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初めての決闘。

「頑張れよ、坊主!」

「お前にかかってんだからな!」


 先ほどから無責任な言葉を、見ず知らずの他人にかけられている少女の名をユキという。

 未だに男だと思われているが、性別は女である。そしてそれが最近、上官であるシンにバレてしまったが、特にシンからのアクションはなく、ユキはモヤモヤとしながら毎日を送っていた。

 そして一番困っているのはこの声かけだ。どうやらキャッツと決闘することがどこかからか広まったようで、早くも賭けの対象となっていた。


(なんて迷惑なんだろう……)


 しかし、ユキは戦うなんぞ一言も言っていない。当日は逃げるつもりである。

 いや、逃げるつもりであった。


『決闘? 宣言されたのか?』

『宣言……? まあ、周りに2~3人はいましたけど』

『それは宣言に入るな。となれば絶対に決闘を受けなければいけない。貴族は面倒でな。宣言された決闘を受けなければ、その家の名誉は地に落ちる』


 それをアルージャから聞かされたとき、ユキは目の前が真っ暗になった。

 自分のせいでアルージャが……そう思うと、いてもたってもいられず、キャッツのところへかけていって『決闘を受けます!』と宣言してしまったのだ。それも人が大勢いる食堂で。

 ヤクーは大爆笑していたし、レディスは呆れた顔をしていた。アルージャがユキの去り際に言っていた『まあ、落ちるといっても昔の話で、今だったらからかわれるくらいだが』と言った一言は聞こえていなかった。

 慌てて出て行ったユキがどうするのかを察したアルージャは、なんだか申し訳ない気持ちになりつつも、息子の成長のためと思って追いかけなかった。




* * * * * *




「胃がいたい……」


 決闘当日。

 訪れた闘技場には大勢の人が詰めかけていた。屋台まで出したりして良い気なものだ、とユキは内心で毒づく。スーッと辺りを見ていた視線を正面に戻せば、少しもそらす気がないキャッツの目がじっとユキを見つめていた。


「殺される覚悟はできたわけ?」

「……まだです」

「まだなの? いつならできるの? 待ちくたびれたんだけど」


 そう。

 ユキはかれこれ10分もこうしてつったっていた。一番良い席にはアルージャが座ってこちらを見ているし、王の警護と称したしたシンの姿も見える。

 レディスとヤクーも酒とつまみをもってご機嫌そうだ。


「ちょ……ちょと、あの、お腹痛い……」

「は?」

「お腹、痛いです」


 真っ青な顔に脂汗。

 嘘は言っていないようで、それを見たキャッツは心底呆れた。これは殺し合いじゃない。決闘だ。もちろん殺す気ではいるが。

 その決闘で緊張しすぎて腹を下すやつが騎士なのかと。こんな馬鹿馬鹿しいことがあるだろうかと。


「それ本気?」

「マジで痛いです……」

「そういう意味じゃないんだけど。どういうつもりでその発言をしたのかって聞いてるんだけど」

「アイタタタタタ……死ぬ、腹痛で死ぬ……あ~……」


 闘技場を訪れていた観客も異変に気づく。

 そろそろ飽きてきたな、なんて思っていたところにこれである。ざわつく闘技場の妙な空気を感じ取り、ユキはさらに腹痛を悪化させた。

 ユキとて戦わないといけないことはわかっている。しかし怖いのだ。あの殺された瞬間の恐怖が蘇る。何もできずに殺されてしまったあの瞬間が。

 たかだか王であれだ。であれば、百戦錬磨のキャッツでは? そう考えた時に、“じんわりいたぶられて死ぬ”か“光の速さで死ぬ”の2択しか出てこなかった。なんなら前者の方が可能性が高いような気すらしてくるから不思議だ。

 もしそうであれば、恐怖は長続きする。

 これは由々(ゆゆ)しき事態である。

 いっそ一思いに殺してくれとさえ思ったが、そもそも死ぬなんてことは論外。『どうせ命がわけられるんでしょう? 一回くらい僕に殺されろよ』とはキャッツの弁であるが、そんな気は毛頭ない。


(避けたい……ぜひとも避けたい……! 死ぬことだけは回避したい!!)


 半泣きになりながら再びアルージャの方を見ると、アルージャが心配そうな顔でユキを見ていた。

 その顔を見て、ユキはとうとう涙を1つ零してしまう。ユラユラ揺れる景色を見ていると、視界の端に何か動くものが見えた気がした。


「?」


 少し視線をずらすと、控えめに手をふっているシンの姿。

 顔は前を向いているのに、手だけこちらに向けてふっている。何を呑気なと腹が立ってにらみつけると、チラリと視線が合い、ニヤリと笑われた。

 そしてその指先がユキの方へ向けられる。その指先に小さな魔方陣が展開され、はじけて消えた。光の粒子がキラキラと舞い上がる。


「あ……」


 唐突に思いついた。

 そう言えば魔法が使えるかもしれない、と。黒龍にはなるなと言われている。混乱を避けるためだ。それに、他国のスパイがいれば変な気を起こさないとも限らない。あの戦いの最中の咆哮ですでに情報が漏れつつあるが、黒龍が人間であると言うことはばれていない。

 だから、絶対に誰にも言ってはいけないのだと。しかし、魔法はやろうと思えば使えるはずだ。たぶん。

 訓練は受けていない。だが魔力があり、様々な記憶が戻った今……もしかしたら少しはまともな魔法が使えるのではないか。否、使えるに違いない。ユキはそう思った。


「……なんだよ」


 キッとキャッツをにらみつけるユキ。


「始めましょうか」

「何、ようやく死ぬ覚悟ができたわけ?」

「死にません。キャッツさんを、倒します」

「……へえ?」


 その瞬間、目を細めたキャッツの殺気が膨れ上がった。

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