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勝鬨の声。

(……どこだ……どこにいる)


 ユキの姿を探すキャッツは、龍を警戒しつつ辺りを見回す。


(考えられるものとしては、無意識に魔力を使ってどこかに身を隠しているくらい……か)


 しかし、キャッツが先ほど観客席を探した時には見当たらなかった。

 であれば、どこかに身を隠しているのか、と思い再度気配を追うも、龍が来たことによって濃厚な魔力が辺りに充満し、かすかに感じられていたユキの魔力はすっかり感じ取れなくなっていた。他に闘技場内で隠れられるようなところはない。

 そもそも闘技場と言うだけあって、邪魔なものは何もないつくりになっているのだ。


(あの馬鹿は気配を隠すってことを知らないから、近寄ってきたらすぐに分かるはず。近寄ってきてから殴るのでも十分間に合う。となれば――)


 キャッツが注意しなければいけないのは、目の前にいる怒り狂った2頭の龍だ。


(あれさえ避けられれば……あいつらの弱点はなんだ)


 龍に関する知識を一気に脳から引きずり出す。

 キャッツの父は騎龍に乗ることができた。キャッツは龍との相性が悪く乗ることは叶わなかったが、その父の言っていた言葉が蘇る。


『龍と言うのは忠誠心に厚い生き物だ。こちらが誠意を見せれば、向こうも見せてくれる。お前はそれが足りないのだろうな』


 ――思い出し、少しイラッとした。


(全然役に立つこと言われた記憶がないんですけど)


 あとはせいぜい、ウロコが薬になるとか、ブレスには気をつけろとか、おおよそ“今、即戦力になる情報”ではない。


(忠誠心……あいつらの忠誠心は主にある。なのに主に関係なくここに飛んできたということは――)


 パッと頭の上からライトを照らされたようなひらめき。


(そうか、ユキが黒龍だからか。黒龍は全ての龍の王と言われている。()()()()()()()()()()んだ)


 そう知った瞬間、ゾクリと肌があわ立つ。

 自らの王が助けを求めれば、龍は全力を持って助けるだろう。全力を出した龍が2頭。ルール上、動けない上に飛び道具も使えない自分。


(やってくれたな……!!)


 もはやこれは、卑怯どころのレベルではない反則技であった。


「龍に任せて、自分はどこかに隠れるってわけ!? ふざけんなよ、あの馬鹿新人!」


 龍の口には、バチバチと光る集合体が集まっている。

 ブレスの前兆である。キャッツは慌てて防壁を何重にも張るが、これで防ぎきる自信は全くなかった。

 腕一本――いや、生きていれば運がいい。ポタリと、汗が地面に落ちた。




* * * * * *




「……どうしよう、手は出さないでって言ったけど、ブレスの準備してる? 放たないよね? 放つふりしてるだけだよね?」

「お前はいつまでそこにいるんだ」


 前を向いたまま呆れたような声を出すシンに、ユキは泣きそうな目を向けた。


「だって……」


 ユキは、あの瞬間に転移魔法を使っていた。

 使えないと思ったそれ(魔法)は、命の危機に瀕して偶然発動したのだ。慌てて元に戻ろうと思ったものの、魔法はもう使えなくなっていた。おそらくは戻りたくないという潜在意識のせいだ。

 そしてユキの現れた場所と言うのは、アルージャが座っていた椅子の真下である。アルージャの足と足の間から顔を出し、アルージャの両足を自らの両手で抱えながら、闘技場の中央をジッと見守っていた。

 あの時、一度立ち上がったアルージャが慌てて椅子に座ったのはこれが理由であった。息子が自分に助けを求めてきたかと思うと、身がちぎれそうなほどの同情心が湧いたのだ。

 『我が子を助けねば』と。


「どうしよ……」


 転移魔法が不完全だったせいで闘技場全体に的が絞られた結果、闘技場全体に魔力をまき散らして逃げるという、魔法を使える者からしたら呆れかえるほどに無様な魔法にはなったが、そのお陰でキャッツの目をごまかせているのは事実だ。


「ほら、ユキ。いつまでも逃げていないで、もう行きなさい」


 アルージャが前を見据えたまま困ったように言う。シンはその声を聞きながら、何か納得いかないようなモヤモヤした気持ちになっていた。

 それがなんなのか、まだわからない。しかし、何故自分ではなくアルージャへ助けを求めたのかという思いが湧き上がる。

 慕っているようだし父親であれば当たり前か、と思うも、わからない感情が自分の心の中を満たしていった。

 まるで龍が番を見つけたような反応だと思い、ゾッとした。誰があのわけの分からない脳の錯覚なんかを起こすかと。番など、シンから言わせれば恋愛の過程も過去もなく、全て相手にとらわれてしまうおぞましい脳の勘違いである。

 そう思いながら、シンは鼻を鳴らした。


「ユキ……」


 もう一度困ったように名を呼ぶが、アルージャはユキの潤んだ目に弱かった。日頃、ユキはワガママを言わない。知らない世界に連れてこられて、命の危機にも瀕し、実際に死にもした。なのに、アルージャには一言もワガママも文句も言わないのだ。

 アルージャはそのことを気にしていた。そのユキが“見捨てないで欲しい”と言わんばかりの目でアルージャを見上げてくるのだ。視界の端でそれが見える。

 そしてユキの居場所がバレないようにと、視線を前にやっていてよかったと心から思った。でなければ、目が合ってしまえば、アルージャは確実にこの決闘を止めさせているであろう自信があった。


「うぅ……」

「早く行け。俺の龍は気が短い。キャッツが死ぬぞ」


 シンの言葉に、ユキは渋々思い腰を上げる。

 ノロノロと立ち上がり、もう一度転移魔法を試そうとする。しかし、やる気のなさもあいまって魔法はなかなか発動しない。

 ちらちらとシンの方を見ては『行かなくては駄目なのか』と視線で問うユキ。

 この状況をみて、シンは何か自分の中で感じていた違和感の正体に思い当たるものがあった。そしてわずかに動揺する。


「なるほど」


 急に何か納得したような声をあげたシンに、ユキがピクリと反応して顔を見る。お互いに視線があった瞬間、シンはまたポツリとつぶやいた。


「なるほど、な」

「……あの、何が――」


 シンは、ため息をついて両手を突き出す。そして、ユキの質問には答えるつもりがないようで、何かを切り替えたような顔をするとゆっくりユキの頬を挟み込んだ。


「早く行けって言ってるだろう。殺すぞ」


 次の瞬間、ユキはシンによってキャッツの目の前へと送られた。


「げぇっ!?」


 そんな声とともに、キャッツの前にユキは現れた。

 盛大に顔をゆがめるのと同時に、あらゆる感情(主に怒り)が湧き上がったキャッツは、無言のまま全力でユキの首筋に手刀を叩き込んだ。

 音もなく、たいした抵抗もなく、ユキはパタリと地面に倒れふす。

 辺りには静寂が広がり、キャッツの『ふんっ』という苛立った声(勝鬨の声)が響いた。

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