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名を交わす

 夜の帳が降りた陣内、六角形のテント内にも、兵士達の飲めや歌えの大騒ぎが聞こえてくる。


「勝った」

「そうですな」


 姫君が自らとレイモンの間にあるテーブルを力強く叩く。


「それだけか? お前の指揮で負け続けた戦さに私は一度で勝ったんだぞ」


 レイモンが鋭い眼光のまま小さく息を吐いた。


「姫君の活躍、失礼ながら驚きました。ですが独断で出撃なさるのは今後は謹んで――」

「戯言はやめろ!」


 外から木のジョッキで乾杯する音が響いてくる。


「貴様は何故盾主体の部隊に編成し直し、負け戦をし続けた! 返答しだいでは背信と看做すぞ」


 じっと姫君を見詰めるレイモン。


「姫君の父上……シャルル様の死にどう思います?」

「和平交渉を装ったルーグの騙まし討ちで殺されたんだろ。その上、和平交渉を決裂させたのはそちらの方だ! と言いがかりをつけ戦争しかけやがって、汚い連中さ」

「逆です、ルーグ公を《《シャルル様が騙まし討ちしたの》》です。それをルーグ公は間一髪で回避、互いの近衛兵同士の戦いの中、シャルル様が倒れたのです」

「嘘をつくな!」

「嘘じゃねえな」


 レイモンの頭に指を突っ込んだまま俺は言った。


 舌打ちする姫君。


「……まあいい、続けろ!」

「ご存知のようにルーグ公は西火帝国ブラッド皇帝の甥です」

「うむ」

「その西火帝国では帝位継承争いが水面下で激化しており、その争いに加わった勢力が、ルーグ公に白羽の矢を立てたのです」


 俺の頭の中に、見た事のない人物が浮かび上がる。

 長いヒゲを生やした腹黒っぽい顔つきのオッサン。

 これがルーグ公か。


「事実、皇帝の兄弟を後継者に擁立している連中にとってそれは脅威に映った。そこでわが国に目をつけたのです」

「ルーグと長年続く、境界争いを利用されたか」


 レイモンが頷く。


「そしてシャルル様は戦費援助と、ルーグから切り取った領土安泰の密約を、兄弟擁立派と結んだのです」

「……結局は帝国の連中に利用されて踊らされた訳か」


 再び舌打ちする姫君。


「その話は置いておきましょう。問題は、軍事手腕を一手に担っていたシャルル様亡き今、我が国はルーグと対等に渡り合える術を持ちません。また、皇帝は矢傷で意識が戻らず衰弱するばかり。ルーグ公帝位の現実性も帯び始めてきたのです」

「成る程、それで合点がいった。あれか、ルーグが皇帝になった時を考え、今まで切り取ってきた領地をわざと負けることで返納してるという間抜けな事をしてるって訳か? あん?」

「ルーグ公の気位の高さはご存知でしょう、姫君」

「その弱腰が……」

「姫君!!」


 雷のような一喝ではない、地響きのような低い一喝。


此度(こたび)の戦さ、《《こちらが仕掛けた》》のですぞ! そして《《主を失った》》。この戦さにもはや大義はないのです。これまでにこうむった財的、人的、時間的損失はいか程かおわかりですか?!」


 レイモンから視線を逸らす姫君、その顔は悔し気だ。


「姫君が打ち取ったバーナード将軍は、ルーグ公婦人の叔父です。必ずや弔い合戦をしてくるでしょう」

「レイモン、私は……」

「姫君を責めているのではありません。シャルル様の密約を……いや、その話しすらされなかった私の不甲斐なさゆえのこと」


 一呼吸置いて、レイモンが深く息を吐き出す。 


「この話の続きは明日にしましょう、姫君」


 頷き、背を向けようとする姫君にレイモンが口を開いた。


「しかしながら、勝手とはいえあの奇襲攻撃で敵大将を討ち取るとは大変な武功。敵がここぞという攻勢に出たときこそこちらが勝利する機、という言葉を見事実証なさいましたな、姫君」

「この言葉は心から言ってるぜ」


 姫君が困惑顔で照れる。


「疲れた、今度こそ本当に休むぞ、レイモン」

「どうぞ、じっくりと休まれますよう、姫君」


 背中を向け、出口まで歩いた所で姫君が足を止めた。

 そして、不敵な笑みの横顔をこちらに向けこう言った。


「私は変わるぞ、レイモン」


 ?という思考を浮かべるレイモン、そんなレイモンから指を抜いた俺はテントを通り抜け外へ出た。

 篝火の明かりの中、酔いつぶれて騒ぐ兵隊達をよそに歩いてゆく姫君の背中が見える。

 姫君が消えて行った馬車はマイクロバスほどもあり、それを見下ろしながら暫し考えた。


 女の子なんだから当然着替えをするであろう、休むとか言ってたからパジャマとかに。

 

 女の着替えは遅い、いつだったか葵の着替えが終わったと思い込み部屋の扉を開けたことがある。

 

 目に飛び込んできたのは両手で胸と股間を隠し、泣きそうな顔で震える下着姿の葵。

 いや、あれは本当にラッキーだった、じゃなく本当に悪いことをした。

 まあ、鈴音とは月とすっぽんな凶暴姫君の着替えなんかどうでもいいが、ヘタに騒がれるのも癪に障るというか何というか。


 あれから三十分は経ったか、どれ行ってみるか。


 俺は馬車の屋根に着地すると頭から入り込んだ。

 

 中は薄暗かった。

 窓から入る篝火の明かりでぼんやり車内が見える程度だ。

 床には何種類かのクロスボウ、その傍らには肩当や胸当て、鞘に納まった短剣が転がっていた。

 

 部屋の片隅で両膝を抱える姫君を発見。

 近づいてみると寝息を立てていた。

 姫君の頭に指を近づけ――引っ込める。

それからちょっと考え、俺は姫君の頭に指を入れた。

 

 草原に吹く爽やかな風のような感触、がそれは一変、氷雨混じる豪風へと変化した。


 (早くボウをまわせ! 早く早く!)

(来る、敵が追いかけて来る!! 怖い、怖いよ!)

(実戦、これが実戦!! 怖い)


 俺は指を引き抜いた。


 こいつ、今日が初めての実戦だったのか


 昼間の姫君の顔が思い出された。


 野獣のような目、一点の曇りもない鏡のような笑顔、そして残酷な笑顔。


 それなのに、俺を利用した奇襲作戦、撤収方法をぱっと思いつくとはな。こいつ、いったい何なんだろう?


 眉間に皺をよせ、軽くうなされている姫君。


 恐怖に怯える女の子……だよな。葵とタメの


 俺は天井を通り抜け、外に飛び出した。

 三日月が浮かんでいる。


 そういやこんなことしてる場合じゃなかったな、葵を……いればだが、探さないと


 俺は夜空へ飛び出した。

 魂になった為か、真っ暗な中でもナイトビジョンのように視界は良好。

 

 夜が明けるまで俺はこの世界を飛び回った。

 そして薄々気付いていたことを痛感した。

 いくら何でも広すぎる、と。

 

 少しずつでもいい、探し続けよう


 俺は自分にそう言い聞かせた。

 そして束の間、考えた。


「それまではあいつを相手にしてやるか」

  

 そう呟いて、姫君の居る陣地へ瞬間移動した。

 陣地は跡形もなくなっていた。


 引き払って帰路についたか


 俺は地面に残る、無数の足跡を追って飛行を始めた。

 姫君の軍勢は程なく見えてきた。

 縦に長いその姿は巣を行き来する蟻の群れみたいだった。

 先頭集団の上に来た俺はすぐさま姫君を発見した。

 白馬にまたがりながら落ち着きなく辺りを見回している。


 ははぁ、俺が居なくなったもんだから、ああやって探してんのか。案外かわいいとこあるんじゃん


 俺は驚かせてやろうと後ろから姫君を見下ろす位置に移動した。


「ん?」


 姫君の斜め後方にいる兵の様子がおかしい。

 さりげなく左右を窺いながらじりじりと姫君に接近している。

 俺はそいつの真横に移動した。油断なく光る目、視線は落ち着きがない。

 腰に差した短剣に手を掛けている。

 

 そいつの真上に瞬間移動、頭の中に手を突っ込んだ。

 頭に流れ込んで来たのは冷蔵庫のアイスを掴んだような冷たさと明確な殺意。


「おい、姫! 馬を走らせろ!」


 俺の声に姫君が振り返る。


「狙われてるぞ! 早く逃げろ!!」


 姫君の視線が俺から兵に移る。

 目を見開く姫君。

 兵は短剣を握った両手を懐に構え、着実に姫君に近づいてゆく。

 

 姫君が腰の鞘に手を伸ばす。

 間合いに入った兵が駆け出した。


 間に合わない!


 俺はとっさに右手のトカレフを兵の背中に合わせ、引き金を引いた。

 

 今度は完全に引けた。

 

 銃声は起こらなかった。

 不発かと思ったが違った。

 銃口から空気を歪ませる衝撃波のようなものが発射され、兵の背中に吸い込まれていった。

 兵の足が一歩二歩動いたところで止まり、ナイフを落とすと両手を振り回し大声で叫び始めた。

 

 そこで異変を感じたのか他の兵が集まってくる。

 姫君は青ざめた顔でそれに目をやった後、宙に浮く俺を見た。

 

「ルーグとかいう所の刺客か?」


 姫君の横に移動した俺が言う。


「だろうな。まさか戦さ直後に仕掛けるとは思わなかった」


 駆け寄ってきたレイモンに何度も「大丈夫」と言い、馬を歩かせるジャンヌ。


「おいおい、ちょっと素っ気なさすぎじゃないか。レイモンのおっさん可哀想だぜ」

「……ところでお前、ア、アレに何をしたんだ?」


 数人の兵に抑え込まれた暗殺者が首を左右に振りながら意味不明な事を叫び続けていた。

 目は完全に正気を失っている。

 俺は右手の拳銃を揺らす。


「トカレフ……って名前の武器なんだが、これのせいでああなったみたいだ」

「見たときから気になっていたが、とかれふ? というのか、それは。鉄で出来ているようだが武器なのか?」

「火薬を爆発させて鉛の弾を飛ばし相手を殺傷する武器なんだが、撃った相手の正気を奪う武器になったみてーだ」

「よくわからんが、ああいう風に正気を失わせる武器なのだな。ふーむ」


 青ざめた顔はどこへやら、興味津々にトカレフを見つめる。

 その顔が何とも可愛らしいやら、面白いやら。


「ところでお前、今までどこへ行っていた?」


 姫君が思い出したようにこちらを向く。

 その目付きは、門限を過ぎて帰ってきた我が子を見る母親のそれに似ていた。 


「ちょっと探さなきゃならない用事があってな、ついさっきまでこの世界飛び回ったんだけどよ」

「探さなきゃならない用事? この世界に迷い込んできたお前が何を探すのだ」


 ジャンヌが声を殺して笑う。

 妹のことを話すのも面倒なので俺は話題を変えた。


「しかしこの世界の人間って面白いな。死ぬと土とか水になるんでビックリしたぜ」

「は? ということはお前の世界では死ぬとどうなるのだ」

「どうなるって……死ねば体は腐っていくから土に埋めたり、焼いて骨にしたりする」

「く、腐る? お前の世界の人間はこちらの動物や魚と同じなのだな。恐ろしく野性的だ」

「死体が土や水になるほうが科学的におかしいだろ、どうなってんだよこの世界の人間はよ」

「土の民は土に、水の民は水に還る、それのどこがおかしい」

「じゃあ火の民のお前はどうなるんだよ」

「灰になる」

「なんだそりゃ、火の民だけバンパイアみたいだな」

「ばん……ぱい?」

「まっ、ともかくこの世界は広すぎる。誰も俺のこと見えないし。つーわけで、しょうがねーから取りあえずお前んとこに居てやるよ」

「本当か! 本当に、本当だな!!」

「おいおい、大声出すな。周りの兵が怪訝そうに見てるぞ、姫君……って、そういえばお互いまだ名前知らなかったな。お前、なんていうんだ?」

「んっ、お前から名乗るのが礼儀であろう」

「ああ? 姫君だからってお高くとまってんのか? 俺はいいんだぜ自己紹介なんてしなくても」

「お前の居た世界はやはり野性的のようだな。無礼がまかり通る世界らしい」

「頭来る事言うなお前も……って、おい、もう喋るな。レイモンのおっさんがじーっとこっち見てるぞ」


 ムッとした表情でプイとそっぽを向く姫君、その表情が妙に可愛らしく見えた。


南部匠(なんぶたくみ)だ。タクミって呼んでくれ」


 目だけを俺に向けた姫君がニンマリと笑みを浮かべる。


「タクミ……か。私はジャンヌ! ジャンヌ・パシアルドーファンだ!」

 

 

つづく 次回から新章突入

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