忘れた記憶。
「やあ、起きたかい?」
「…………」
ユキが目を覚ますと、やたらとキラキラした男が目の前に立っていた。
床に引きずるほどの金色の長髪、薄いピンクの瞳、翼こそないものの、その服装はまるで天使――……
「……私、死んだ?」
「生きてる生きてる」
「今、何語を話してるの?」
「日本語かな。君に合わせてあげたんだよ。久々に日本語が通じて嬉しいかい?」
地面に大の字に寝転がったまま、ユキは自分が何故こんなところにいるのかを考えていた。
「説明が必要だろう? 知りたいことがたくさんあるはずだ」
(そう、それだ)
ようやく、色々考えているあいだに眩暈が襲ってきて倒れたのだと思い出す。
死んでいないのだとしたら、ここは夢の中なんだろうという考えに至った。
「言いたいことだけ言ったら接続を切るからよく聞いておくんだよ」
「え? 接続? ちょっと意味が――」
「ここがどこかは言わないよ。君は一度来ているのだから。それで私が言いたいことについてなんだけどね、君が何かを乗り越えるたびに、君から取った記憶を少しずつ返すことにしたんだ。理由としては“僕の楽しみのために”が一番近いのかな?」
「良くわかりません。記憶を取った? それに私がここに来たことあるってどういう――」
「それで今回は初めて記憶を1つだけ返すことになったから、その記念に呼んだというわけさ」
宣言したとおり、男はひとつもユキの言葉を聞こうとしない。
話したいことだけを一方的に話している。
「あの……本当にわからないんですけど、一体――」
「最初の記憶はこれだよ。さあ、これを取ったら帰るんだ。次に会う時は、怒られるんだろうなあ。あ! あと言葉が不自由だと可哀想だから、特別に私の魔力をわけてあげるよ。これで普通に話せるだろう。今の君の話し方は滑稽だからね」
フワッと光りが1つ男の手から湧き上がり、吸いこまれるようにしてユキの頭の中に入っていく。
完全に光りが消えるのと同時に、ユキの脳裏にある1つの映像が浮かんだ。
『え! いいんですか! じゃあ、グロイのが嫌いだから、グロイのが平気になるようにして下さい!』
『えぇ……? そこなのかい? 君は良くわからないな』
『だって、グロイのにいちいち反応していたら、守るものも守れないじゃないですか』
『ふーん……馬鹿そうな顔して色々考えているわけだ』
『おい』
映像はそこまで。
目の前にいる男と、ユキの会話だった。
「何、今の……!」
「これでおしまい。じゃあね、ユキ」
「いやいや……! ちょっ――これ、なに! わからないのですが!!」
男はニッコリ笑ったまま緩やかに手を振っている。
反射的に自分も緩やかに手を振りつつも、ユキはすっかりパニックになっていた。
「なんでこうなったんですか!? すんなり信じられるくらいに事実だと知っているのに、過程が全然思い出せないんですけど!! 誰を守らないといけないんですかね、私は!?」
叫び声は男には届かない。
いや、正確に言えば届いてはいるが、聞き届けられることはなかった。
* * * * * *
「……うわっ!? え……?」
飛び起きて辺りを見回すも、あの男はいない。
「夢……じゃ、ない、気がする……」
心臓は早鐘のように打ち、息が荒く、大量の汗をかいている。
一体何故……と考えるも、答えは出そうになかった。
「あの人、記憶を少しずつ元に戻すって言ってた……私が何かを乗り越えるたび……? なんなの……何を乗り越えろっていうの……」
ひとまず、グロテスクなことに対して耐性がついたらしいことは理解した。
ああ、だから血や内臓を見てもなんとも思わなかったのか、と理解しつつも、どうしてそうなったのかがわからないので腑に落ちない。
一応乙女らしく『キャーッ』とか言えばいいのだろうかと思ったものの、そういえば自分は男だと認識されているんだった、と思いなおす。
「……それに……言ったところで、一体誰がこれを信じるって言うの……」
相談しようにも、誰かが信じてくれるとは思えなかった。ましてや、あの頭のおかしい同僚達は絶対に信じないだろう。
鼻で笑われて終了だ。
「……いつか全てがわかる日が来るってこと……?」
ポツリとつぶやいたユキの声に返答はない。
ユキは、ただただ気が抜けたように座り込むだけだった。
* * * * * *
「おはようございまーす……」
「やあ、ユキ。おはよう。あれ、どうしたの? 随分眠そうだけど……」
「いや、なんか考え事しちゃって……あれ、どうしたんですか? 随分コゲてますけど」
「ああ、ちょっとね……」
何故か照れたように顔を赤らめるグラス。前髪がチリチリになって顔を赤らめるサマは異様だった。
しかしここはユキも日本人である。
人には聞かれたくないことの一つや二つあるのだと言い聞かせ、グラスのコゲに関しての情報は全て頭の中から追い出した。
「なんか少し言葉上手くなった?」
「あ、本当ですか? ちょっと勉強しました」
嘘である。
しかし、あの謎の男に会ったことは言わない方がいいだろうと思った。それに言ったところで、信じてもらえるとは思えない。
「そうなんだ? だから眠いんだな。ほどほどにするんだぞ」
「…………」
ニッコリと笑うグラスを見て、少しだけ良心が痛む。
「と、ところで……他の人はいつもどのくらいに来るんですか?」
「うーん……決まった時間はないんだよね。起きてしばらくしたら……かなあ?」
(駄目人間だ)
考えていることが顔に出ていたのか、ユキの表情を見たグラスは苦笑した。
「別に気まぐれで行かねぇわけじゃねぇさ」
声のした方を向けば、いつの間にかシンが立っている。
扉を後ろ手に閉めると自分の机に行き、その上に重ねて置いてある資料をパラパラとめくると、それをそのままゴミ箱へ捨てた。
「あれ……シンさんそれ書類じゃないんですか」
「どうだったかな」
興味が失せたらしいシンは、煙草に火をつけると大きく吸い込んで天井に向けて煙を吐く。
ボーっと煙を見つめているシンの顔は、今にも寝てしまいそうなほど眠たげな顔をしている。
「……ユキ。外行くぞ」
「は?」
この一言が、波乱の幕開けとなった。
活動報告にも書きましたが、現在、ルビを削除しています。
公開中のものから作業を始めていますが、しばらく時間がかかりそうです。