あっちむいたらマツコ・デラックス
東北地方太平洋沖地震被災地への応援小説企画『SmileJapan』参加作品です。
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「じゃあいくよ…………じゃんけんぽん! あっちむいて……ほい!」
「エイシャオラァー!」
ヒロシの人差し指が体育館の入り口の方に向けられたのとほぼ同じタイミングで、タクミは妙な掛け声と共にヒロシの指と同じ方向を向いた。しかも顎をしゃくれさせながら。
「はい、タクちゃんの負けー」
「かかってこいコノヤロウ!」
「いや、かかってこいって言われても……もう負けてるからさ」
ヒロシは呆れた様子で指を戻す。目の前に座るタクミはまだ顎のしゃくれを崩さない。
これで二十連勝。ヒロシはため息を一つついた。タクミが「退屈だから」と言うので付き合い始めた“あっちむいてほい五本勝負”は、今のところチャンピオンヒロシが三度の防衛に成功している。
「タクちゃん、猪木のモノマネ気に入ってるんでしょ?」
タクミの顎はまだ戻らない。
「なんで右向くときは猪木なのさ?」
「左だとマツケンだぜぇ」
どこをどうすれば松山ケンイチに似るんだと、ヒロシはタクミの顔をまじまじと見ながら心の中で呟いた。
すると、タクミがとっさに左へと向き直り、表情を変えて歌いだした。
「オーレー! オーレェー!」
どうやらマツケンとは松平健のことだったようだ。
「ちなみに上だと松山千春、下だと松本一志だ」
松好きにも程がある。むしろ何故猪木なのか。
「正面向いてるときは誰にしようかな?」
そう言うタクミの正面顔がマツコ・デラックスにそっくりであることを、ヒロシは黙っていた。
呆れたようにヒロシはタクミから顔を背け、片手に持ったおにぎりを口に運ぶ。
すると、タクミが縋りつくようにして言った。
「なあヒロちゃーん…………」
「なに?」
「おれも“あっちむいて”ってやりたいよー」
その言葉を聞いて、ヒロシは先ほどまでの二十連勝を振り返る。思い出してみれば、タクミは一度もじゃんけんに勝っていない。
弱い。こんなにもじゃんけんが弱い奴だったのか。
ピンポン玉よりも小さくなったおにぎりの残りを口に放り込みながら、ヒロシは再びタクミと向き合って「いいよ」と言った。
そして見合う両者。いざ、再戦の時。
タクミの右手が人差し指を立て、それがトンボを追い詰める時のように小さな円を描く。
くるか。ヒロシは眼光を鋭くして指先に集中した。
「あっちむいてぇ…………ファイッ!」
タクミは指を折りたたんで両拳を顔の横に構えた。
「なんでファイティングポーズなんだよ!」
「ラウンド、ワン……ファイッ!」
「もしかして亀田興穀?」
「いや、大穀」
何がしたいのだろうか。「ちゃんとやってよ」と言いながら、ヒロシはもう一度身構えた。
タクミの指先が再び宙を泳ぐ。
くるか。ヒロシの視線が指先から離れない。
「あっちむいて…………ウィ!」
「そりゃ春日だよ! 求愛ダンスしてないで指差せよ!」
「あれ? そう言えばさ、あっちむいてほいの“ほい”って何?」
「ええ? 知らないよぉ」
ヒロシは瞬きすらも堪えて指先に集中している。
「でもさ、人に指図するのに“ほい”ってのは失礼じゃない?」
「そうかなぁ?」
まだか。だんだん目が乾いてきた。
「そうだよ。“ほい”じゃなくて“はい”にしようよ」
「何でもいいから早くしてよ」
「じゃあいくよ…………あっちむいてぇ…………はいぃぃぃっ!」
そう叫ぶのと同時、タクミは片足立ちになって背を丸めながら両手の平を正面に向けるポーズをとった。
「それエスパー伊東だよ! 結局指差してないじゃん!」
「どっかにボストンバッグは無いか?」
「タクちゃんじゃ入れないから!」
「じゃあテニスラケットを潜り抜けるよ」
「だから自分のサイズを考えろって! ってかエスパー伊東はもういいよ!」
「そんなにあれもダメこれもダメって言うなよ! じゃあおれは誰になればいいんだよ!?」
「モノマネなんてしなくていいから指を差せってんだよ!」
そこまで言うと、タクミがふてくされた表情を浮かべて天井を指差した。
その時の彼は、やっぱりマツコ・デラックスに似ているのだった。
<了>