敵兵に囲まれた小屋を一昼夜守り通したらしいですね!」


 そう。

 まったくの偶然ではあるが、オーロクはこの功績が称えられて小隊を任されている。

 あれはまだオーロクが入隊して半年のことだった。肝心要の中継地点にある小屋を、オーロクと数人の仲間、それから上官が守っていた。しかし、オーロク以外の人間騎士達は、腐った食料を食べて再起不能におちいったのだ。

 それは敵の罠であった。

 幸いにして、オーロクは非常に胃が強く、多少腐ったものでも問題なく消化できる。つまり、敵が襲い掛かってきた時に動ける者はオーロクしかいなかったのだ。無我夢中で、大怪我を負いながらもなんとか味方の騎士がたどり着くまでもたせた。それは意地であり、強運であり、狼人間の馬鹿力でもあったが、本人はそこをよく理解しているので、この話をされるのが好きではない。


「…………」

「だから、そんなオーロクさんに見てもらえれば私は――」

「あれは忘れろ」

「えぇ!?」


 ユキからすれば青天の霹靂である。

 先ほどまで教えてやると息巻いていたのに、この短い間で一体何が……そう思い動揺する。


「お前は大事に守られていればいい。そうなんだろう?」

「ち、違います……! 私だって守りたい人がいるんです!」

「シンのことか」

「は? いえ、父ですが……」

「父? 王か? 王は黒豹部隊が守っている。お前が守らずとも、鉄壁の防御だろうが」

「そ、そうなのですが……そうではなく、自分の父は自分で守りたいのです」


 これを聞いて、オーロクは思わず頭を抱えそうになった。なんて世間知らずなガキなんだろうと。胸の奥底からドロドロとした感情がこみ上げてくる。こいつはどこまでも能天気なボンボンだと。

 父親は国王である。

 黒豹部隊の守りといえば、破れる者はいないといわれるほどに最強の守りだ。そんな中にこんな親が凄いだけの子供が入れば、それは邪魔でしかない。

 先ほどはしごいてやるつもりで『鍛えてやる』とは言ったものの、冷静になってみると色々とマズイということに気づいた。それに、そんな真面目な新人時代のキラキラした空気は、もうオーロクには見ているだけで毒だったのだ。そういう時期はとうの昔に過ぎていたのだから。


「オーロク。自分で言い出したんだから、面倒を見てあげなよ」


 そう簡単に言う同僚(ハンス)を睨みつける。

 コイツは何もわかっていないと思った。


「駄目だ。他をあたれ。俺は貴族のボンボンの相手をしているほど暇じゃねぇんだよ」

「お願いします! 怠けたりしません! 今、私に教えてくれるのは貴方しかいないんです! 我が部隊の人達は……その……」


 “強すぎるから”

 そう言いたいのだろうと思った。

 強すぎる者というのは教えるのに向かない。弱かった時代がないから、他人にモノを教えるのが下手なのだ。それは自分の強すぎる上官を見ていればわかる。


「何をもめている」

「ドラゴニス隊長」

「え? 隊長? ドラゴニスさんって隊長だったんですか?」

「ああ、ユキ。君だったのか。オーロクは我が部隊の隊員だが、何かあったか?」


 現れたのはドラゴニス。

 シンのお気に入りとオーロクがもめていると聞いてやってくれば、もめているとは違う微妙な空気が流れていた。何をしているのかと思って近寄ってみれば、土下座する勢いで小さな生き物がオーロクにすがり付いていたのだ。そして珍しいことに、オーロクは跳ね除けるでもなく困惑の表情を浮かべている。


「実は――」


 困ったような表情を浮かべたユキを見て、オーロクはかすかに嫌な予感がした。




* * * * * *




「なんだそんなことか。面倒を見てやれ、オーロク」


 だから、オーロクは嫌だったのだ。

 ドラゴニスが出てきてから、オーロクはずっと嫌な予感がしていた。ユキが困ったような表情を浮かべたとたんにその嫌な予感は濃くなっていき、説明が終わる頃にはだいぶ逃げ出したいと思っていた。


「…………」

「どうした? 嫌か?」

「オーロク、僕からも頼むよ。そもそも君が自分で言い出したのだから、言葉には責任を持たないと。君が言うところの貴族の馬鹿どもと同じになってしまうよ?」

「おい、一応私も貴族なのだが」

「あれ、そうでしたか? アハハ、すみません、ドラゴニス隊長」


 みな随分と軽々しく言うが、オーロクは正直、嫌であった。

 しかし、それを言っても通じないだろうと長年の経験からそう判断したオーロクは、大きくため息をつくとポツリともらす。


「……明日から朝5時に訓練室へ来い」

「え……」

「俺の朝練習が始まる前に少しだけ見てやる。あと夜は就寝時間前までなら見てやれる」

「あ……ありがとうございます!」

「良かったな、ユキ」


 こいつもユキに陥落(かんらく)させられたのか、と内心で大きな舌打ちをすると、オーロクは何も言わずに2人の脇をすり抜けて去っていった。

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