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歯車が回りだす音がした。

「さあ、出てこい。お前の裁判の始まりだ。()()の裁判など、久々だな」


 長く親しんだ牢。

 石造りの壁には水がしみ、常にじめじめとしていた。いつしかそれも見慣れてしまい、アルージャは「前に敵に捕らわれた時の牢に比べればマシなつくりだな」と思い始めたところであった。


「茶番だな」

「そう思うか?」


 いつも訪れていた男は、小さく笑う。


「……これで、お前とここで会うのも最後か」


 男がそう漏らせば、アルージャはフッと笑った。




* * * * * *




「被告人、前へ」


 アルージャの長きにわたる勾留が終わろうとしていた。

 しかし、それと同時に判決がくだる時が来たのだ。

 アルージャは特に裁判内容を聞いていなかった。結末を知っているから聞く必要がないのだ。茶番である。


「――王族でありながら、決定を待たずして召喚落ちを独自の判断のもと手に入れ――」


 王族は何があっても殺されることはない。

 これはこの世界で常識であり、(くつがえ)されることのない法律だ。


「――よって、被告人を死刑に処す」


 それが今、崩れようとしていた。


「刑は明日の朝一番に執行される」


 場内がざわつく。

 裁判官が静かにするように(うなが)しても、そのざわつきはおさまらない。

 当たり前だ。起こってはいけないことが、起こってしまった。

 アルージャが顔を上げれば、いつも牢に来てはユキの情報をあたえていた男が、表情を落とした顔でアルージャを見ている。

 彼は、この国の王であった。


静粛(せいしゅく)に! 静粛に!! これは国王の決定である! かの召喚落ちは無色であった! それを知っていながら、被告人は召喚落ちを我が物にしようとしたのだ!! これは……王族といえど、覆すことのできない刑であるッ――」


 そういった裁判官の顔は、言葉とは裏腹にとても悔しそうな顔をしていた。




* * * * * *




あの野郎(アルージャ)は知っていやがったのかクソったれ……!! なんで黙ったままなんだよ、あのオッサン!!」


 大きな音を立てて、扉が蹴り開けられる。


「まあ、そうだよ。まあ! そうだよな! あのクソ野郎()は、じーさんのことが大嫌いだからな! そりゃあ、隙を見て殺そうとするわな! ()()()()()があれば、嫌いにもなるわなあ!?」


 怒鳴り声とともに入ってきたのは、ヤクーであった。その前を歩いていたシンは無表情で倉庫へと入っていく。

 その殺気立った様子を見て、ユキはただ立ち尽くすばかりであった。昨日のシンとのキスが思い出され一瞬赤くなるも、状況がそれどころではないと告げる。

 この上官達は、確か見られないはずの裁判を見に行くと言って意気揚々と出て行ったはずだ。勝ちの裁判だからと笑顔まで浮かべて。

 しかし、ユキの中の本能は『何か変だ』と告げていた。心臓を誰かに握りしめられているかのような感覚。


「……一体、何が……」

「アルージャの刑が決まった。死刑だ」


 いつもと変わらぬ表情を浮かべたシンの言葉に、ユキの世界から音が消えた。


「し、けい……」

「王族は死刑にならないはずでしょう!? なんでなのよ!!」

「国王がユキは無色だと言ってな。法を覆した。アルージャはそれを察していたようだ。判決を聞いた時には取り乱しもせずに薄っすら笑っていた」


 倉庫の扉に寄りかかったシンの目は、怒りに燃えていた。

 両の腰にはいつもと違う銃が下げられ、まるで戦争にでも行くかのような格好であった。


(……アルージャさんが死刑? 殺される……? 王族? なに、どういうこと……何が起こっているの。私のせい……?)


 グルグルと世界がまわる。

 音が聞こえるのに、それが声だと認識できない。意味が分からず、その音は脳に認識されず、ただアルージャが死んでしまうという事実だけが脳内を駆け巡る。


「それで、戦闘準備ってわけね。まあ、アタシ達の任務は国王陛下……と、その家族を守ることですから? 当然、そこにアルージャ総統も入るってわけね」

「面倒くさ。でも行かないともっと面倒なことになるんでしょ。あの国王なら、この部隊を潰すことだってありうる。元々この部隊を作ったのは王族ではなくて総統だからね。そうなったら僕らは国を追い出されるわけだ。随分と好き勝手にやってきたから、当たり前だけど」

「ハハハ、違ぇねぇな。そうなったら国でも潰すか」

「ユキ」


 シンの良く通る声が響いた。

 ノロノロと顔を上げれば、真剣な眼差しのシンがジッとユキを見つめていた。


「行くか?」

「…………」


 アルージャを助けたい。しかし、自分は足手まといではないか。たかだか数日前に軍隊に上がったばかりの、ド素人だ。

 でも――……


「助けたい……アルージャさんを守りたいです……あの、人を……死なせたくないッ」


 (あふ)れた涙は止まることを知らないかのように次々とわいてくる。

 歩み寄ってきたシンがユキの頭をガシガシなでる。今までに見たこともないやわらかい、そして困ったような表情を浮かべると、シンはフッと鼻で笑った。


「そりゃ俺らも同じだ」

「ま、アルージャのじいさんにゃ、みんな世話になってるかんな」


 いまだ怒りの表情を浮かべたヤクーがクルクルとフランベルジェを回しながら腰に刺す。

 他にもユキには良くわからない小瓶などを次々に腰袋におさめると、ブーツの紐を締めなおしながらブツブツと文句をたれ始めた。


「だいたい勝手に死ぬとかどうなんだ? 俺らのことを拾ったくせに、あっさり見捨てる気かよ。胸糞悪ぃな。飼い主としてどうなんだ? あ?」

「拾った……?」

「アタシ達はみんなアルージャ総統に拾われてんのよ。まあ見ての通りはみ出し者だからね。家族なり一族(こきょう)なりに見捨てられて……寄せ集められたのがこの黒豹部隊ってわけ。名目上、王と王族だけを守る()として生きるように言われているけど、実際は自由なものよね」

「盾……? それは盾になって死ねと言う意味も含まれますか?」


 顔をしかめれば、横からキャッツが『何を驚いているのさ』とユキに声をかけてくる。

 キャッツも戦闘の準備を終えたようで、グローブを引っ張りながら手を開いたり閉じたりしているところであった。


「ああ、お前は知らないんだ。僕達はグラス以外全員、一級犯罪者なんだよ。だから、無駄死にする気はないけど、死はそんなに恐れちゃいないのさ」

「は……?」


 あまりの衝撃に思考が停止する。

 しかし、誰も何も反応しないのを見て、ユキはキャッツが嘘を言っているわけではないのだと知った。


「それぞれ通常じゃあ死刑になるような犯罪を犯したものばかり。それを拾ったのがアルージャという男で、死刑囚に仕事を与えて生かしているんだ。犯罪者の命なんてつないで、どーしたかったんだろうね、あのおじーさんは」


 憎まれ口を叩くキャッツの瞳孔は完全に開いており、手は怒りで震えていた。


「この犯罪者集団を怒らせたらどうなるか、教えてやればいいだろう」


 淡々と言ったシンの言葉に、その場にいた全員の顔が凶悪に歪む。

 ユキが平凡だと思っていたグラスまでもが目をギラギラとさせており、その目はまさに戦士であった。


「誰に楯突(たてつ)いたのか、誰を敵に回したのか……国はとくと思い知るがいいさ。俺達は首が飛んでも()の命令があれば首無しで動く」


 ユキの体に、ゾクゾクとした何かが走る。


「――そうだろう? アルージャ」


 戦闘の火蓋が切って落とされる。

 敵は、国――……。

 ユキは目の前の仲間達を見て『ああ、もう駄目だ』と思った。


「行くぞ」


 それが眠れる獅子を起こしてしまったことへの嘆きなのか、この仲間達が自分の命を使ってまでアルージャを助け出そうとしていると気づいてしまったからなのか……ユキはわからなくなってしまった。

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