夜明けの空は――……
終わった。
全てが終わった。
轟音と膨大な魔力に慌てて宿舎を出てきた騎士は、国民を落ち着かせるために奔走し、いまだ王が黒龍によって殺されたこと知らないでいた。そもそも黒龍の存在すら知らない。
シンは『騎士に殺されるよりも黒龍に殺されたと言われる方が良い』と、慰めなのか何なのかわからない言葉を発し、レディスはレディスで『私を助けに来てくれたんでしょ? 嬉しいわ』とシンに腕をからめている。
「ユキ……か?」
落ち着いた声がする。
緩慢な動作で振り向けば、疲れたような安心したような複雑な表情のアルージャが立っていた。
アルージャさん……」
抱きつこうと手を伸ばす。
そこで初めて人化が始まっているのだと気づく。
指先から腕、頭と人化が始まり、そこでようやくアルージャも目を細めてユキに手を伸ばした。
「やはり、ユキだったのだな」
「アルージャさん……アルージャさ――ぐぇぇっ」
バサリと上から何かがかけられ、引き戻された。
完全に人型に戻ったユキが暴れると、上からグイッと押さえつけられる。
「いいのか、見られても」
「シ、シンさん!? 何を、ですか……!! 離して下さい!」
「お前、知らないんだな。龍から人間に戻った時、お前何も着てねぇぞ」
時が止まった。
「やだ、やっぱりそうなの? どうなるのかなあとは思っていたのよね。ガリガリの少年の体なんか見てもつまらないから、ちゃんと鍛えるのよ。ユキ」
レディスの文句が遠くの方で聞こえる。
なぜ、シンはそのことを知っているのだろうか。それをグルグルと考えてようやく理解した。
(私を……湖からベッドへ運んだのは誰?)
マントの隙間からそうっとシンの顔を見上げれば、なんとも意地悪な表情でニヤリと笑った。
バレていた。完全にバレていた。
バレた上で、この男はユキのことをからかっていたのだ。キスまでされた。そう考えると、ユキは無性に泣きたくなった。
「さあ、戻るぞ。これから忙しくなる」
アルージャの声を聞き、ようやくユキはノロノロと動き始めるのだった。
* * * * * *
「新たな王をアルージャ殿にするのはどうだろうか」
この発言が有力貴族の間で漏れ出したのは、王が死んだ翌日のことだった。
そのさらに数日後には、嫌がるアルージャを差し置いて王位継承の式が行なわれた。黒龍が現れたこと、前王が黒龍の反感を買って殺されたこと、黒龍がアルージャについたこと――……全ての情報は上手くオブラートに包まれて国民に伝えられ、とんでもない衝撃を持って全土に広がっていった。
「一回死んだって言ってたけど、そのまま目覚めなければよかったのにね。お前がアルージャの息子とか。奴隷より待遇良くなってるし。なんで? 意味分からないんだけど」
なぜ責められているのだろうか。そう思っても答えは出ない。しかし、原因はハッキリしていた。
一回死んだという話をしたとき、ユキの予想を裏切って酷く狼狽したヤクーは、『は!? ナンだよそれ、大丈夫なのかよ! お前ウロウロしてていいのかあ!? 寝てろよ馬鹿! 王は俺が殺すから! え、もう殺した? 誰が。お前が!? どうなってんだよお前! ふざけんな!! 本当に大丈夫か!? 主に頭が!』と大声で騒いだ。
王位継承の式からさらに数週間が経ち、国の混乱もだいぶ落ち着いてきたときのこと。何の前触れもなくやってきたアルージャから、『お前の戸籍だ。今日から私の息子だな。よろしく、ユキ』と優しく微笑まれた瞬間、ユキは顔を真っ赤にしてアルージャを見上げ、キャッツは今まで真顔で別作業をやっていたにも関わらず『はあ!? なんだよそれ!!』と怒鳴ると、嫉妬からユキの頭に力いっぱい拳骨をした。
「お前も国王の息子か。全くありがたみのねぇ顔だな、おい。王族ってのはもっとキラキラした顔してんじゃねぇのか? あ?」
ヤクーが鼻で笑う。
キャッツも同様に鼻で笑うと、冷笑を浮かべたままユキをにらみつける。
「アルージャのじいさんを取られたからってうるせーな。キャッツは」
ヤクーがそう言えば、強烈な殺気を放つキャッツ。
「なんなのお前。殺されたいの?」
「うるせーうるせー。アルージャ教の教祖かお前は。そんなに悔しければ勝負でもして息子の座を奪えばいいだろ」
「ヤ、ヤクーさん、またそんなことを――本気にされたら困るのでやめてください」
ユキの言葉もむなしく、キャッツはキョトンとした顔をしたのち、ニヤリと笑った。
「お前、たまにはいいこと言うじゃん」
「えぇ……!」
「決闘をしよう――……確実にお前を殺す」
キャッツの笑っていない目が殺気で溢れ、ユキはごくりと生唾を飲み込んだのだった。