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キ印。

「レディス、その2人を始末しろ」


 シンがポツリと言えば、いまだ立ち尽くしたままだった黒尽くめの男達がぴピクリと反応する。

 男達は構えていた刃物を握りなおし、標的をシンからレディスにかえた。


「嫌よぉ。さっき赤豹部隊の子にお仕置きした時もそうだったじゃないの。撃つだけ撃って後始末はアタシ達でしょ?」

「アレは別に殺しちゃいねぇからいいだろうが。運がよければ目を覚ますさ」

「運が良ければ、ね」


 そう、あの黒豹部隊のことを犬と言ったばかりに襲われる羽目になった男は、今のところかろうじて生きていた。

 銃弾は確実に眉間に向けて放たれていた。しかし、とっさに後ろから軍服を引っ張った同僚のお陰で、男はかろうじて致命傷をまぬがれることができたのだ。おかげでその同僚はシンに(にら)まれることになったが、銃弾が(あた)ったことに満足したシンは後始末を全て部下に押し付けると食堂をあとにした。『殺されなくて良かったわね』とつぶやいたレディスの台詞は、赤豹部隊の男には聞こえていなかった。


(なんだろう……)


 ユキは、この緊張感の欠片もない2人に動揺していた。

 今なら殺せる。私が敵であれば確実に殺す。そう思ってはみるものの、なぜか近づいたが最後、自分が殺されるであろう映像が容易に目に浮かぶ。恐らく、黒尽くめの生き残りが動けないのはそれが理由だろうという考えに至った。

 そもそも話している内容がおかしい。


(さっき、赤豹部隊の人のことを言ってた……仲間だよね……殺すつもりで何かしたということ?)


 理解できないことが山ほどある。

 赤豹部隊と言えば仲間のはずだ。一体全体、どうやったら仲間を殺すような出来事が起こるのだろうかと考えてみるも、ユキにはさっぱり原因がわからなかった。


(仲間まで殺すような任務があるなんて大変――なわけない。確証はないけど、たぶん、絶対違う。なんだろう……なんか……この人達……)


 顔を引きつらせながらチラリと王子を見てみると、力なく地面に転がっているのが見える。最初の自分のように、氣にあてられてしまったのだろうかと考えるも、今まさに自分もあてられそうになっているので構っている余裕がない。

 とにかく、動いたら殺されそうな気がするのだ。


(空気が……重い……)

「さて、面倒だけど愛するシン隊長の命令なら仕方がないわねぇ」


 パンと両手を叩く音が響き、別のところに意識を飛ばしていたユキは、思わず肩を震わせる。

 スッと天に向かって立てられた指。それが何なのかと考える間もなく、最後まで残っていた黒含めの男達はいっせいに地面へと倒れた。


「えぇ……!?」

「神経マヒの魔法よ。やだ、そんな顔しないの。殺しゃしないわよ。お話を聞かないと駄目なんだもの。そのくらいの分別はつくわ」


 目を白黒させているユキに向かい、レディスがおかしそうにそう言う。


「赤豹部隊……の、人が……関係あるんですか? 今回のことに……だから殺した?」

「は?」

「レディスさん、さっき殺した殺してないの話、しました」

「あ~……それは別件。全く関係ないわ。しかも生きてるし。気に入らなかったから半殺しにした。それだけよ。主にシン隊長がね」


 今、何といったのだろうか……と。ユキは自分の耳を疑う。

 聞き間違えでなければ、『気に入らなかったから半殺しにした』と聞こえた。そして残念ながら、それは当たっているように思う。目の前の(シン)は悪びれたふうでもなく、たいそうつまらなそうに辺りを見回している。

 まるで『ちょっと友達と喧嘩しちゃったんだよね』と軽く雑談を言うかのごとく、サラッと言われた。しかも言われた本人はすでにこの話題に対する興味を失っており、辺りをキョロキョロと見回しているのだ。


「ま、人生そんなものよ」

「そんなわけないでしょう……!!」


 反射的に返すも、キョトンとした顔をされて血の気が引く。

 ユキは改めてこの黒豹部隊がどういう部隊なのかを理解した。

 つまり、気に入らないからと言う理由で仲間を攻撃しても部隊が存続できるほどに重要な機関で、そしてその制裁(リンチ)がわりと頻繁(ひんぱん)に、かつ当たり前のように行なわれており、あの変な視線は嫌われているどころの騒ぎではなかったということだ。

 ただの(ガン)である。


「深く考えたら負けよ」

「負け……」


 そんなことがあってもいいのだろうかと思いながらも、どこかで『なるほど』と納得している自分に気づく。

 それに気づいた瞬間、自分が早くも黒表部隊の考え方に毒されていっているのだと知った。


『ああ……! 駄目だ駄目だ……!! そんなの絶対おかしい……!』

「うるさいわよ。わけわからない言葉で叫ばないの」


 悲嘆にくれながらとシンを見つめると、ある一点を見たシンの眉毛がキュッと寄ったことに気づいた。

 そしてシンはゆっくり銃を取り出すと、その見ている方向に向けて銃を撃つ。森に大きな銃声が響き、それとほぼ時を同じくしてドサリという音が聞こえた。

 てっきりまだ仲間がいたのかと音のした方を向けば、そこにはグラスが倒れこんでいた。それを見た瞬間、先ほどの赤豹部隊の人を殺しかけたという話が脳内を駆け巡る。


「グラスさん……!!」


 撃った。仲間を撃った。

 まさか噂に名高い例のアレをこんなに早く目のあたりにするとは……と血の気が引いていき、あえぐようにして呼吸をする。


「そ、そん……な……」


 ヨロヨロと近づけば、グラスからうめき声が漏れた。


「何やってんだお前は」

「す、すみません……」


 シンの不機嫌を隠そうともしない声色に、起き上がったグラスはオデコを押さえながら申し訳なさそうにしている。


「えぇ!? グ、グラスさん……! 怪我! 怪我、ないですか!?」

「あ、ああ……別に撃たれてないからね」


 ユキはグラスに駆け寄りながら、気まずげにそう言うグラスを見て、震える息を大きく吐き出した。


「撃たれて……ない? 本当に!? グラスさん、間抜けだから気づいてないだけ! よく見てください!」

「ま、間抜け……確かにそうなんだけど……木の上にいたんだよ。足元の木を撃たれて着地に失敗したんだ。それよりもユキ……怪我はない?」

「怪我? 私? 私、ない。王子も、大丈夫です。あ、でもちょっと引きずり回して膝が剥けた」

「え……? それは大丈夫なの……?」

「死ぬよりはマシでしょ。まーったく。ド新人のユキの方が使えるなんて、アンタ考えた方がいいんじゃないの?」


 嫌味っぽく言うレディスに、グラスはよりいっそう気まずげになる。


「アンタ、何でまた木の上なんかに隠れてたのよ」

「……すみません」

「どうせ駆けつけた時には全てが終わっていて、タイミング次第ではシン隊長に烈火のごとく怒られるからって様子を見ていたんでしょ?」


 それは図星のようで、グラスは視線を彷徨わせる。

 しかし元をただせば、出勤時間に出勤しなかった方が悪いのだ。あそこで駒がそろっていれば、ユキと王子が危険な目にあうことも、グラスが胃を痛めることも、王子が膝を擦りむくこともなかったはず。

 声を大にしてそう言いたいが、言えば火に油。確実に半殺しにされる。それがわかっていたからこそ、グラスは静かに耐えた。


「ほら、間抜け。アンタ生き残りを抱えて帰りなさい。ユキは王子をおんぶ」

「は、はい!」


 ユキは慌てて王子を背負う。グラスもノロノロと黒尽くめの男達を縛り上げ、半分魂が抜けたような顔で小さくため息をついた。


「あれ、シンさん、いない」

「はあ!? ちょっとやだあ! 帰り道にデートしようと思ったのに、あの人先に帰っちゃったわけ!? 早すぎるわよ!!」

「じゃあ、レディスさん時間ありますか? グラスさん、大変。背負う、手伝う、お願いします」

「嫌よ。重いもの」

「え……でもグラスさん、2人も抱える、難しい。生きてない人、どうする?」

「…………」


 レディスは少し顔をしかめる。

 それを見て、ユキは余計なことを言って怒らせたのだと思った。慌てて言いつくろおうとすれば、レディスがユキのアゴをつかんで上を向かせる。


「死体に慣れているのね」

「え?」

「奴隷だから? 人を人とも思わない扱いをされて死んだ人を大勢見ているうちに、なれちゃったの? それとも……異世界では人が殺されるのが当たり前だったの?」

「な、なれ……? いや、違う……そんなわけじゃないです。一応、驚いてる……」


 レディスに言われた言葉は、ユキの内臓をキュッと縮み上がらせた。

 目の前で人が殺されたのに、自分はまるで映画でも観ているような感覚になっていると感じ、心臓が大きく波打つ。言われて見ればそうだ。逆に、言われるまでユキは気づかなかった。


「……?」


 一瞬、頭の隅でノイズがかった映像が見えた。


『――命を犠牲にする――気をつけ――……ない――』


 誰かの声がする。


(あれは……なんだっけ……)


 何か、重要なことを忘れているような気がする――なのに、それは全く思い出せない。


「…………」


 ユキが何も言えずにいると、レディスが大きなため息をつく。


「ほら、さっさと運びなさい」


 去っていくレディスの後姿をながめながら、ユキはドクドクと物凄い速さで動く心臓をなんとか落ち着かせようとした。

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