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命。

「王……」


 王は立ち尽くしていた。

 風になびく髪。風になびく上着。ボサボサの頭であるのに威厳は損なわれていない。


「黒龍……これが……黒龍か……」

「いらっしゃい、国王陛下。でもここから先には入れないのよ。残念ね」

「なんと禍々しい……なんと神々しい……」


 王はレディスの話なんぞみじんも聞いていなかった。

 フラフラとユキに歩み寄り、そして手を伸ばし、誰も入ることができないとされているはずの黒龍の防壁を通ってユキの額に手をあてた。


「っ……!? なんで入ってこれんのよ!?」

「国の盾ごときが私をどうにかできると思うな。死ぬしかない能無しめ」


 王の言葉にユキは顔をしかめる。


《名目上、でしょう……犯罪者と言えど人権はあるはずです。黒豹部隊は目もあてられないほど酷いことをするけど、それでも彼らに生き物以外の扱いをして良い理由にはならない》


 王はそれを聞いて鼻で笑った。

 小さく『ほう……元人間だと、お互いに話す言葉がわかるのか。黒龍はお優しい方のようだ』と言う。その顔には侮蔑の色が浮かんでいた。


「名目上、黒豹部隊は国と国王とその一族を守ることになっているが、それしきのことでこの一級犯罪者を生かしておくと思うか? わざわざ手元に置いて好き勝手させている理由が、それだけだとでも思うのか」

《どういう……意味ですか……》

「それに聞け。自らが一番理解しているだろう」


 あごでレディスを示せば、レディスの顔が歪んだ。


「……私達は世界の生贄よ。魔力が高くなければ、すぐに殺されていた。グラスはシンが引き抜いただけだから関係ないけどね」

《……何を……言って……》

「つまり、黒龍が現れるまでのつなぎってわけ」


 ユキは何を言われているのか全く分かっていなかった。理解したくなかったのだ。

 世界の生贄。黒龍が現れるまでのつなぎ。

 つまりそれは、自分(黒龍)が現れた今、生贄になるのは自分ではないかと……そう、気づいてしまったのだ。


《世界の……生贄? それは、つまり……》


 グルグルと世界がまわる。


「ユキっ!」


 突如レディスの絶叫が聞こえ、ユキがビクリとふるえた次の瞬間には、ユキの額に王の持つ剣が深々と突き刺された。


「やめろぉぉっ!!」


 ユキの世界が暗転する。




* * * * * *




「ッ!」



 どちらが息をのんだ音だったのだろう。

 ユキの額に王が剣を突き立てている。その衝撃的な景色を遠くから見るハメになったのは、王を探していたシンとグラスであった。

 黒龍の防壁がパツパツと音を立て、やがて消えた。それと同時に魔力も途絶える。しかし、次の瞬間に濃厚な魔力の渦が爆発するように上空へ向かって放たれ、厚い雲を貫いて天高く消えていった。空の彼方が怪しげに光る。


「そんな……ユキ……? あれは……どうして……王があそこに……」


 グラスがあえぐ。

 シンは何も言えず、ただ立ち尽くしてその光景を見つめていた。ユキの体がグラリとかしぎ、その上に乗っていたレディスが地面に降り立ちながらユキの頭を抱える。

 薄っすら開いている目には少しも光りが宿っていない。

 何かをユキに向かって叫んでいるレディスの背後で、王が剣を振り上げた。




* * * * * *




「ようこそー」

「……死んだ?」

「死んだ死んだ」


 一番大事なところで死んでしまった。

 足手まといになってしまった。その事実が、ユキを絶望させた。


「今回は2つのことを成し遂げたから、2つの記憶を返してあげようね」

「いらない」

「え……?」

「記憶なんていらない……もらっても意味ない……もらっても、あの世界にはもう帰れないじゃないですか……」


 ジワリと涙が浮かぶ。

 地面にポロポロとこぼれるそれを見つめながら、ユキは酷い罪悪感にさいなまれていた。


「私……結局、誰も守れなかった……守らないといけなかったのに……そのために、あそこにいたのに……」

「……ユキ」


 男はユキを抱きしめ、首筋に鼻をうめる。


「可哀想なユキ」

「…………」

「大丈夫、今に全てがよくなるよ」

「そんなわけない」

「信じて。君はまだ頑張れる。可哀想なユキ。僕は君をとても哀れに思っているんだ」

「なら元に戻して下さい! あの世界に戻してよ!! 私を……まだ頑張らせて……」


 泣きじゃくるユキを見ながら、男は苦笑してユキの後頭部をなでる。

 すると、フワリと光りの玉が2つユキの中に吸い込まれていった。

 映像が浮かぶ。


『やあ! いらっしゃい! 世界の狭間へようこそ! 僕は狭間の番人です』

『なに』

『君はこれから異世界へ行くんだよ。どうする? どんな格好で行く? 龍にでもなるかい? エルフにでもドワーフにでも……まあ、とにかくどんな姿にでもしてあげるよ』

『ちょ……ちょっと……意味が……』

『なんだったら地上最強の力だってあげる。そうだ、痛覚は一定以上になると感じないようにしよう。その方がいいだろう? 全部消すと生活に支障がでるから、少しくらいの痛覚は残しておくけど』

『めちゃくちゃ怪しいのでいりません。元の世界に帰して下さい。――え? なんですか、その無理そうな顔。早く元に――まさか本当に……? 嘘でしょ?』

『僕は狭間の番人だけどね、万能じゃないから、できることとできないことがあるんだ。君がそうであるように』


 ブブッと映像が乱れ、また別の場面が映った。


『龍ならではの特典って知ってるかい?』

『特典……?』

『なんと魂を分けることができるのさ。龍は長寿だからね。魂を分割して上手に使わないと勿体ないだろう?』

『……それ本当にそういう理由からなんですかね』

『なに、細かいことは気にしなくていいよ。その命は自由に使えるんだ。もちろん、他人に分けあたえることもできる。ただし、同じ人には1回しかあげられないけどね』

『なんでもありだな……』

『その分、自分の寿命も縮むから、命を犠牲にする時は気をつけなさい。どうだい、異世界って楽しそうだろう? こんな夢みたいなことが起こるんだよ? 異世界も悪くないでしょ?』


 パチパチと光りがはじけて映像が消える。


「さて……最後に一番重要なことを言うから、よく聞いて」


 男は少し悲しそうな顔になった。

 それを見て、ユキは急に不安になる。


「君はね、もう元の世界では死んでいるんだ。なぜここにいるのか、なんとなく分かっていたんじゃないの? 君は賢いからね。それに記憶がだいぶ戻った。この手の流れに“お決まりの設定”があるのも知っているんだろう? ああ……泣かないで……その顔が見たくなくて一番最後に説明を引き延ばしてしまったんだ」


 いつの間にかポロポロと溢れたユキの涙を、男は丁寧に親指で拭ううとため息をついた。


「覚えているかい? 異世界に来ることになった原因を」

「床に、吸い込まれて――」

「それは君の記憶がごっちゃになっているんだ。君は眩暈を起こして床に倒れた。打ち所が悪かったんだろうね。君のお父さんが置いていた荷物で頭を打って、君は動かなくなったんだ」

「荷物……? ああ……たぶん、お母さんが……危ないから片付けろって言っていたやつだ……」


 それは確かに記憶にあった。片付けるのが面倒で、ずるずると先延ばしにしていた父親。

 家に帰宅して倒れている娘を見たら、きっと深く後悔するだろうと思い胸が痛む。


「不慮の事故だった。本当にただそれだけ。そして時を同じくして、ある世界で召喚が行なわれ、あらゆる条件にぴたりとあてはまったのが君。君は、黒龍の魂と融合して異世界へ送られた」

「元の世界に戻れるんだとばかり……少しだけ旅をして……すぐ帰れるんだと……何も言わない時点で、もっと怪しまなければいけなかったんですね……」

「うん、ごめん……もう、戻れないんだ」

「……やめて下さい、謝らないで……あなたは悪くないでしょう……?」


 そう言って黙り込むユキを見ながら、男は再び心のうちでため息をついた。


「……もう行く時間だ。君を待っている人がいる」

「行きたくない」

「さっきまで行きたいって言っていただろう? 今までなら尻を蹴ってさっさと行けって言っただろけどね、僕は結構君を気に入っている。というか、君があまりにも哀れでね。君がどうしてゴネているのかもよく理解しているんだけど、前向きなのが君の長所の一つだと思っているよ」

「……なんで……そんな勝手なことを……貴方のせいではないと思うけど……なら私は! 誰に怒ればいいの!?」


 顔を上げて叫んで、ユキは目の前の男が傷ついたような顔をしているのに気づいた。


「ごめん」

「……謝らないで、ごめんなさい……」

「……君は少し一人になって考えた方が良さそうだ。ごめんね、僕はもうきっと君には会えないけど、必ず見守っているよ」


 そういうと、男はパッと消えた。

 辺りに暗闇が広がり、何もない空間で、ユキはどさりと地面に倒れこむ。流した涙は空間の下へ下へと落ちていき、そのままどこにもたどり着くことなく永遠に落ちていった。

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