第二十六話「クリエイターが言ってはいけないこと、向いている人」
こんちくわ。どうも、こんちゃ!
鰻が好きな人はぼくと仲良くなれます。
蒲焼さん太郎が好きだったら、鰻の蒲焼は美味しいと思います。
めっちゃ、ふわふわで、たれが美味しくて、骨も全然感じられず、じゅわっとする。
これが鰻ですよ。
5000円とかの鰻を食べると、マジで人生変わるので、試してみてください。
スーパーのは、若干くさいときもあります。
お店の3000円から5000円くらいの鰻は、めっちゃ美味しいので、いつか機会があったら、どうぞ!
丑の日とかに食べてみてくださいね。吉野家とかで美味しいのが安くあるので。
というわけで、今日は寝てました。
昨日、遊んだので、ずっと寝てました。気づいたら三時とかでした。笑
そこからシナリオの勉強をしてました。
ゲーム作りのシナリオの本なのですが、全然漫画に活きますね。
とてもいいと思います。
『ゲームシナリオの書き方』という本です。
キャラにはテーマを言わせるな。
というものが衝撃的でしたね。
じゃあ、鬼滅の刃の「他人に握らせるな」のセリフは、テーマではないのかなと思いました。柱の一人の冨岡義勇の一話目でのセリフですね。あれはかなり衝撃的なセリフでみんな覚えているのではないでしょうか。
あれが、炭治郎にとって指針となる言葉になっていくんですよね。
俺が守る、俺が俺のためにやる!という気持ちの統一された指針となるわけです。
鬼滅の刃のテーマというのは、鬼にも鬼なりの人生があって、それぞれの考え方があって、決して、懲悪を目的とした話ではないんですよね。
そうそう目的とテーマはリンクさせよ、と書かれてました。
勧善懲悪というものがテーマではないと思います。
だったら、鬼滅の刃で、鬼の過去のほっこりエピソードとかないと思うからです。
そうじゃなくて、それぞれの生き方があって、指針があって、あの無惨でさえ、生きる理由があるというのが、テーマかと思います。
それが明らかとなっていくのです。
普通に読んでいる人は、いやいや、これは悪を懲らしめる対立と成功の物語であると言うと思います。
ワンピースと同じでしょ。と。
これはぼくは誤りだと思います。理由はさっき書いた通りです。
鬼には、鬼なりの人生がある。
これがテーマかと思います。
だから、死というものは、鬼にも意味がある。
ということです。
だから、過去回想が、鬼にもあるのです。
鬼殺隊だけでなく。
そして、みんな戦って死んでいきますが、それぞれに、それぞれの人生があった……という話だと思います。
これらを踏まえて、鬼滅の刃を読んでみてください。
きっとぼくの言っていることがわかるかと思います。
鬼滅の刃を例に出しましたが、他の作品もシナリオを勉強したら、どういうテーマで目的で、書かれているんだろう?ということは、やったほうがいいと思います。
鬼滅の刃は特に、シナリオが得意というか、すごいので、例に出しました。
小学生が読んでもわかると思います。
グロいけど、そこが別にグロく感じない。
それは、家族の死というものがあって、死体がそこにあるとき、それを気持ちの悪い、グロテスクなものであるとは誰も思いません。
ホラー映画では怖い死体ですが、家族の死体ならば、それはまったく怖くないということ。
これが、鬼滅の刃のグロくてもグロく感じないからくりかと思います。
そう考えると、鬼滅の刃が日本でいちばん売れている作品であるというのは、納得できます。
本当にすごいと思います。
ワンピース、ドラゴンボールも、ありますが、それとは一線を画すと思います。
そもそも、バトル漫画、アクション漫画で、ただの勧善懲悪というものは、ないと思います。
ドラゴンボールも、敵が出てきますが、敵が仲間になったりしますよね。
敵が仲間!?という面白さがあると思います。
死んでも生き返る!?
もう生き返らない!?
強さに限界がない?ドンドン強い相手が出てくる?
という新鮮さがあったかと思います。当時、読んでた人たちは。
それが真似されて、敵が仲間になったり、生き返るという発想だったりが出てきたかなと思います。
ワンピースは、鬼滅の刃に似てて、敵にも敵なりの人生があるということが語られたりします。
クマとかも確か語られていたと思います。
それぞれの人生がある。
それぞれの思いがある。
これが、ワンピースと鬼滅の刃に共通するテーマかと思います。
じゃあ、人生を描けば、大ヒット作になるのか?
ということを思うと思います。
それは絶対に、違うと思います。
それぞれの人生があるなんてのは、もうデフォルトになった、ポスト鬼滅の時代になったと言えるでしょう。
だから、それはデフォルトとなったのです。よって、それだけだと、弱いです。
なので、もう一個、別枠でテーマを立てるしかないです。
そこに、それを納得させる「絵」ですから、漫画はだいぶ大変ですね。笑
ぼくはまだ、話がわからない状態なので、絵を鍛えつつ、やっていきたいと思います。
その作品の詳細な分析は、誰でもできます。
だから、編集さんは、絵が描けなくても、アドバイスがプロなのです。
よって、絶対に必要な存在です。
話の分析のプロというわけですね。
それは絵が描けなくても、漫画が描けなくても、できるというか、鍛えることは可能です。
だから、ぼくはヒット作が描けなくても、鬼滅の刃の解説ができているのです。
描けることと、分析できることはまったく異なります。
そこをたまに勘違いしてて、「編集は描けないくせに」とか、「漫画が描けないくせに生意気だ」とかを言っている人が、多いのですが、それはまったく異なる別の次元レベルの話ですよ、と言いたいです。
じゃあ、描いてみろよ
と言う人は、かなりのアホです。
それは禁句です。言ってはいけません。よく、クソみたいな作品を描いたり、何度も持ち込んでいるのに担当がつかないという人で、「じゃあ、お前が描いてみろ」と怒る人がいますが、それは、かなり的外れなことを言っていると言って、いいでしょう。
それはクリエイターにとって言ってはいけないこと、第一位です。
お前が描いてみろよ、描けないくせに。
それは、分析者に言ってはいけないことです。
たとえば、YouTubeに動画を出して、これこれこういうところが下手で面白くない要因かと思います、と言われたとします。
それに対して、いやいや、じゃあお前が描いてみろよ、と言うのは、禁句であり、絶対に反論として言ってはいけないことです。
なので、YouTubeとか感想で、酷評を食らっても、言ってはいけないことは、ある、と思ってください。
お前が描け。
これはクリエイターがプロデューサーに対して絶対に言ってはいけません。
演者に対しても言ってはいけません。
誰に対しても、お前が描け、は言ってはいけません。
ぐっと、心にしまっておきましょう。そして、次こそは!!という気持ちで描きましょう。
ぼくも、この作品は酷いと言われることもありました。
だけど、お前が描けとは思いませんでした。そうだよね……と、あそこがいけなかったのかな……と思うようにしてます。
それを、次の作品に活かしてます。
たとえば、構図がわかりにくい、最後ホラーで酷いとは言われたことあります。最近言われました。
なので、全体の引きの絵を入れるようにしたり、場所の5W1Hを意識したりしました。
そういうふうに、これは貴重なアドバイスであると思ったほうがいいです。
読者の言葉は。
だけど、振り回されてもいけないのです。
そこが難しいですよね。
読者がこれは嫌だった……と言われたら、そこは絶対に直さないといけません。
それは確実です。
ぼくはああ、そっか……と思って、直してます。
本当に、レビューって貴重でして。
誰も何も言わないのがいちばんだめです。
たまに星が5とかもらうと、おお、これよかったんだと思えて嬉しいです。
たまにしかレビューは見ません。精神衛生上よくないからです。
でも、たまに見てみたほうがいいです。
さすがに星1とか2とかのものは見なくていいと思います。3くらいのものは見ましょう。
傷つくことが100%ですが、見るようにしましょう。
ぼくも、知り合いに見てもらって、こことここが……というときは傷つきますし、じゃあ、お前がくらいは思ったりもしましたが、グッとこらえて、今後の指針にしてます。
そういうふうにしていくと、段々といいものが自然と作れるようになっていき、とても描きやすくなります。
本当に、他人のアドバイスというのは大事です。
ぼくが5ちゃんねるで書かれた悪口は全部チェックしましたが、そのおかげで、てきとうに描いて出すということはやめました。
これが最新の傑作であるというふうに気持ちが切り替わりました。
作業を、作業と思ってはいけないわけです。
漫画を作業と思ってしまうと、絶対に妥協してしまいます。
だから、俺はこれを傑作にして、悪口を言ってきたやつを、ぎゃふんと言わせるんだ!くらいの気持ちになったほうがいいです。
ぼくは、悪口を書かれてから、絵のクオリティが上がりました。
本当に嫌な出来事でしたし、感謝もしてませんが、絶対にあってよかった貴重な悪口だったと思います。
感謝はしてません。確実な悪口ですし、読者を馬鹿にしたり、漫画を舐めているわけでもなかったですので。
でも、その出来事があったから、変われたというのは、確実です。
それは絶対にそうです。
それは確実なので、感謝はしないこそすれ、あってよかったことだったなと思いました。
だから、シナリオの勉強も欠かさず、絵の向上も欠かさずできたかなと。
だから、誰しも、5ちゃんねるを見ろというアドバイスはしません。
だけど、誰かに見せて、酷評をしてもらうくらいのことはしてください。
おすすめは、編集さんです。
酷評をしてくださいます。ぼくは言われたことがないですが、本当に酷かったら言われると思いますので、持ち込みはしてください。
拙いねと言われる人もいるかと思いますが、それも貴重な酷評です。
ぼくはタイムリープものはいっぱいあるので、もっと意味のあることにしたほうがいいとか、これがある意味がわからないのもマイナス点であるとは、週刊少年ジャンプで言われました。
絵が拙いというのは、デッサンをもうちょっとやりましょうとかは他で言われたことがありました。
持ち込みはボロクソに言われるだけではないのです。
それは貴重な、貴重な酷評な場合もあるのです。
それで心が折れるくらいなら、漫画家はなってはいけません。
ぼくは悪口、酷評をしっかりと受け止めて、漫画を描く際の指針と今はなっております。
本当に、ありがとうとは言いませんが、酷評をしてくださって、よかったですとは言います。
誰かに言われることがない人は、絶対に持ち込みをしましょう。
そうすると、自分がどの位置で、どのくらいのレベルにいるのかがわかります。
ネットの悪口も見てみるのもオススメですが、これで漫画を描くのをやめようかな……という人が出るのは、ぼくとしては嬉しくないので、本当に、良薬は口に苦しということをしたいマゾヒストだけやってください。笑
ぼくのおすすめではありません。
ぼくは怖いもの見たさで見て、一回、筆を折りましたが、復活して、それをバネに、画力・話が向上しました。
筆を確実に折りますとだけは言っておきます。
悪口を見ると。
悪口を見てしまうと、確実に筆を折ることにはなります。
しかし、そこから復活すると、かなり強くなります。
そこで折ってしまって、戻らない人は、漫画家には向いてないので、ならないほうがいいです。
小説家になる人も同じです。
酷評を食らって、筆を折り、復活できない人は、漫画家にも、小説家にもシナリオライターにさえ、なるべきではないです。
そこが指標ではないのですが、そこで復活できない人は目指すべきではないです。クリエイターというものに。
YouTubeを始めて、酷評を受けるというのが、メンタル強くするのに、おすすめですが、確実に凹むので、マゾヒストだけですね。
でも、そこを乗り越えられる人は、強いですし、絶対にいい作品が描けます。
そういう人は、かなりかなり、漫画家適性が高いです。
YouTubeやって、悪口を書かれる。
へん!と思える強さ。
漫画家にめっちゃ向いてますので、そういう人は突き進んでください。
悪口適性が高い人は、クリエイターに向いてます。
というわけで、今回はここまで!!
漫画を描く際のメンタルの話に終始なってしまいましたが、かなり参考になった人は、まず、持ち込みをしましょう。
それで筆を折る程度なら、漫画家にはならないほうがいいです。
ではでは。




