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駄作の傑作 - 俺が書いた物語に転生したんだが……  作者: 日和秋彦
第1章 404エラー

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第六話『季節は滅茶苦茶』

『追伸:先に進みたくば購入せよ。さもなくば……』


 そんな脅し文句を、俺は無視した。

 なぜか? 馬鹿げているからだ。

 明らかに見え透いた罠。行けば面倒事に巻き込まれ、断っても角が立つ。

 いや、あるいはそうでもないのか?

 ……もう、考えるのはよそう。


 俺は、覚えた『音声魔術』を試そうとしていた。

 かつて現実の妹が「お兄ちゃんって無駄にいい声してるよね」なんて言っていたのが思い出される。

 なんたる皮肉。まさか最初のチート能力がそれに関連しているとは。

 これって、俺自身が書いた設定だったか?


「違うわよコモリ……全然なってない!」

「フユネ、お前教えるの下手だな」

「はあ……? 私、シタガキでも一、二を争う魔術師なんですけど!」


 ああ、そうだった。

 この世界の名は『シタガキ』。

 いちいち自分の居場所を突きつけてくる名前だ。

 俺が最初にこの物語のファイルを作成した時、仮題として付けた名前。

 それがそのまま世界の名として定着し、命を宿しているなんて、未だに信じがたい。


 他の物語もこうなのか、それともこれはいわゆる『オーダーメイドの地獄』ってやつなのか。


「誰だよ、その『一番』なんて称号をくれたのは」

「私の才能に決まってるでしょ!」

「意味わかんねえよ……まあいい、どうすりゃうまくいくんだ?」

「自分の中に風を感じるのよ。こう、内側をくすぐられるような感じ」


 言われた通り試してみたが……。


「駄目だ。何も起きない。その感覚とやらがイメージできん」

「変ね……直感的にわかるはずなんだけど。うーん……」


 彼女は天に向かって人差し指を突き上げた。


「そうだ、覚悟して!」

「ちょ、待て……!」


 彼女がいきなり飛びかかってきた。

 止めようとしたが、俺の口に掌を押し当ててくる。

 ふう、と息を吹き込まれた。

 爆発でもするかと身構えたが、感覚は違った。

 風が全身を駆け巡り、彼女の言っていた感覚が手に取るように理解できたのだ。

 なんて強引な伝授方法だ……。


 俺はたまらず抵抗する。


「んぐぐっ!」

「これで感覚はわかったはずよ。もう言い訳できないわね、コモリさん!」


 手が離され、ようやく俺は息を吸った。

 皮肉なもんだ。


「本当だろうな。何も起きなかったらその杖、没収するからな」

「見てなさいよ!」


 感覚をイメージする。

 全身を巡る風。

 いや……カードからスキルを授かった時に感じた、あの奇妙なエネルギーの奔流だ。


 俺は腹の底から声を張り上げた。


「こんにちわあああああああ!」


 叫び声があまりに大きく、木々の鳥たちが一斉に飛び立った。

 すまない、新しい力に振り回される未熟な少年。それが俺だ。

 俺の最初の能力! たとえそれが……うん……微妙だとしても?


「言った通りでしょ! できるってわかってたわ!」

「へいへい、ありがとなフユネ」

「ありがとう? 勘違いも甚だしいわよ、コモリさん」

「あ?」

「私の大事な杖を脅しのネタに使ったわね。罰として、私が言ってたあのレストランに連れて行きなさい!」

「レストランなんて本当にあるのかよ、冗談かと思ってた……」


 文句を言う隙も与えられず、俺はその場所まで引きずられていった。


『物語が生まれる場所、とかそんな感じの店』

 皮肉でもなんでもなく、本当にそういうふざけた名前の店だったのだ。


 飯は美味かった。

 ソースの味が独特なスパゲッティ。

 俺はそれを堪能した。


    ◇


 異世界に来てから、早一週間。


 目覚めはいつも通りだ。

 俺の上にはフユネが乗っかっていて、その杖の切っ先が今にも俺を串刺しにせんとばかりに突きつけられている。

 だが、今日は何かが違った。

 いや……違う、という言葉では生ぬるい。それはあまりに極端な変化だった。


 ガチガチと歯が鳴るほどの、猛烈な悪寒。

 フユネに抱きつかれているというのに、体の芯まで凍りつきそうだ。

 一体、何が起きている?

 昨夜はあれほど蒸し暑かったというのに、今は気温が常軌を逸したレベルまで下がっている。


「おはようございます、コモリさん」


 視線をやると、ユミヅキが反復横跳びとスクワットを繰り返していた。

 彼女のすぐ横、全開になった窓からは、容赦なく雪が吹き込んでいる。


 待て……。

 雪、だと!?


 そして何より、もっとも重要な疑問が一つ。

 ――なぜこの極寒の中で、タンクトップ一枚なんて恰好でいられるんだ?


「ユ、ユ、ユミ……」


 寒さで震えが止まらず、言葉がうまく出てこない。


「ん?」

「ま、ま、ま、窓を閉めてくれませんかね……?」

「どうして?」


 彼女は動きをピタリと止め、不思議そうに片眉を上げた。


「い、いいから閉めてくれ、頼む」


 彼女はそれ以上何も聞かず、パタンと窓を閉めた。


「本当に変な人ですね……最初は窓を開けっぱなしにしておいて、今度は閉めろだなんて」

「昨夜は暑かったんだよ! 俺のせいじゃない!」

「あら、この村の気候変動についてご存じない?」

「はあ? 知るわけないだろ、だからこうなってるんだ!」

「一週間ごとに季節が変わるんですよ。だからこの村は『E404』って呼ばれてるんです」

「それとこれと、何の関係が?」


 E404……エラー404のことか?


「コモリさん、季節はいくつあると思います?」

「四季……四つだろ」

「正解。四季があります。その『4』がポータルである『オー』をくぐって、季節が入れ替わるんです。ある晩にすごく暑かったら、次は逆になるってわけ」

「あー、はいはい……なるほどね、筋が通ってる……」

「何か言いました?」

「な、なんでもない! 理解した!」


 これ以上ツッコむのはやめた。

 少なくとも、彼女相手に理屈を求めても無駄だ。


 俺の脳は必死に情報を処理しようと試みる。

 要するに、四季の一つがポータルを通って入れ替わる設定らしい。

 つまり……春の夜が暑かったら、次は冬になるってことか?

 しかも、この村限定で?


 その時、ふいに記憶が蘇った。


『初期村は全季節対応、魔法的トランジション付きだよ!』


 ……そうだった。

 こうして世界は、勇者の初期村に対し、「一週間ごとに季節が激変する場所」という有難迷惑なプレゼントを贈ることにしたのだった。


    ◇


 細かい理屈は無視して、俺は防寒具を買うことにした。

 寿命わずか一週間、このふざけた気候変動を乗り切るためだけの服だ。


クエストをこなすための必要経費とはいえ、支払いの代償は大きかった。

俺の貴重な財産――『パン』の塊をいくつか失うことになったからだ。


 この世界の通貨事情は、少々トチ狂っている。

 通貨としてのパンには、二つのレートが存在するのだ。


 一つは『完全体』。

 もう一つは『不完全体』。


『完全体』として認められる条件は、以下の通り。


 ・五体満足であること(皮肉抜きで)。

 ・亀裂が入っていないこと。

 ・ふっくらと柔らかいこと。


 焼きたてである必要はないが、硬化するにつれて価値は暴落する。

 石のようにカチコチになれば、店にある魔導レジスターが反応すらしなくなるからだ。


 対して『不完全体』とは――

 ・買い物のために、身を削ってしまったパンのこと。


 一度でもちぎれば最後、手元に三つ分のパンがあったとしても、価値は「二つと残りカス」に成り下がる。

 わずかな亀裂でレートが下落する、貯蓄絶対殺すマンとでも言うべき理不尽な経済システムだ。

 鮮度を保つ『保存袋』なるアイテムも売ってはいるが、効果は永続しないし、衝撃耐性もないときた。


 ……俺は一体、パンの通貨システムについて何を熱心にメモしているんだ?

 いや、こうして手を動かしていないと、寒さと現状のバカバカしさで気が狂いそうになるのだ。

 頼むから、誰もこの哀れな姿を笑わないでほしい。


「コモリ!」


 外から鋭い声が飛んできた。

 剣を携えたユミヅキだ。


「特訓を始めますよ!」


 俺は買ったばかりの厚手の服を着込み、急いで外へ出る。


「……ちょっと。脱いでください、それ」


 俺の格好を見るなり、彼女は露骨に顔をしかめた。


「なんでだよ? 寒いだろ」


 俺はため息をつき、しぶしぶ服を脱いで椅子の上に置いた。

 なるべく平気な顔を装ってみたが、体は正直だ。ガタガタと震えが止まらない。あまりに情けない姿だ。


「いいですか。あなたが魔法を使った時の、あの魔力の感覚を思い出して」


 ユミヅキが俺の周りをゆっくりと歩き始める。

 それがどうにも俺を落ち着かなくさせる。

 彼女は悔しいほど美人だし、その体はしなやかに引き締まっている。

 ヘマをすれば、その美しい筋肉から繰り出される拳が飛んでくるんじゃないか――そんな恐怖すら感じる。


「魔力で肉体を補強するんです。体内で循環させれば、寒さなんて感じなくなりますから」

「本気で言ってるのか……? それ、君固有のスキルとかじゃなくて?」

「まさか。誰でも持っている機能ですよ。ただ、相性というものがあります。あなたがそれに適応できるか、私が確かめてあげるというわけです」


 彼女はそこで言葉を区切った。


「魔法の適性は証明済みですけど……剣の方はどうかしら?」

「あれはただ、まぐれというか……」


 言い訳をする隙も与えられず、一本の木剣が放り投げられた。

 俺はそれを無様に体勢を崩しながらキャッチする。


「まずは『ノイド流』。もっとも基礎的な剣術スタイルから教えます」


 彼女は流れるような動作で構えを取った。


「やることは単純です。こう構えて、魔力を流して――『ズバッ!』といくだけ」


 言うが早いか、彼女は手にした木剣を一閃させた。

 轟音と共に、目の前の木があっけなく両断される。

 ……木剣で?


 俺の手元にあるのは、ただの棒切れのような木刀だ。ダンジョンで手に入れたあの剣は「金属製とみなされる」との理由で没収されたため、今はこれしかない。


「よし……」


 俺は魔法を使った時の感覚を必死にイメージし、目の前の木に向かって剣を叩きつけた。


 ――ガインッ!


 硬い音が響き、強烈な衝撃が腕を駆け巡る。

 剣は無情にも弾かれ、その反動が俺を襲った。

 痺れと衝撃で足がもつれ、俺は雪の上に無様に転がる。


「……ダメですね」


 彼女が俺の襟首を掴んで引き起こす。


「あのさ……普通、足運びとか、素振りとか、そういう基礎から教えるもんじゃないのか?」

「え、そういうのがやりたかったんですか?」

「当たり前だろ」

「あー……てっきり、基礎くらいはできてるものかと。なるほど、これは面白くなりそうですね」


 こうして、俺の早朝剣術トレーニングは幕を開けた。

 ジンジンと痺れる手の痛みを抱えながら、俺は前途多難な未来に遠い目をするのだった。


    ◇


 それから、もう一週間が過ぎた。


 根雪は消え、季節はすっかり秋めいている。

 ひらひらと舞い落ちた枯れ葉が、家の脇に小さな山を作っていた。


 だが、成果はあった。基礎は体に叩き込んだ。

 あの極寒の環境は、言うなれば『経験値ポーション』だったのだ。

 体幹は鍛え上げられ、構えの安定感は以前とは比べ物にならない。


 それでも、弓月を捕らえることは不可能だった。

 冬音になど、指一本触れられない。


 そもそも、なぜフユネが相手なのか。

 理由は単純、彼女自身が「的」役を買って出たからだ。


 だが、やはり遠い。

 彼女は風魔法を纏い、木の枝から屋根へ、障害物などないかのように宙を舞う。


「捕まえ……くそっ!」


 指先が髪を掠める。惜しい。


「遅いよ、コモリさん!」

「ずりぃぞ、魔法なんて!」

「魔法も実力のうちだよーだ!」


 ぐうの音も出ない正論に、俺は再び地を蹴った。

 だが、逃げられる。

 するりと躱かわされる。


 捕まえた、と思った瞬間には、腕の中からヌルりと抜け出していく。まるでウナギだ。


 課題はシンプルだ。

 十秒間、拘束し続けること。

 だが、今の俺にはその十秒が果てしなく遠い。


「そこまでっ!」


 弓月の声が響いた。


「今日は終了。……ほら二人とも、汗臭いからお風呂入ってきて」


 俺は肩を落とし、ギルドの方へと足を向けた。


    ◇


 静かな浴場。

 湯に浸かり、濡れた髪をかき上げながら、ふと壁のタイルに目をやった。

 そこには――。


『クソ屋敷を買え! 今回はパン一個だ!』


「はあああああああ!?」


 全力の絶叫が、湯気の中に木霊こだまする。

 おそらく、森の奥まで届いたことだろう。


 一体どこのどいつだ、俺に屋敷を買わせようとしてんのは!

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