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愛しい小さき者。

「龍……!?」

「珍しいか?」


 遠くに龍舎が見える。

 襟首をつかまれながら引きずられてきたのは、中庭を抜けた先だった。

 どこまで行くのかと思いながら、もつれそうになる足を必死に動かしていると、映画で聞くような恐竜のような鳴き声がしたのだ。その声に顔を上げれば、目の前には大きな龍舎と、外を優雅に散歩する龍の群れ。

 あるものは大人しく歩きまわり、あるものは世話係りに体をみがかせたりしている。綺麗なウロコは太陽光でキラキラと宝石のように光り、頭にある2本の角はまっすぐだったりカーブをえがいていたりした。翼を広げて羽ばたくそぶりを見せるものもいて、その全てが、ユキにとっては夢のような光景であった。

 ウロコは赤、青、金、銀、白、緑、ピンク、オレンジ、紫と様々で、ユキの目を楽しませている。


「凄い……本当に龍が……なんてこと……」

「どんな田舎モンだ。龍なんざ珍しくもなんともねぇだろ」

「いや、珍しいですよ……! なんてったって気づいたら檻の中でしたから。トカゲのような方にしかお会いしたことがなくて」


 その台詞に、シンは一瞬閉口する。

 でもまあ、ユキが楽しんでいるのならいいかと思いながら見つめていると、ユキの目が先ほどよりもキラッと輝いた。


「凄い!! 賢いんですね、龍は!!」


 何をそんなに興奮しているのかと思って龍舎を見て、シンは驚きのあまり目を見開いた。

 全ての龍が、ユキの方を向いて頭を垂れている。世話係も口をポカンと開けたまま、龍とこちらを見比べてはブツブツと何かを言っていた。


「賢いなあ~! あれってシンさんにお辞儀しているんですよね。シンさんが偉い人ってわかってるんだなあ」

「俺にじゃねぇ」

「え?」


 キョトンとして顔を上げるユキを無視して、シンはばれないようにため息をつきながら歩き始める。

 それに習って慌てて後をついてくるのを横目で確認しながら、シンは目の前で起こった出来事について考えていた。

 龍は気高い。

 人と共存しているのは、ひとえに龍の好意からだ。龍が『もう人とは住まない』と決めてしまえばどこえでも飛んで行ってしまう。現にそれで、先月は2匹の龍を失った。一流の騎士でさえ、龍をとめ置くのは非常に難しいのだ。

 そんな龍が、こんなちっぽけな人間に頭を下げた。それは異常事態であった。


「なんなんだろうなあ」

「何がですか?」

「……おい、お前。いつの間にそんな話せるようになったんだ?」

「え」


 シンのあからさまな誤魔化しにユキがびくつく。

 話をそらされた上に聞かれたくないことを聞かれたユキは、視線を彷徨(さまよ)わせた後、『アーッ! 龍がなんか言っている気がするなあ~! なんて言っているんだろー!』なんてわかりやすいそらし方で走っていったのだった。話をそらすならもっとマシな嘘をつけと呆れつつ、シンはユキの後を追った。


《こんにちは、小さき者》


 その台詞を皮切りに、龍達がわらわらと集まってくる。

 柵のところは大渋滞で、どの龍もユキに興味津々なのが見て取れた。


「こんにちは。初めまして、ユキです」

《ああ、ようやく会えたな、小さき者。我が王よ》

《長い間、待ちわびていたぞ、我が王》

《小さき者の気配はするのになかなか会いにこないものだから、こちらから行こうかと話していたところだ》


 クルクルクルと甘えた声を出すのを聞いて、世話係の男は再び眼をむく。

 こんな声を出すのはオヤツとご飯をねだる時くらいだ。それも時折、特別人間に懐いたのが鳴くくらいで、普段はもらえるのが当たり前、というように前足を踏み鳴らす。


「え? 私に……ですか? 嬉しい……光栄です!」

《何を言う、小さき者》

《我が王よ、光栄なのは私達の方だ。この日をどれほど待ちわびたか》


 次々に柵から顔を伸ばしてはニオイをかぎ、ベロリとユキの顔を舐め上げる龍達。

 危ないからとユキを下がらせようとしていた世話係の男は、それを見て再び腰を抜かすほど驚いた。


《小さき者、黒龍よ。良く顔を見せておくれ》

「黒龍……?」

《ああ、そうだ。お前のことだよ、小さき者。何を不思議そうな顔をしているのだ?》

《やあ、見てみろ同士。この小さき者はまだ力の解放がないようだ》


 一匹の龍がそう言えば、『おや、本当だ』などとそこかしこから声が上がる。


「力?」

《なんだ、それも知らないのか? お前の保護者は教えてくれなかったのか》

「保護者? ああ、シンさんは違うんです。私の保護者はアルージャさんで……今は、その……拘留されています。その前は親がいなくて、奴隷として売られようとしていました」

《奴隷だと! なんたること!!》

《黒龍にそのような……! ふざけた話だ!!》


 興奮しだした龍がいよいよ目の前の少年に噛み付くんじゃないかと危惧(きぐ)した世話係は、慌てて龍達の口輪を引っ張ろうとする。

 しかし、憤って立ち上がった龍の口輪に手が届くはずもなく、ピョンピョンとジャンプするだけにとどまった。


「でもアルージャさんが助けてくれましたから」

《ああ、アルージャ。哀れアルージャ。センの騎手だったか》

《センが悲しんでいたな。あれはアルージャのことを気に入っていた》

「センさん……?」

《ああ、そうだ。アルージャはよくセンに乗っている。戦友のようなものだと言っていた》


 それを聞いて、ユキは心を痛めた。

 自分のせいで……と落ち込んでいると、周りにいた龍が慌てて変わるがわるユキの顔を舐めた。


《そう落ち込むな、小さき者よ。アルージャを殺せるものはいない。無事に出てくるだろう》

「どういう意味ですか?」

《そのままの意味だ。あれはこの国になくてはならない男。簡単に殺されない。今は洗い場に連れて行かれてここにはいないが、センもずっと落ち込んでいるわけではないから、気にしなくていい》

「そう……ですか……」

「お前は龍と話せるのか」


 今まで黙っていたシンが、低い声を出す。

 その低さに驚いて跳ねるように振りかえれば、眉間にシワを寄せたシンがいた。


「は、話せますけど……みんなそうなのでしょう?」

「…………」


 間違えた。

 どうやら間違えたらしい、とユキは気づく。


(この世界では、龍と話せる人はいないんだ。もしくは凄く珍しいか……)


 てっきり、こんなに不思議が満載なのだから話せるのだと思った。だから、安心して会話をしていたのだ。

 どおりで世話係の人が驚いているわけだと気づく。


「龍はなんと?」

「え? ああ~……」

「誤魔化したり黙ったり嘘をついたりはするな。拷問にかけられたくなければな」

「ええ!?」


 いやまさか……でも仲間に拷問だなんて……とユキの思考がグルグル動く。

 まるで心を読んだかのように、シンはニヤリと笑うとポツリとつぶやいた。


「なんでグラスの前髪が焦げてたと思う? 天井から吊るして火であぶったとは考えられねぇか? そんで、グラスにそんなことができるのは誰だ?」

「…………」


 露骨な脅しにゴクリとユキの生唾を飲む音が響いた。

 この男は、言わなければグラスのように拷問にかけると言っているのである。ありえない……まさかそんな。そう思いつつも、ユキは完全に否定できないでいた。

 しかしそれであの照れたような笑顔を浮かべるとは、グラスもなかなかの神経をしているのでは……と思い始めたとき、再びシンが問いただす。


「で、龍はなんて言っていたんだ?」

「……わ、私のことを、黒龍と。あとはアルージャ様が殺されずにいずれ解放されると言っていました。それから……センさんが悲しんでいるみたいで――ひっ」


 ユキは息を呑んだ。

 シンの顔が歪んだからだ。それはそれは楽しげに、ニヤリと口角が上がった。思わず後ずさるユキの両肩をにぎりこみ、『上等』と一言つぶやくと俵担(たわらかつ)ぎにして龍舎の中へ入っていった。




* * * * * *




「い、息が吸えない……っ!」


 大空を、シンの騎龍(きりゅう)――美しい銀色のウロコを持つ龍に乗って空を飛んでいる。

 シンの前にはユキが乗っており、先ほどからどう座っても顔面に当たる風のせいで、『鼻で息ができない』とわめいていた。


「く、くるいっ……ゲホッ」


 シンはむせるユキを見ながらニヤニヤと笑っている。今日は非常に気分が良いのだ。

 新たな面白いおもちゃを見つけた気分だ。かつてない幸運に、アルージャが一生牢から出てこなくともいいとすら思った。


(黒龍……ね。こいつが)


 黒龍。

 それは物語に良く出てくる伝説上の龍だと言われていた。

 しかし、何百年か前に、ユキと同じく異世界から来た無色の人間が、ある日突然、黒龍に変身したのだ。そのおかげですべての人間は黒龍が実在すると知った。

 ただ、大昔のことなので、今の時代の人はこの話がどこまで本当かなんて知らない。シンもそんな話は信じていなかった。それに今この世に黒いウロコを持つ龍がいないのは事実だ。

 龍と話せて、その龍に『黒龍』と言われる。

 これが、今後面白くならないわけがない。シンは口角をゆるく上げると、自分の胸に顔を押し付けて、なんとか呼吸を確保しようとしているユキを見つめた。


「昼間から随分と積極的だな」

「貴方は男同士に魅力を感じますか……!」

「試してみるか?」

「…………」


 ユキが閉口したのを見て満足げに鼻で笑ったのに気づき、ユキはシンの横腹をグーで殴る。

 全く痛くない攻撃に、シンは声をあげて笑った。




* * * * * *




《我が王よ。旅は快適であったか?》

「あ、は、はい……息が上手く吸えませんでしたが」

《鼻の穴を閉じるのだ。ホラ、こうして。小鼻に力を入れろ。そして口で息を吸え》

「ええ……? あの、それたぶん、できるのシェリーさんだけです」

《何を言う。龍はみなできる。子供はこうして空を飛ぶのを覚えるのだ。なに、大人になれば鼻を開けていても息が吸えるようになるさ》


 シンは自分の龍を眺めていた。

 ご機嫌な様子の龍は、いつの間にかユキと自己紹介をすませたらしい。なにやら教授しているようで、鼻の穴をしきりに閉じたり開けたりしている。ユキも真似して思いっきり息を吸い、鼓膜(こまく)に影響が出たのか、耳を押さえて『いったぁあ~……!!』と情けない声をあげていた。

 先ほどの反応から、どうやらこの世界に龍と話せる人がいないのだと知ったらしいユキは、シンに隠れるようにして龍と話をするようになった。バレバレではあるが。時折こちらに視線が向くのがわかる。しかし、視線がからまないことに安心したのかコソコソと話し続けた。よもや耳だけユキの方に向いているなどとは、思いもしないようだ。

 愚かだった。

 騎士としてはありえないほど愚かだ。一番最初に思い浮かべたスパイ説は即削除だ。こんなのがスパイであれば国が滅びる。


「ほら、こっちだ。おい、シェリー。しばらくここら辺にいろ。帰るときにまた呼ぶ」

《はいはい。全く、シンはいつも龍使いが荒いな。言葉が通じれば文句の1つでも言ってやるのだが》

「そうなんですか? 龍にも? 人間だけじゃなかったんだ……」

《あれは子供よ。あれに類稀なる才能がなければ蹴り落としてやったところだが……氣が美味いからな。さあ、早くお行き。坊が待ちくたびれて悪さをしないうちに。私のことは気にしなくていい。竜笛がなったら馳せ参じよう》


 クックッと楽しそうに笑う龍に困ったような微笑を返しながら、ユキは慌ててシンの後を追った。

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