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我らが黒豹部隊。

「っち……完全に油断していた……いや、言いわけか」


 グラスは息を切らしながら森の中を走り、辺りにユキ達がいないかを探す。

 森は恐ろしいほどに静まり返り、ユキと王子を追っていったはずの黒ずくめ集団すら見えない。

 先ほど応援をあおぐために緊急事態を知らせる伝令鳥(でんれいちょう)を飛ばしたものの、黒豹部隊の人間が起きているかといえば自信がなかった。


「…………」


 まずい。非常にまずい。

 元上官に『頼んだぞ』と言われて送り出されたにも関わらず、この(てい)たらくだ。まず間違いなく怒られる。それも1人2人とかいう数ではない。なんだったら総スカンだ。

 グラスのお供は元奴隷の骨と皮しかないド新人。守る対象は隣国の王子。現状はその2人とはぐれ、敵を見失い、その敵に追われ、敵の位置も正確に把握できていない状態。


「……俺、死刑かな」


 正直、グラス1人の死刑だけで済めば(おん)の字である。

 少しだけあふれてきた涙を拭いながら、グラスは森の中を駆けていく。




* * * * * *




「おはよー……あら、みんな早いのね」


 日はすでに空の真上に昇り、昼飯時になっている。

 ようやく起きてきたレディスがのんびり出勤すると、すでに部屋には全員そろっていた。


「おせーよ」

「アンタだって今来たんでしょ、ヤクー」

「隊長とメガネと新人なんてまだ来てないし。隊長はいつものこととして、新人が初日から来ないとかどうなの?」


 キャッツが呆れたようにため息をつけば、レディスはようやくいつもいるはずのグラスがいないことに気づいた。


「あら……定時出社のグラスがいないなんて。どうしたのかしら」

「いや、出てきちゃいるみたいだぜ。ほら、出勤板の出勤欄に印がついてる。新人も来てたみてぇだな。見たことねぇ印がついてるし」

「ならどこに行ったのかしら」

「知らないよ、興味ないもん」

「なによ。外出するなら行き先も書いていきなさいってのよね……」


 言葉通り興味なさげなキャッツを横目にレディスがデスクへつけば、それと同時に窓をコンコンとつつく音がした。


「伝令鳥か」


 ヤクーが窓辺まで行き窓を開けると、足に紙をくくりつけられた鳥がジャンプしながら部屋の中に入ってくる。

 差し出された足から丁寧に紙を外して読み上げていくと、ヤクーの顔が段々くもっていった。


「俺、パス」


 紙を放り投げるヤクー。

 それを拾い上げたレディスも顔をくもらせる。


「アタシもパス」

「……なんなの」


 レディスから受け取った紙にキャッツが目を通すと、そこには頭を抱えたくなるような走り書きが書いてあった。


「……これ要約すると、グラスの馬鹿がドジ踏んで国を巻き込んだ大騒動になりそうだから、助けてほしいってことだよね」

「そうね。なんでグラスがこんな任務やってるのかしら? 誰か何か聞いてる?」

「昨日帰るときには何もなかったんだから、依頼がきたんだとしたら午前中でしょ。僕、パス」

「なんだ。みんな気が合うな。ならこの紙は見なかったことにしようぜ」


 ハハハ、と笑いながらヤクーは紙を燃やした。


「何の話だ」

「あーん、シン隊長、お・は・よ」

「グラスの馬鹿がドジ踏んで国を巻き込んだ大騒動になりそうだから、助けてほしいって話」

「パス」

「よーし、隊長からもパスが出たんだ。無視だな、無視」

「そうもいくまい!!」


 バーンッと大きな音を立てて入ってきたのは、ドラゴニスだった。


「聞いたぞ馬鹿者ども……! くっそ……何度も何度も報告しようと思ったのにお前らは一向に出勤しない……! したと思ったらこのザマだ! いいか、それは、隣国の王子が関わった重要な任務で――」

「だったらなんだってんだ」


 スッと部屋の温度が下がる。


「誰が野郎のケツなんか拭きたいと思う」


 低音で吐き出されたシンの言葉は、本気でそう思っている声色だった。


「ぶ、部下を助けるのが上官の仕事だろうが! お前、それでも陛下に忠誠を誓う騎士か!!」

「国に忠誠は誓ってねぇし興味のねぇことはやらねぇと決めてる」

「お、おまっ――そんなんだから、赤豹部隊に“腰抜け犬の集まり”だとか“治外法権部隊”なんぞと呼ばれ――」


 その台詞に、シンの眉間にシワができた。


「気にいらねぇ」

「は……?」

「誰が言ったんだ。その()ってのは」

「誰が言ったかなんて――」

「殺しに行くか」

「は……!?」


 あっさりと……至極(しごく)あっさりとシンは腰を上げた。あれほど重かった腰が、スッと上がる。

 横で手を叩きながら『あんよが上手、あんよが上手』と手拍子を打たなければいけないのかと思うほどに頑なだった男が、たった一言でスッと立った。

 それも眉間に盛大なシワを寄せながら。

 そして先ほどと同じく、本気で『殺す』と思っている声色だった。


「僕も行く」

「アタシも~」

「犬って言われちゃあ、噛みに行くしかねぇだろうなぁ?」

「おい、待て……! 待て待て……!! 犬なんぞいつでも言われているだろうが! それしきの挑発に乗るな!! お前らは気に入らないからと言って人を殺すのか!!」

「殺すわよ。気に入らなかったら。今日はたまたまその言葉が聞きたくなかったのよ。残念ね、それを言った人は」


 別の日だったら見逃したのに、というレディスの顔も、形だけ笑っていて目が死んでいる。


「待て……! こら! それよりも任務を――あ、おい!! 本気かお前ら!!」


 焦るドラゴニスを置いて、黒豹部隊の面々は武器を手に部屋を出て行った。




* * * * * *




「くそっ……なんで誰も来ないんだ……! あまりにも遅い……やっぱりまだ寝ているのか……!?」



 全くの見当違いである。

 グラスはまさか仲間達がそろいもそろってどうでもいい理由で殺人を犯そうかとしていることなんぞ、知る(よし)もなかった。知りもしないまま、ひたすら森の中を駆け回ってユキと王子を探している。


「……1人で頑張るしかないのか……! 待っていろよ、ユキ……!!」


 悲しげな咆哮(ほうこう)が、森に響いた。

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