夕焼けに照らされる廊下
昼休みのチャイムが鳴った。教室は喧騒に包まれる。
「ねー。晶〜仕事手伝って〜」
篠川が書類をたくさん抱えていた。
「うん。手伝うよ」
「サンキュー助かるよ」
逃げる理由には丁度良かった。
「職員室の扉の近くにある机に置いて」
静かな廊下に2つの足音が響く。少し薄汚れた机に書類をそっと置く。
「ふ〜疲れた……そういえば、英語の授業の後に話したいこととかあった?こっち見てたけど」
その話題には答えたくなかった。右足を後ろに下げる。
「特にないよ…たまたまだから」
「そっかー……一緒に昼メシ食おうぜ!」
小さく頷いて騒がしい教室に戻り袋を手に取る。その時篠川に手を掴まれ校舎裏に連れて行かれた。
「ここで食べよっか!」
キョトンとして聞き返す。
「本当にいいの?こんな所で…」
「もちろん!俺はここで食べたい気分だからな」
笑顔って素敵だよな。あんなふうに心の底から笑えたらな。
ラップに包まれたおにぎりを取り出して上手に食べる。
「部活とかどうする?俺は卓球部に入った!」
「そうなんだ…中学校の時はバスケ部じゃなかった?」
「理由は…何となく?なんか部活見学して直感で入りたいなって。あと鶴巻さんも入るから」
「後半の部分が理由の9割ぐらい占めてそうだけど……でも決まらないより良いと思うよ。それに何かに集中できるって魅力的に見えるし凄いと思うよ」
最後の一口を食べてラップを丸くして袋に入れる。
「何してるの?篠川くん」
「その声は…鶴巻さん!どうしたの?」
「一緒にご飯食べたいなって探してた。でももう食べ終えちゃった?」
篠川は手招きして隣をトントン手で叩く。
「隣いいよ!来て」
「失礼します…二人の邪魔したかな…」
彼女は申し訳なさそうにこちらに目を向ける。
「気にしないで…大丈夫だから」
彼女と篠川は楽しそうに話している。僕はその会話を聞くだけ。特に話すこともないし質問されることもない。
静かな風に揺られる葉の音が心地良い。
「卓球好きなの?」
「私は好きだよ。中学校でもしてたから。篠川くんもしてたの?」
「僕は…バスケ部だったよ」
「ならバスケ部に入れば良かったのに」
鶴巻さんは少し冗談ぽく言う。
「もしかして、私が入るから?」
篠川は動揺したように目を逸らす。
「そ…ちが…違うわけではないけど…」
彼女は満足したように笑って立ち上がる。
「次は体育だから早めに準備してね」
「うん、ありがとう」
足音が遠のく。篠川は耳まで真っ赤になっている。
「晶…俺って分かりやすい?」
「うん。めっちゃ分かりやすい」
「そっか〜……着替えよっか!体育楽しみ!」
さっきまで恥ずかしがってた奴がもう立ち直って笑顔になってる。
「そうだな」
その背中を追いかけたい。ずっと友達だったはずなのに遠い存在に見えた。あんなふうに凛と自分を持っていて素直な人になりたい。
ふと校舎を見上げた。
(あ…図書室行くの忘れてた)
冷や汗が額に浮かぶ。
「ごめん!先行ってて!」
時間を確認する。
走って図書室まで行く。汗を乱雑に拭う。ドアの前で息を整える。
意を決してドアを開く。シーンとした空気の中ポツンと一人椅子に瑞穂さんが座っている。
寂しそうな表情でパソコンを見ている。窓から吹き込む風に彼女の髪が揺れる。
こちらの存在に気づいて彼女はこちらを見つめて少し顔をしかめた。しかしいつもの凛とした表情に戻った。
「遅い」
「ごめん!忘れてた!」
チャイムが鳴り休み時間が終わる。太陽が雲に隠れ彼女の顔に影が落ちる。
「何してたの?」
「友達と話してた…」
「私の事忘れないでよ」
彼女は拗ねたようにそっぽを向いた。
「寂しかった…」
その言葉は静かな図書室には響かなかった。
彼女の足音だけが図書室に響く。僕は言い訳すらも思いつかなかった。図書室の外から男子の騒ぎ声が聞こえる。
「いいもん。……今日の放課後図書室来て。話があるから」
彼女は勢いよく立ち上がり早歩きで立ち去ろうとする。
「あ、待って」
「待たない。先行ってるから。あと体育だから遅れないで」
ドアが少し音を立てて閉じた。爪が食い込むほど手を握る。
彼女がどうでもいいわけない。ただ忘れてしまった。言い訳にすらならないかもしれないけど。
一人残された図書室にまだ彼女の匂いがした。




