作戦開始。
「アンタ、龍の姿になれないの?」
「なれました」
「……過去形?」
みんなと別れ、各々が自分の役割を果たすべく分かれた後、レディスは腰に手をあててユキを観察していた。
「今はなれないわけ? なってごらんなさいよ」
「…………」
とは言われても、あれから龍にはなっていないのだ。ユキにはどうすれば龍になれるかなんてわからなかった。
「龍体の方が迫力あるでしょう? なんてったって黒龍の再来なんですもの。まさかできないなんて言わないわよね」
「…………」
ダラダラと脂汗をたらし始めたユキにため息をつくレディス。
「……なれないのね」
「すみません……やり方がわからなくて」
「やり方? 『エイッ!』てできないわけ?」
「えぇ~……? そんな簡単に……」
そう言いながらも、龍になる自分を思い浮かべる。
角はグラデーションがかっていたはずだ、と思う。爪は赤く、水面に移った目も赤……と思った瞬間、体がムズムズッとした直後には体のあちらこちらに強烈な圧迫感。ついでドシンという音と振動。
何が起こったのかわからず瞬きをして、ようやく気づいた。
「ちょっと……廊下だから良かったようなものの、部屋でコレやってたら確実に色んな物を破壊して大きな音立ててたわよ……気をつけなさいよね。あと、どいて」
《え、今やれって言ったのレディスさんじゃないですか……》
「うるさいわね、まさか本当になるとは思わないでしょう……! 早く、どきなさいってば……んもう!!」
壁とユキにはさまれてギュウギュウになっているレディスをなんとか助け出し、小さな声で謝罪する。
「……しかし……本当に黒龍だったのねぇ……いいじゃない。腕が鳴るわ。久しぶりの大きな魔法だもの。張り切っていきましょ。シン隊長のために!」
楽しそうにニッと笑ったレディスは、ユキから見てもとても魅力的な女性であった。
シンのため。
ちょっとだけモヤッとする。『そういえば、元々レディスはシンのことが好きなそぶりがあったな』と思うと、再び何かモヤッとした。
(……いや、別に好きってわけじゃないけど……私の方が役に立つって思われたい)
地味な、そして間違った方向に闘争心を燃やしていると気づきつつも、ユキは気合いを入れて大きく息を吸い込んだ。
* * * * * *
「14……14? ……12かな。13?」
足元に倒れる同国の騎士。
『おい、ここから先は立ち入り禁止だ』と言ったのを“抵抗した”内に含め、通りすがりざまに首へ手刀を叩き込んだ。音もなく崩れ落ちた2人に、念のため睡眠剤をかがせて近くの部屋へ押し込む。
きっとここをシンやヤクー達が通るだろう、と思われる場所にいた騎士達はだいぶ排除した。伝説になりつつある暗殺一家の血は、家が潰れて依頼を受けなくなってからもいまだ鈍っていないようで、ブツブツと一人小言をつぶやきつつ天井裏に忍び込んでまた1人排除した。
「これって王の私兵? 激弱なんだけど」
倒れた男の手には伝令鳥が握られており、翼をバタバタと動かして暴れている。
足についている紙を取り上げて中を見れば、『黒豹部隊ノ裏切リニアイ、交戦中。至急、応援求ム。』と書いてあった。
「助けは来ないよ。君達の仲間も全員動けないんだ。殺さないようにするの、大変だったよ。血がうずいてさ。駄目なんだ。どうしても、興奮しちゃうんだ。腕も足も曲がっているけど、殺されなくて良かったと思ってよね」
キャッツはブツブツとつぶやき続ける。
これは戦場に出たときも同じであった。
彼は一族で一番先祖返りの要素が強いとされていた。暗殺一家の先祖――……今では伝説級のあつかいを受けているパオという人物で、彼に暗殺できない者はいないとされていた。暗器の使いこなしや息づかい、足の運びやしなやかさなど、どれを取っても天才的に上手く、完全に影と一体化することのできる男であった。
そんな彼が死んだのは、愛する妻の手によってである。自分の死に方は自分で決めるとし、老衰や病死、ましてや他殺など言語道断、愛する妻に殺してほしいと言ってそうなったのだ。
深すぎる愛として誰にも理解はされなかったが、キャッツにはなんとなくそれがわかった。自分が誰かを愛するときはこないと思っている。そしてそれはパオもそうだったのではないかと思っている。一番近い感情でいえば、それは愛ではなく“執着”。
愛なんて、そんな生温いものではないのだ。
「総統、絶対に助けるよ。僕はお前に執着しているみたいなんだ。ユキを憎くらしく思うくらいにはね。僕の方がユキより役に立つって思わせてやるよ」
暗闇に、キャッツのつぶやきが響く。
* * * * * *
「俺は一対一での殴り合いの喧嘩が得意なんだよな。シンの野郎、ぜってー俺の才能を活かしきれてないぜ」
ブツブツと文句を言いながらも、ヤクーは手早く薬品の準備を始めていた。
眠り薬に痺れ薬、神経マヒ毒に卒倒剤。どれも無色無臭で空気中への広がりが早く、粒子の滞空時間が非常に長いものだ。ヤクーが作ったものの中でも最高傑作といえるものである。
「こんなに騎士が大勢いるとこへ、俺1人でアルージャのじいさんを助けに行けって言うんだからよ。俺をナンだと思ってんだってなあ?」
トントンと壁を叩きながら横に移動し続けるヤクー。
やがて、ある部分を叩いたところで、『コンッ』と軽い音がした。
「まあ、薬品の扱いを見越しての話だろうから、勘はいいんだろうな。薬品作りは禁止だって言われてンのに、俺が薬品を作ってるのを知ってるってコトだろ? 全部知ってんのに泳がしとくたあ、いい趣味してやがる。これが終わったら殺すか?」
文句を言いながら拳を壁に叩きつけると、壁の一部がはがれて配管がむき出しになった。
配管には矢印が下方向へ引いてあり、そのすぐ横には“Dungeon”と書かれている。手馴れた手つきで配管の一部を外すと、先ほど用意した薬品を流し込んで配管を元へ戻した。
「しかしこの配管は駄目だな。こうして薬を流し込めば、あっという間に配管が通っている部屋は使えなくなるんだからよ。もっと破られないような構造を考えねぇと駄目だわな」
腰につけたガスマスクをかぶると、ヤクーは地面に座り込む。
「さあ。あとは、待つだけだ」
黒龍の咆哮と、薬品が部屋を満たすのを。
* * * * * *
「あ、あの……自分が来ても良かったのでしょうか」
「お前じゃないと駄目だろう。あの作戦を一番よく理解しているのはお前だ。お前が司令塔になるんだよ。上手く俺らを乗りこなせ」
(どうしよう……乗りこなせる自信が全くないぞ)
グラスは困惑していた。
キャッツが先回りして騎士を倒してくれているため、グラス達はまるで許可を得た者のように平然と道のど真ん中を歩くことができていた。
しかし、だ。
これから行うのは国家反逆罪である。平凡な自分は足を引っ張らないだろうか、と考えた時に、引っ張らない自信がなかった。平凡仲間だと思っていたユキは黒龍だというではないか。半信半疑ではあるが、それが真実なのだとしたら、一番弱いはずの新人が誰よりも強いということになる。
そうすれば、グラスは変わらず部隊最弱の平凡男ということになるのだ。
「簡単だ。俺らを乗りこなすだけで良い。お前は戦わなくていいんだ。頭は指令を出すのが仕事。動くのは手足の俺ら。つまり、お前は安全なところで俺に『戦え』と命令するだけでいいんだよ」
いつになく真剣な眼差しのシン。
その目を見て、グラスは息をのみこんだ。
「頭を守るのは手足だ。お前は危険が目の前に迫った時に、そのまま頭を突き出すのか?」
グラスは、『男ながらに惚れるというのはこういうことか』と納得しつつ、興奮気味に何度も頷くとグッと手を握りこんだ。
平凡だといわれた自分を引き立てて命をつないでくれたシン。この男に、全力を尽くそうとグラスが決意をした瞬間である。
今までの迷いが全て取り払われたグラスの目は、いつにも増してギラギラとしていた。