万年新人。
「よぉ、へっぽこ新人」
「おいおい、どうしたそんな顔して。まだビビッてんのか? アハハハハ」
先ほどからこの呼び方しかされていないが、ユキには文句一つ言う資格がなかった。
全然知らない人にそう呼びかけられ、ある者からは『残念だったな』とか『まあ、キャッツ相手に大健闘だ』などと慰めの言葉ももらった。はあ、とため息をついたとき、目の前に立ちふさがる影に気づく。疲れた顔のまま頭を上げれば、目の前には片耳のない狼人間が立っていた。
この耳がシンによって撃ち落されたのだということを、ユキは知らない。
「おい」
「はあ」
「なんだその気の抜けた返事は」
「すみません……」
「…………」
それ以降、狼人間はなにも言わない。
「……あの、なにか?」
「オーロクだ」
「オーロク? あ、名前……オーロクさんですね。どうも、ユキです」
「お前がシンのお気に入りか」
「は?」
シンの名前が出て、ユキはようやく姿勢を正す。
「……気にくわねぇ。なんだあの決闘は。お前、それでも黒豹部隊か」
「すみません……」
全く持ってそのとおりだと思った。
自分は黒豹部隊にいていい人間ではないと心の底から思っている。平凡だと思っていたグラスは、よくよく観察すると事務処理が得意なのだ。それに知識もあるしフォロー能力も高い。
なるほど、これなら引き抜かれるわけだと思った。
しかし自分はどうか、そう考えた時に、自分が黒龍であるという1点しか要素がないと思った。しかもそれは自分の努力で得た能力ではないし、使いこなせていない。
「男なら何か言い返せ! そんなのだから馬鹿にされるんだろうが!!」
「すみません……」
「ぐっ……!」
「オーロク! いい加減にしなよ。可哀想だろう」
「……ハンスか」
後ろからやってきたのは、線の細い男。オーロクの片耳と引き換えに命を救った男だ。
わかりにくいがハンスは兎人間であった。魔力が高いため白魔法騎士をやっている。その魔力で自らの姿を人間のように見せているものの、驚いたりすると兎の耳が飛び出したりする。女子であれば可愛げもあるが、男なので“なよなよしい”と思い、ハンスはこれをあまり好きだと思えずにいた。
「ごめんね。ハンスはシンに憧れているから、君みたいな目をかけてもらっている人が憎いんだ」
「誰がそんなことを言った!! あいつになんぞ憧れてたまるか!!」
全身の毛が逆立つオーロク。
何気に失礼なことを言い、しかもその自覚がないハンス。なんだか変な人に絡まれてしまったと思いながら、ユキはバレないようにため息をついた。
(どうしよう、なんか面倒なことになってきた……これ以上、巻き込まれないうちに――)
「おい! 俺がお前を鍛えてやる!!」
「えぇ!?」
「その女みたいな面! 女みたいな言動! 女みたいな体系! 何を取っても馬鹿にされる要素しかないのに、お前はそのままで良いと思っているのか!?」
「い、いや……どうしよう、面倒くさいな」
「なんか言ったか!?」
ユキは困惑していた。
どうしてこんなことになったのかと考えるも、全く原因が分からない。貰い事故もいいところである。
「おう、ユキじゃねぇか。何やってんだこんなトコで。おかげで俺様が探すハメになっただろうが」
そこへやってきたのは、不機嫌そうな顔をしたヤクーであった。
「ヤクーさん! 丁度いいところに!」
「……ああ~、忘れてた。俺は用事を言いつけられていたんだった。じゃあな、ユキ」
「待って下さい……! ちょっとだけ……!! 今私のことを探しに来たと言っていたじゃないですか!!」
「や、やめろ、触るな!」
何かを敏感に察知して逃げようとしたヤクーを引き止めるユキ。
もみ合っていると、毛を逆立てたオーロクが足を踏み鳴らした。
「早く決断しろ!」
「声でかっ……わけがわからねぇ。何の話だよ」
面倒臭そうな顔をしつつ、ヤクーがユキを引き剥がして乱れた洋服を調える。
「コレがこんなに女臭いと言うのに、お前ら黒豹部隊は育てもしないのか!」
「ああ、それな。いいんだよ、コイツは」
「なぜだ! それで戦場でやっていけるとでも思っているのか!!」
「いや、そんなんじゃねぇんだよ、こいつは。死んだら困るからなにもさせねぇだけだ。考えてもみろ。目を放した隙にどこかに行き、俺がこうして探すハメになった。これを戦場でやられてみろよ? 弱ぇからあっけなく死ぬし、ちょっと睨めば涙目だ。お遣いを頼めば迷子になるし、頼んだ資料は自分の背より高いところにあったから取れなかったと戻ってくる。こんなのあぶなっかしくて書類運びもさせらんねぇよ。なんだったら箱にしまって飾っときたいぐれぇだわ」
ヤクーに自覚はない。自覚はないが声が非常に大きいのが特徴だ。
このユキの醜態は、大勢の人が知るところとなった。
「何を言っているかわからんが、そんなに使えないのに部隊にいるということは、やはりあの“アルージャ様の息子だから入れてもらっているだけ”というのは本当のようだな」
「!」
この噂はユキも知っていた。露骨に言われもする。
しかし、そのとおりなので何も言えない。
「……行くぞ、ユキ」
「…………」
「それでいいのか! 貴様は、ずっと守られたままでいいのか!」
叫ぶオーロク。
オロオロするハンス。そのどちらとも目を合わせることができないまま、ユキはヤクーに引きずられるようにしてその場をあとにした。