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真価を発揮できない男。

「お前か」


 シンら黒豹部隊が訪れた食堂は、水を打ったように静まり返っている。

 黒豹部隊が昼間から勢ぞろいで、かつ武器を手にしている様は非常に迫力があった。しかもそろいもそろって怒髪天(どはつてん)()く勢いだ。

 その刺さりまくる視線を一身に浴びているのは、少しやんちゃが過ぎると評されている黄豹部隊の若い騎士であった。この男をシン達が“犬発言の人”と特定できたのは、ひとえにシン達の迫力に負けた弱者のリークがあってこそだ。


「な、なんだよ……なにがだよ……」


 事実この男が犬と言ったことには間違いないが、男に身に覚えはない。全くない。

 そもそも黒豹部隊のことを犬と評するのは、何もこの男だけではない。だから、軽い気持ちで口にした台詞を、いちいち覚えているような者はいないのだ。


「犬、だってな」

「は? 一体なんの話――」


 有無を言わさず男の眉間に銃口が突きつけられる。

 男は冷静にサッと辺りを見回した。シンの後ろにいる黒豹部隊の者達はニヤニヤ笑っているし、周りにいる仲間達は誰も助ける気がないようで、静観している。というよりは動けないようで、真っ青な顔で自分を見ている。手を出したら自分も殺されてしまうから何もしないのだ。


「ちょ、ちょっと待て……意味がわからない。本当に心当たりがないん――」


 一人の同僚と目が合った。

 親指をグッと立てて青い顔で頷かれた。それを見て、男は息を細く長く吐き出した。自分が孤立無援であることを知り絶望したのだ。

 全身からドッと汗が噴出す。


「お、おいおい……その銃を下げろよ……それは仲間に向けるものじゃない。そうだろう……?」


 己は戦場ではなく食堂で死ぬのだと、そう、はっきり確信した。

 それも身に覚えのない理由で。


「待てって……よ、寄るな……!」


 とは言え、少しだけ『あ、もしかしたらあの時のことかな……?』なんて気持ちにはなっていた。

 しかし、それを言って謝罪したとして、自分の生存率が上がるかと言えばそうではないと理解していた。ならば、火に油を注がない(黙っている)方に一票だ。


「待てよ……なあ……! おい……!!」


 目の前の猛獣どもは、確実に自分を殺しにきている。

 それだけわかれば十分だった。




* * * * * *




「つまり、お前の国には黒豹部隊、赤豹部隊、青豹部隊、黄豹部隊、(りょく)豹部隊、()豹部隊の6部隊があるということだ」

「なるほど」

「……なぜお前より私の方が詳しいのだ……」


 王子はユキの無知さに閉口した。

 こんなのが六豹部隊の中でも最も優れているとされている黒豹部隊に所属しているのかと呆れる。きっと自分にはわからない物凄い能力を持っているのだと言い聞かせるも、まるで子供のような呑気さに『まさかとは思うが……』と思わずにはいられないのだった。

 しかし、王子はとうとう我慢できずに口を開いてしまった。


「……おい、お前……まさか“窓際”ではあるまいな」

「窓際? 職場の場所? 机、まだないです。わからない」

「……そうか……そう、だったのか……」


 斜め上の返答。

 王子は隠すことなくため息をついた。


(新人だ。確実にそうだ。机がないなんて新人以外の何者でもない。それも、勘が正しければ今日入ったばかり、ぐらいの新人だ)


 どこで何を間違えたのか、伝令はちゃんと伝わっていなかったのか、もしや自分はかの国に侮られているのか、と頭を抱えながら、王子は再びため息をつく。


「……私は外を見てこよう」

「え!? 駄目です! 外、危ない!」

「とは言ってもだな、外を定期的に見なければ助けが来た時にわからないだろう」

「私、外見る! 王子、中!」


 ユキを無視して洞窟の外へと向かう王子を慌てて追いかけ、その肩に手をかけたときのことだった。

 スッ……と音もなく王子の前に黒尽くめの男達が降り立つ。


「……え」


 ユキと王子がスローモーションで振り下ろされる手を見つめると、鈍い光を放つ刃物が見えた。

 その刃物が王子の首を通過する直前、ユキは肩にかけた手を思いっきり引き、王子を地面に転がす。


「っ!?」


 その反動を利用し、ユキは右足で思いっきり黒尽くめの男の腹を蹴り上げた。

 男は少しだけたたらを踏むも、すぐに体制を立て直して刃物を構えなおす。


「……お前達、どこの国からきた」


 ユキの質問には答えない。

 王子はようやく体を起こすと、『な、なんだ……敵か……!』とパニックにおちいり始める。


(やばい……やばい、やばい……どうしよう……やばい……)


 任務遂行は絶対だ。

 でなければ、アルージャが悲しい顔をする。ユキの頭の中にはこれしかなかった。だが、まだ騎士としての自覚が全くないユキが動くには、それだけで十分であった。

 ユキの中では、それは絶対に避けなければいけない出来事だからだ。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうし――……そうか。王子の盾になればいいんだ)


 ユキの瞳孔がギュッと開く。

 そして深く息を吐きつつ、いつでも動き出せる姿勢をとった時のこと。嵐はとつじょ訪れれた。


「ぐぅあっ……!!」


 目の前の男がうめき声を上げて倒れる。

 倒れた男の下からは真っ赤な血が流れ出し、川へ向かって色を広げていく。それを見たユキは、反射的に王子の目をおおった。他の黒尽くめの男達は、ユキ達に背を向けて辺りを警戒し始める。


「え!? 何……なんっ……何が起こっている……!」


 王子が戸惑ったように叫ぶも、それに答える声はない。

 代わりに、低い声が辺りに響く。


「おい、グラスの馬鹿はどこにいったんだ」


 現れたのはシンだった。

 不機嫌そうな顔で、片手にはピクリとも動かない黒尽くめの男。ユキ達の目の前にいた男達は動揺したように一瞬だけ顔を見合わせた。


(シンさんが持っている人は……死んでいる? あれはきっと私たちを追ってきた人とは別の人だ)


 顔面をシンの大きな手で握られたまま引きずられているのに、黒尽くめのそれは少しも動かない。

 死んでいるのは、誰の目にも明らかであった。


「どこに行ったと聞いている。答えろ」

「わ、わかり……ません……はぐれました……」


 息が詰まるほどの殺気にかろうじて答えれば、シンから発せられる殺気がさらに濃厚になる。


「やだ、はぐれちゃったの? 使えない子ねぇ。あらあ? その子が王子様?」


 ついで現れたのはレディス。

 これを見て、ユキはようやく助けが来たのだと悟った。恐らくレディスが現れなければ、シンが自分達を殺しに来たのだと勘違いしただろう。

 それほどまでに、シンの顔は不機嫌だったのだ。


「殺すか」


 つぶやかれたシンの言葉に、ユキは音を立てて唾を飲み込んだ。

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