表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ロフト幻想

作者: もとじろう

 目が覚めて、痺れた様にあいまいな感覚の体を起こした。眠りについたときは太陽が南中して間もなかったのに、もう部屋には夜の帳が下り始め、カーテンの裏に覗く外のほうがぼんやりと明るく見えた。部屋の隅に置かれた水槽は青に近い色を湛えて、その水面は波立っていた。

 私はそうしてロフトから身を起こして窓を眺めていたが、不意に散らかった部屋に意識が集中し、じわりと涙が目ににじむのを感じた。白い壁。きみどり色のカーテン。水槽から聞こえるエアポンプの規則的な音。ためた洗濯物をまとめて洗って干した、不細工な物干し台と、のばしたままの延長コード。テーブルの上に出しっぱなしのコップ。読みかけの本が数冊。床に脱ぎ散らかした衣服。その散らかった要因は、ただ単に自分が好きなように、楽なようにしただけ。その様子を見るだけで何故涙が出るのだろう。一緒に眠った恋人が目覚めたら隣にいなかったわけでもない。宴の後の人寂しさでもない。じゃあどうしてなんだろう。誰にも気を遣わなくてもいい、誰も片付けてくれない、裏を返せば自分が一人であると言う証拠だからなのか。ただ一日が終わっていく夕方の気に当てられたのか。

(要するにさびしい)

 部屋はほぼ無音だった。聞こえる物音はエアポンプの鈍い作動音と空気の破裂音だけ。外からは何の音も、声も聞こえない。ああ、人と話さずに一日が終わっていく。もしかしたら、自分は寝ている前に声を失っているのかもしれない。そこまで考えて、私はただ声を出してしまえばいいことではないか、と気付いた。唇を少しだけ開いて、すっと空気を吸い込む。あとは声帯を振るわせるだけ。しばし私は胸を上下させてしまった。

(…だめだ)

 今、私にはこの静寂が破れない。非現実に太刀打ちできるリアリティが自分にない。寝起きのぼんやりとした体は、自分の存在も薄くしていくみたい。


 そうだ。

(私は魚なのかも知れない)

 突拍子もない考えが私の中に浮かぶ。私は小さく頷いて、反芻した。この白い壁は実は水槽のガラスの反射で…カーテンは水草。今音があまり聞こえないのは、水中の圧力と水の流れの変化に対応するための準備中だから。本当の私は瑠璃色の魚で、この水槽に仲間は一匹もいない。水草の間を上手く擦り抜けられるか挑戦して、水草を尾びれでなでたりもする。夜は自分で作った空気の泡を上下させて遊び、眠りにつく時はガラスに自分の鱗を映し観て、水の流れに身を任す。



こぽぽこくぽこくぽこ


 私の耳に残るのは、きっと止まってもなお耳に残る生命維持装置の音。

(なんだか怖い)



 私はかぶりを振った。足元から丸まったタオルケットをひきよせる。やわらかい。でも、汗ばんだ肌の感覚が気持ち悪い。

(もう一度眠れないかしら。夢は見なくてもいいから)

 私は体を横たえた。はやく光が、声が、私をこの場から引き上げてくれますように。



 おやすみ。


読んでくださり、ありがとうございます。

よろしかったら感想等書き込んでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ